新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

AIリテラシーは何を必要とするのか

小西 葉子
上席研究員

2015年はAIが身近になった年

2013年からの第三次AI(人工知能)ブームを受け、2015年はAIという言葉が広く世の中に浸透した年であった。RIETIでもBBL、ハイライトセミナーなど多くのAI関連のイベントが開催され、AIに関心のあるさまざまな分野の方が参集してくださった。その内容は最新号のRIETIハイライト(1)で特集されている。AIはコンピュータに学習させることによって、人のような知能を持つことを目指す。第三次AIブームの中心的な技術は、ビッグデータを探索的に解析するデータマイニングと機械学習の中のディープラーニングという手法である。AIを理解するためには機械学習を知ることが不可欠であるが、機械という言葉の響きとAIの持つ先進技術の響きが一般的にはなかなか結びつきにくい。機械はコンピュータ、もっといえばコンピュータに特定の作業をさせるアルゴリズムやソフトウェアを指しているといえばイメージに合うだろう。どんな作業をさせるか、どの媒体(コンピュータ、ロボット、自動車など)に搭載するかを決め、アルゴリズムやソフトウェアを開発する。開発する機械(AI)には、前例や類似の例を学習させ、次に現れる事象に対しての判断を行わせるため、AI技術向上には学習させるデータの質と量が重要である。現状のAIは、分類、繰り返し、探索、整理、最適化の学習と実行を得意とする。

AIと経済分析が結びつくには

現状のAIは自律的に動くわけではなく、仮説設定、アルゴリズムの決定、学習内容と程度、結果の評価や解釈など根源的な事項は人が決める。またビッグデータを用いるのでその特徴も理解する必要がある。小西(2014)(2)では、ビッグデータと既存の官・民の調査で得られるデータの違いを3点挙げた。たとえば、「行動しない場合はデータに含まれない」があるが、AIは学ぶほどに精度が上がるので、未知や稀な事象についての判断は得意ではないので留意が必要である。経済分析がAI技術に貢献できることとして、1)稀な事象への定性情報や事前情報の活用、2)仮説・問題設定に基づく理論モデルの作成、3)判別や分類への因果関係の導入が挙げられる。より現状を理解するために、2015年12月1日に、産業技術総合研究所の人工知能研究センターの本村陽一氏と野村證券の金融工学研究センターの山本裕樹氏を講師に迎え、『人と社会のビッグデータへのAI技術活用』という研究報告会を主催した。以下では、両者のAI分野の最近の動向と分析の具体例を通じ、経済分析との連携可能性のイメージが膨らむような要約を試みる。

少し未来のAI技術について

本村氏からは、「次世代人工知能技術とビッグデータ活用」(3)のタイトルで、AIの中心技術であるディープラーニングの発展のために、「人と相互理解できる」「予測精度向上だけではなく現象を説明できる」ことを重視した産業技術総合研究所の取り組みが紹介された。数多くのAIの学習事例が紹介されたが、本村氏はAI技術を高めるためには、利用できるデータの質と量を増やせるかが鍵となると述べ、その収集と共有方法について先を見据えた議論をしたのが印象的であった。IoT (Internet of Things)によってモノにセンサーやデータ収集機能が着くことにより、生産者・サービス提供現場・消費者から膨大なデータが自動で収集されるようになる。それらをより多くの企業や研究者が共有可能にするために、個々の情報を大きく損なうことなく、プライバシー保護を担保した匿名化の手法が紹介された。個人情報保護法の改正を視野に入れ、事前に議論や手法の開発を行うことは、安全で安心なパーソナルデータや超マイクロデータの利活用に貢献するだろう。

経済・金融実証分析へのAI技術の応用

世の中に膨大に存在する企業に関する公開情報をより早く、精緻に、低コストで集約・加工して顧客に提供することは、証券会社にとって本質的に重要である。山本氏は内閣府の「景気ウォッチャー」を教師データとして、ディープラーニングを応用し、景気に関する文章のセンチメント(ポジティブ、ネガティブ)を高精度で判別可能とした。ここで学習させたマシン(AI)に「日銀金融経済月報」や内閣府の「月例経済報告」などの文章を読ませ、各文章の景気見通しを指数化した。さらに、得られた各「野村AI景況感指数」とマクロ指標との関係についても分析した。その結果は、水門・山本・木下(2015)(4)で紹介されている。因みに山本氏が「景気ウォッチャー」を学ばせたマシン(AI)は、小学校高学年の賢さまで育っているそうで、人が行うと莫大な時間がかかる量の資料読み込みを24時間いつでも行い、マクロ経済に関する文章なら90%位の精度で景気判断できる。分析現場でのアルゴリズムやプログラムへの「学習した」・「育った」といった擬人化表現もAI分野の特徴である。

データリテラシー、統計リテラシー、AIリテラシー

データを探索的に解析し現象を理解するデータマイニングには、データリテラシーが必要で、機械学習ではビッグデータ解析をするため統計リテラシーが必要である。現在のAIの中心的な技術はデータマイニングと機械学習なことに鑑みると、相変わらずデータリテラシーと統計リテラシーは必要な素養となる。3つ目のAIリテラシーとは何だろうか。日常で我々がディープラーニングのアルゴリズムを自分で作ることではないし、すぐにその能力が求められるわけではない。AIリテラシーは、日常の中に標準化やパターン化されているが多量なため諦めていた作業がないか、「分類、繰り返し、探索、整理、最適化」に人手や金銭および時間コストを掛けすぎてないかを意識することであろう。これはAIでもできる、できないという考えることを習慣にしたい。AIが学ぶものは数量データに限らないため、テキスト、音、画像などさまざまな情報を記録することが価値を持つ。たとえば母親の料理のレシピをテキスト化しておく、将来「お料理ロボット」ができたらその派生として、たった1つでもレシピがあればお袋の味を再現するビジネスに繋がるかもしれない。自分の持つ情報が高い付加価値を生む可能性があるのか考え、AIが自分の代わりにできる仕事は手放す心の準備をし、"彼ら"にはできない自分の強みへの投資と学習を少しずつ始めたい。

2015年12月25日掲載
参考文献
  • (1) RIETI (2015) 「人工知能と経済社会」, RIETIハイライト冬号、57号。
    http://www.rieti.go.jp/jp/about/Highlight_57/Highlight_57.pdf
  • (2) 小西葉子 (2014) 「ビッグデータがブームで終わらないために何が必要か」、RIETIコラム No. 388。
    http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0388.html
  • (3) 本村陽一 (2015) 「次世代人工知能技術とビッグデータ活用への展望」、RIETI研究報告会『人と社会のビッグデータへのAI技術活用』配布資料。
  • (4) 水門善之・山本裕樹・木下智夫(2015) 「人工知能で政府・日銀の景況感を指数化する」、NOMURA マクロ・エコノミック・インサイト, 11月30日号。

2015年12月25日掲載