RIETIでは不確実性についての議論がちょっとしたブームになっていて、このテーマについてのディスカッションペーパーやコラムがいくつか出されている[1-4]。これらの結果を総合すると、不確実性が高いと生産や投資が減るので不確実性は問題ということになりそうだ。不確実性が高いと生産や投資が減るという研究結果は妥当なように思うのだが、そこから、不確実性は問題だと主張することについては、私はどうしても納得できないでいる。
1.世の中は不確実
現実の世の中は不確実性の連続である。大地震や津波はいつ起こるかわからないし、金融危機や経済危機の多くは突然やってくる。グローバリゼーションも不確実を内包している。グローバル化した社会では世界のどこかで起きた変化が短期間で他地域にも影響を及ぼすし、そうした変化がどのようなものかは事前に予想しにくい。不確実性を避けるためには日本の江戸時代のように鎖国して世界の動きから切り離されるのがいいのかもしれないが、それを肯定する人は少ないだろう。TPPが典型例だと思うが、政府が新しいことにチャレンジしようとすればどうしても不確実性が伴う。不確実性を否定することは変化を否定することにつながる。
2.日本は不確実性に耐えられない国?
本当の問題は、不確実性ではなく、不確実性に耐えられないことにあるのではないか。このことを示唆する研究がある。ホフステッド(Hofstede)が作った不確実性回避指数(Uncertainty avoidance index)という指標があり、国毎に不確実性回避度の得点を算出している[5]。53の国・地域のうち、不確実性を最も避けたがるのがギリシャで、次いで、ポルトガル、グアテマラ、ウルグアイ、ベルギー、サルバドール、日本という順番になっており、日本は不確実性回避度が高い国の1つになっている。この不確実性回避指数を使った研究が多数あり、次のような傾向が示されている。不確実性回避度が高い国は、新規産業(情報量の少ない産業)が育ちにくい[6]。不確実性回避度が高い国は、経済危機時における民間投資の落ち込みが激しくなる[7] 。アジア諸国について、不確実性を回避する国はベンチャーキャピタルの活動が低迷する[8]。不確実性を回避する国の投資家はなじみのない国において投資しにくい[9]。国毎に見た不確実性回避度の高さはその国におけるイノベーションに対してネガティブなインパクトをもたらす[10]。不確実性を回避する国は貯蓄率が高くなる[11]。
RIETIのディスカッションペーパーでも、ホフステッドの不確実性回避指数を取り上げたものがあり、それによると、不確実性を回避する企業文化を持つ国の企業は、自前で行う投資活動に比べて不確実性の高いM&A、とりわけクロスボーダーのM&Aには消極的になる[12]。
こうした不確実性回避傾向が常にマイナスとは限らないだろうが、直感的には今の日本にとってはプラスよりもマイナスに働くことが多いように思う。高度経済成長期のようなモデルがあった時代と違って、現在のように進むべき方向が明確に示されない時代には不確実性を避けたがる国民が多い国は不利になるように思う。
3.不確実性に耐えられないメンタリティ
ここまでは不確実性回避を国毎に見ていたが、個人毎に見ても不確実性に耐えられる人と耐えられない人がいる。心理学において不確実性に耐えられない人々についての研究が進んでおり、不確実性への許容度の低い人々はうつや不安になりやすいなど、不確実性の不許容はさまざまなメンタルヘルス上の問題に共通する構成要素であることが指摘されている[13, 14]。つまり、不確実性回避はメンタルヘルスの問題でもある。また、最近の研究で、不確実性を回避する傾向の高い人々は、物をためこみやすい傾向があることが指摘されている[15]。
もしかしたら、日本の企業では不確実性を回避したがる人々が多くなっていて、その結果、やたらとお金をためこみやすい体質になっていないだろうか。更に言えば、不確実性を回避したがる人々が多すぎるために、不確実性を回避しようとする自らの態度が問題だという認識が持てず、不確実性自体に責任転嫁することが起きていないだろうか。
4.訓練で不確実性に耐えられるようになるか?
不確実性に耐えられないことがメンタルな問題であるならば、メンタルヘルスを改善するための取り組みが多少は役立つかもしれない。調べたところ、うつ病や不安障害の治療法として知られる認知行動療法を使って不確実性を避ける傾向を減少させることができるそうだ[14]。また、パニック障害や全般的不安障害の人々を対象とした小さな研究ではあるものの、マインドフルネスと呼ばれる瞑想を中心としたプログラムが不確実性回避からの脱却に効果があったそうだ[16, 17]。瞑想というと怪しげかもしれないが、Googleが研修で取り入れたり[18]、NHKの「ためしてガッテン」でも取り上げられるなど、抵抗感は下がりつつあるようだ。認知行動療法やマインドフルネスに立脚したコーチングプログラムを作って、企業のエグゼクティブなどに取り組んでもらうというのも一案なのかもしれない。
ただ、日本人の不確実性回避がメンタルな問題というよりも文化の問題だとすれば、メンタルヘルスを改善するだけではうまくいかなそうだ。このあたりは実験して検証してみないとよくわからない。不確実性がある。