新春特別コラム:2020年の日本経済を読む

2020年を改革の分岐点に-『社会保障・税の一体改革バージョン2.0』に向けて-

小黒 一正
コンサルティングフェロー

2020年(令和2年)が始まる。夏には東京オリンピックが開催されるが、社会保障の抜本改革も重要だ。政府は改革の司令塔として「全世代型社会保障検討会議」を設置し、全世代が安心できる制度改革の方向性の議論を行い、2020年夏までに最終報告を取りまとめる方針だが、中間報告からの軌道修正を含め、より踏み込んだ改革が求められる。

中長期の視点でみた改革議論の参考となるのは、2018年5月に政府が公表した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」だろう。しかしながら、昨年の日本経済新聞・経済教室(2019年11月6日朝刊)で筆者が指摘したように、この推計の値を前提に改革議論を進めるのは一定のリスクを伴う。

社会保障給付費(対GDP)の予測と成長率の不確実性

理由は単純で、将来の経済成長率には不確実性が存在するからだ。例えば、政府の上記の推計では、高成長と低成長の2ケースで、社会保障給付費を推計している。このうち低成長のベースラインケースでは、直近(2018年度)で121.3兆円(対GDP比21.5%)の社会保障給付費が、2025年度で約140兆円(対GDP比21.8%)、2040年度で約190兆円(対GDP比24%)となる推計となっている。

2040年度までに対GDP比で2.5%ポイント(=24%-21.5%)しか伸びず、改革を急ぐ必要はないとの声もあるが、この認識は甘い。

なぜなら、2019年度の社会保障給付費(予算ベース)は対前年2.4兆円増の123.7兆円、対GDP比22.1%で、2025年度の予測値(21.8%)をすでに上回っているのが現実だからである(注:2019年度GDPは内閣府7月試算を利用)。

図表:社会保障給付費の推移と将来予測
図表:社会保障給付費の推移と将来予測
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(出典)国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」等から筆者作成

図表の太実線(左目盛)は、1970年度から2018年度における社会保障給付費の実績推移を示すが、その増加スピードは年平均2.5兆円程度(消費税率1%に相当)であった。ここ数年間の伸びは2.5兆円よりも緩やかだが、このスピードが継続する前提で、2040年度までの社会保障給付費を予測したものが図表の太点線である。

このうち、2025年度の給付費は約138兆円で政府推計に近く、2040年度の176.3兆円は政府推計よりも低い値だが、成長率が低下すると、対GDP比での給付費も上昇する。これは、将来の名目GDPを計算する成長率の予測に不確実性があるためだが、既述のベースラインケースでも、2029年度以降の名目GDP成長率を1.3%と見込む。1.3%の成長率は、1995年度から2018年度の平均成長率(0.39%)の約3倍もある前提である。

このため、2019年度以降の成長率の前提を0.5%に下方修正し、年平均2.5兆円増の社会保障給付費(図表の太点線)の対GDP比を試算すると、2040年度の値は28%に急上昇する。なお、成長率が1%の前提では、同様の計算で、2040年度の社会保障給付費(対GDP)は25.1%となり、成長率1.3%のときの政府推計(24%)に近いが、成長率が0.3%ポイント低下するだけで対GDP比の給付費は約1%ポイントも跳ね上がる。

現実を直視して改革を

消費税率1%の引き上げで対GDP比約0.5%の税収増となるため、もし給付費(対GDP)が2018年度から2040年度で6.5%ポイント(=28%-21.5%)も増加すると、現在の財政赤字圧縮分を除いても、消費税率換算で約13%分もの増税に相当する財源が必要となる。

他方、政府の景気判断では、2012年12月以降、戦後最長の景気拡大が続いているとしているが、2019年度の税収(国の一般会計予算)は、政府が2019年度当初予算で見積もった税収62.5兆円よりも大幅かつ3年ぶりに下回る見通しが高まっており、東京オリンピックの前後を含め、そろそろ景気調整プロセスが始まっても不思議ではない。

なお、2019年10月に消費税率を10%に引き上げることで終了した「社会保障・税の一体改革」は、2004年の年金改革を契機に始まった。その後、「所得税法等の一部を改正する法律(平成21年法律第13号)」附則104条につながり、途中で政権交代もあったが、その過程で消費税率10%への2段階増税の道筋がついた。だが、改革はこれで終わりではない。一体改革は止血剤に過ぎず、日本財政を巡る状況はいぜん厳しい。

景気調整プロセスが始まる可能性もあり、このような状況での改革は容易ではないが、「令和」という新たな時代が始まった今こそ、政治やわれわれは「現実」を直視し、「社会保障・税の一体改革バージョン2.0」に向けて、医療版マクロ経済スライド(注1)の導入など、社会保障の再構築(給付と負担のバランスを図る抜本改革)を進める必要があろう。2020年という年が、本格的に到来する人口減少・少子高齢化社会に適合したものに変革できる1つの分岐点になることを期待したい。

脚注
  1. ^ 「医療版マクロ経済スライド」とは、現役世代の人口減や平均余命の伸び等を勘案した調整率を定めて、その分だけ、医療費(診療報酬全体)総額の伸びを抑制する仕組み。例えば、75歳以上の診療報酬において、ある診療行為を行った場合に前年度Z点と定めている全ての診療報酬項目の点数を、今年度では「Z×(1-調整率)点」と改定する自動調整メカニズムを導入し、診療報酬全体の伸びをGDPの伸び以内に抑制する仕組みをいう(詳細は拙稿「社会保障予算どう管理するか(中)-診療報酬 抜本的改革を-」(日本経済新聞 「経済教室」2018年8月16日)を参照)。

2019年12月26日掲載

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