新春特別コラム:2018年の日本経済を読む

「フラグメント化」する国際社会

田村 暁彦 コンサルティングフェロー

新春コラムは執筆者個人の責任で発表するものであり、経済産業研究所としての見解を示すものでは有りません。

「帝国の崩壊」というゲシュタルト-アイデンティティ政治の前景化

2016年5月の『アステイオン』誌では、我々が現在直面する領土問題、国境問題、民族問題などを「帝国の崩壊」という共通の文脈の上に置き直す特集を組んだ。中東については、オスマン帝国の欧州列強による分割を取り決めたサイクス=ピコ協定(1916年)から100年が経過した。池田明史は、現在、中東の広汎な地域で「主権国家的統合の緩みとアイデンティティ政治の前景化」という現象が進行すると指摘する。

同誌において岡本隆司は、中国の現状を「帝国の崩壊」の線上で理解しようと試みる。中国の「帝国の崩壊」とは、岡本が「普遍性の重層」と表現する清帝国の崩壊である。中東のサイクス=ピコ協定に比定されるのが1917年の対華二十一カ条の要求であり、列強が中国大陸における自らの勢力範囲を画定した「瓜分」である。しかし、国民国家形成に失敗したオスマン帝国と異なり、中国では現在もある種の 「漢人ナショナリズム」に基づいて国民国家建設が進行中であると考える。清帝国は、支配民族である満州人の介在によって、漢人の「普遍性」、「チベット仏教社会」、モンゴル的な「普遍性」を重層させていたが、18世紀以降、貿易活動に従事した漢人社会が突出して膨張し、普遍性のバランスが崩れた。そして、その漢人の「普遍性」は、清末において、日本が既に摂取していた西洋概念を、和文漢読法を通じて吸収し、一元的で均質な国民国家と主権国家体系の構築過程を開始した。中華人民共和国が歴史認識や領土問題で厳しい姿勢を取る今日の現象も、この国民国家建設のダイナミズムと関係がある。

「米国第一主義」=「米国が帝国であることを放棄する主義」

「帝国」というと、今日真っ先に思い浮かぶのは米国であるが、米国外交の現状はどうか。トランプ政権が標榜する「米国第一主義」は、「米国が帝国であることを放棄する主義」である。「帝国」とは、自己利益と他者利益を同質的に把握することの出来る国際政治アクターだからである。エマニュエル・トッドは、米国のイデオロギーは、従来は人類と諸国民に対する同質的把握を可能にするものであり、その「普遍主義」的性格が米国を帝国たらしめ得ていたが、昨今は米国のイデオロギーから普遍主義的性格が喪失しつつあることから、米国はもはや帝国たり得なくなりつつある、と指摘する。ウォルター・ラッセル・ミードによれば、米国の外交政策には四つの潮流があり、これらの相互作用で時の外交政策が決まるとする。国内外における米国企業の繁栄の促進を重視する「ハミルトニアン」、米国の価値観を世界に広める道徳的義務かつ実践的利害があるとする「ウィルソニアン」、国内での民主主義の維持が最も優先されるとする「ジェファソニアン」、そして、名誉心、独立心、勇猛心、軍の誇りといった米国民の精神、ポピュリズムと大衆文化を代表する「ジャクソニアン」。ミードは、ジャクソニアンを「文化やアイデンティティ政治の擁護者」であり「ポピュリスト・ナショナリスト」であるとした上で、トランプ政権の登場は、「ジャクソニアンの反乱 (Jacksonian revolt)」だと断じる。

その他の地域でも、アイデンティティ政治の前景化という現象を観察することが出来る。トランプ政権の「米国第一主義」と並んで「内向き志向」の象徴とされる「ブレグジット」(英国のEU離脱)も、「ナショナリズム」のトリガーが引かれた例である。英国が国民投票でEU離脱を決めたのも「英国ナショナリズム」の発露であるならば、英国内部でスコットランドや北アイルランドの「ナショナリズム」もこれを機会に益々刺激された。欧州については、カタルーニャ独立をめぐる騒動も直近の動向として挙げられる。一方、東南アジアでは、たとえばインドネシアを例に取ると、4月のジャカルタ州知事選で、「多様性の中の統一」という国是の基盤となっていた世俗ナショナリズムが動揺し、イスラム主義が選挙戦に決定的な力を持ったことから伺われるように、イスラム主義の台頭が従来のインドネシアの政治枠組みを不安定化させる兆しが見られる。これも正にアイデンティティ政治の前景化といえよう。

国際社会の「フラグメント化」-コンストラクティビズムの世界観に近似

今後、国際社会は「フラグメント化」の方向に向かう。「フラグメント化」は、グローバリゼーションの反動で、現代型のナショナリズムに突き動かされた多種多様なアクターが地球規模で分立するという状況、即ち「アイデンティティ政治の前景化」に彩られた国際政治状況を描写するために、筆者が考案した概念である。

「ナショナリズム」は、元々は18世紀の市民革命を通じて台頭した西欧のブルジョワ階級が、一定規模の国民経済を必要とするために「国民国家(ネーションステート)」を建国した経緯から生まれた概念であるが、その後、19世紀末から20世紀初頭に、社会の都市化に伴う政治の民主化、大衆化を受けて変質し、情緒的・愛国主義的概念、アイデンティティ政治の道具概念となった。現在の米国や中国等の動向を見ると、帝国主義的・大国主義的というよりもむしろルサンチマン的・情念的である。開放経済を中核的目標とするグローバル化の反動で、アイデンティティや文化が国際政治の動因として大きな影響力を持ちつつある。この状況は、国際関係理論に即していえば、国際政治の動因は各主権国家によるパワーと利益を巡る競争であると考えるリアリズムでも、経済的相互依存関係に基礎を置いた国際社会の制度化で国際秩序の安定が図られると考えるリベラル制度論でもなく、国際社会は政治アクターの言語、アイデンティティ、理念、規範、文化に突き動かされると考えるコンストラクティビズム(構成主義)の考える世界に近い。昨今の多極化を描写する表現として挙げられる代表的コンセプト、たとえば、覇権国が不在になった状態を表現する「Gゼロ」(イアン・ブレマー)でも、多様なアクターが多角的経済相互依存の網を張り巡らせた「新しい中世」(田中明彦)という表現でも描写し尽くせない、国際社会の今後の趨勢と言えるのではないか。

国際社会の「フラグメント化」は、国際関係論と国際法の協働の契機

国際社会の「フラグメント化」は、米国による「覇権安定」が困難になったという点に着目すると、国際交渉を通じて条約や協定を軸とする国際秩序を新たに作る営みは難度が増したといえるが、一方で、「フラグメント化」した国際社会のアクターの動因が単なる権力や物質的利益でなく規範意識やアイデンティティである点を捉えれば、国際法の秩序構築への貢献機会は広がっているともいえる。国際秩序の安定化に向けた国際法の一層の効果的な活用を唱道したい。なお、国際法の活用という場合、条約や協定といったハードローのみではなく、法的拘束力を持たないソフトローの戦略的活用も視野に入れていいだろう。

2017年12月27日掲載

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