新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

イノベーション・ダイヤグラムから見える次の技術革新領域

長部 喜幸
コンサルティングフェロー

1 イノベーション・ダイヤグラム

本コラムでは、山口(注1)が提唱するイノベーション・ダイヤグラムの考えを基に、主要国においてどの分野で技術革新が生じつつあるのかを俯瞰する。

山口によると技術イノベーションを成就させるプロセスは、まずは2つからなる。1つは「知」を創造する知的営み、もう1つは「知」を具現化して価値(経済価値ないし社会価値)を創造する知的営みである。

この「知の創造」と「知の具現化(価値の創造)」の2つのプロセスを、図1に示すように2軸に分解し、2次元平面で表したものがイノベーション・ダイヤグラムである。この図で、経済的・社会的に価値付けられた「知」と、いまだ価値付けられていない「知」との境界線を水平に引いておく、その境界線の上の領域が前者(経済的・社会的に価値付けられた「知」)、下の土壌の領域が後者(いまだ価値付けられていない「知」)である。「知の創造」なる知的営みは、常に土壌の下で行われるが故に、社会や市場からは見えない。

全ての技術イノベーションは、既存技術から出発する(図のA)。企業はこのAから出発し、さらに付加価値を与える「上方向のベクトル」(A→A’)へと研究開発を行う(いわゆる改良発明)。山口は、演繹(Deduction)に基づくこの方向を「パラダイム持続型イノベーション」と呼んでいる。

図1:イノベーション・ダイヤグラム
図1:イノベーション・ダイヤグラム

ところが改良発明はいつまでも続かず、いずれは行き詰まる。しかし、樹木の命が尽きても土壌が豊かであれば、繁殖する根が土壌を耕し新しい芽が土壌の上に生み出されるごとく、既存の技術AもいったんAを成立させている土壌の下の「既存の知」Sに降りる(帰納的展開(Induction))。そして、土壌の下で思いも寄らない方向に向かって「知の創造」を走らせる(創発 Abduction)。その結果、誰も気付かなかった「創造された知」Pが見いだされるとき、それを価値付けて技術A*が生まれる。山口は、このプロセスを「パラダイム破壊型イノベーション」と呼ぶ。

前述の通り、土壌の中の活動は社会や市場からは見えないが、企業活動であれば上方向のベクトルは特許データとして見ることができるはずである。本コラムでは、各出願人の国籍レベルにおいて当該創発(Abduction)がどの技術分野で生まれているのかを分析する。

2 分析手法

特許データは直近10年(2012〜2021年)のPCT国際出願(注2)を用いた。一般的に、企業は海外展開を予定する技術についてPCT国際出願を行う傾向にある。また、特許ファミリー数の大きさや特許保護の地理的範囲が、特許の価値に関連するという研究は多々存在する(注3注4)。従って、PCT国際出願は、企業が重要視している特許技術、価値の高い特許技術を示す指標となり得る。2022年の出願は現時点では大半が公開されていないため、マクロ分析が可能なデータとしては2021年が直近となる。

各PCT国際出願について、付与されている国際特許分類(注5)ごとに整理し、2012〜2021年の間で出願件数のCAGR (年平均成長率)の高い国際特許分類を出願人国籍(注6)ごとに抽出した。なお、出願件数の低い特許分類はCAGRの値が大きく振れるため、各国とも出願件数の多い特許分類の上位80%を分析対象とした。

3 結果と考察

3-1 2021年出願の国際特許分類トップ10

まず比較対照として、2021年出願における国際特許分類トップ10の各国比較をする。

表1:国際特許分類トップ10(2021年出願)
表1:国際特許分類トップ10(2021年出願)

表1の通り、各国籍出願人とも順位の多少の違いはあるものの、比較的類似の国際特許分類に属する出願をしていることが分かる(表1の色つき部分)。共通する特許分類の概略は以下の通りである(注7)。

  • A61B,A61K(黄):医学、薬学
  • C12N(オレンジ):バイオテクノロジー
  • G01N(紫):材料分析
  • G06F,G06Q(青):データ処理
  • H01L,H01M(グレー):半導体、電池
  • H04L,H04N,H04W(緑):通信技術

3-2 各国籍出願人による創発(Abduction)技術分野

次に、2012〜2021年の間で出願件数のCAGR(年平均成長率)が高い技術分野、すなわち各国出願人による創発(Abduction)が生じていると考えられる技術分野は以下の通りであった。

表2:出願件数のCAGR (年平均成長率)トップ5(2012~2021年出願)
表2:出願件数のCAGR (年平均成長率)トップ5(2012~2021年出願)

前述表1の技術分野は2021年時点で多数の特許出願がなされている分野、すなわち図1のA→A’の方向(パラダイム持続型イノベーション)が活発な分野といえるのに対し、表2は直近の10年で出願件数を急激に伸ばした分野、すなわち創発(Abduction)が生じており、ひいては「パラダイム破壊型イノベーション」が誕生する可能性がある分野といえる。

ここで、日本国籍出願人(JP)を除いた主要国の出願人の間では、比較的共通する国際特許分類に属する出願をしていることが分かる(表2の色つき部分)。主要国・地域の特許公報を高精度の日本語機械翻訳文で検索・閲覧できるデータベースJapio-GPG/FX(注8)を用いて、各技術分類でどのような発明が出願されているかを調査した結果、各特許分類に含まれる発明は概略以下の通りである。

  • A24F(グレー):非燃焼加熱式たばこ
  • A61P(緑):医薬品
  • B25J(オレンジ):ロボット技術
  • B60W(紫):ハイブリッドカー、自動運転等のための車両制御
  • G06N(青):AI関連技術
  • G16B,G16H(黄):バイオインフォマティクス、ヘルスケアインフォマティクス

日本を除く多くの主要国では、青色のAI関連技術や黄色のバイオインフォマティクス・ヘルスケアインフォマティクスが特に上昇しており、米国・中国・ドイツではオレンジ色のロボット技術も共通している。

一方で、日本国籍出願人(JP)については、他国の出願人とは異なる分野で創発(Abduction)が生じている。特許出願を調査した結果、G01B(三次元形状や動き・位置の検出、歪みセンサーなど寸法・角度・面積・形状の測定)、H01G(コンデンサ)、C03C(強化ガラス、光学ガラス、ガラスパネル(表示装置))、H01F(高周波デバイス・モジュール)、B60R(車両用の配線モジュール、電気接続ユニット、車両搭載機器の電子制御装置などの車両付属具・部品)であった。これらは、ロボット技術や自動車ならびにスマートフォンやタブレット端末など、今後も成長が期待される産業の最終製品に組み込まれる部材・素材に関連する技術といえる。

今回の分析により、PCT国際出願、すなわち企業が海外展開を予定する技術について、「パラダイム破壊型イノベーション」につながる創発(Abduction)が生じている技術分野における各国間の違い、特に日本の独自性が鮮明に浮き出た。今回はPCT国際出願を分析対象としたが、例えば、日本または米国特許出願を分析対象とすれば、日本または米国市場において各国企業が狙う次世代技術の分野やレイヤーといった企業動向を把握することができる。

昨年(2022年)の新春コラムでは、筆者らは脱炭素・SDGs関連技術の可視化(注9)を実現し、国や企業の政策・戦略立案に必須の客観的エビデンスの可能性を示唆したが、本コラムで紹介した指標は、さらに各国企業による技術開発の方向性における国際比較の分析に資するものであり、他社の動向を把握した上での戦略立案、企業単独では実施できていない分野における国の研究開発プロジェクトの実施等の検討が可能となると考えられる。

今回のコラム作成のために、日本特許情報機構の知財AI研究センターにはデータ分析で多大な協力をいただいた。この場を借りて感謝申し上げる。同センターでは特許情報を用いたさまざまな研究成果を発表しているので、ご興味ある方はそちらも参照されたい。

脚注
  1. ^ 山口栄一, 『イノベーション政策の科学 SBIRの評価と未来産業の創造』, 2015, 東京大学出版会, 特に「第15章 新しいイノベーション・モデル」を参照
  2. ^ 特許協力条約(PCT:Patent Cooperation Treaty)に基づく国際出願。1つの出願願書を条約に従って提出することによって、PCT加盟国であるすべての国に同時に出願したことと同じ効果を与える。「国際特許出願」とも呼ばれる。
  3. ^ Harhoff, D., F. M. Scherer, and K. Vopel (2003), "Citations, Family Size, Opposition and the Value of Patent Rights", Research Policy, 32(8): 1343-1363.
  4. ^ Lanjouw J. O., A. Pakes, and J. Putnam (1998), "How to Count Patents and Value Intellectual Property: The Uses of Patent Renewal and Application Data", Journal of Industrial Economics, 46(4): 405-432.
  5. ^ 国際特許分類(IPC):「国際特許分類に関するストラスブール協定」に基づいて作成された、特許出願された発明を分類するための国際的に統一された技術分類。
  6. ^ 1つのPCT国際出願を多国籍の出願人が共同出願している場合は、第一出願人の居住国を出願人国籍とした。
  7. ^ その他の分類の詳細な説明は以下のURLを参照されたい。特許・実用新案分類照会(PMGS)
    https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p1101
  8. ^ Japio世界特許情報全文検索サービス(Japio-GPG/FX)
    https://www.japio.or.jp/service/service05.html
  9. ^ 脱炭素・SDGs特許をAIで判定、浮かび上がる日本の技術ポテンシャル
    https://www.rieti.go.jp/jp/columns/s22_0003.html

2022年12月22日掲載

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