新春特別コラム:2015年の日本経済を読む

日本の名目GDPとマネーサプライから見えること

中島 厚志
理事長

乖離が大きい日本の名目GDPとマネーサプライ

2012年央以降の日本経済は、アベノミクスもあって回復してきた。足元、景気は減速しているが、追加金融経済対策、円安株高に加えて原油価格安もあり、ふたたび景気は上向きになると見込まれる。

ここで注目されるのが日銀の量的金融緩和策である。物価目標2%達成に向けて、年間の国債購入額80兆円を目途とする量的金融緩和が実施されており、長期金利が過去最低の0.2%台を記録する動きともなっている。また、日米金利差拡大などを通じて円安株高も進展し、これらも輸出企業や家計の投資・消費マインド改善とインフレ期待につながることが期待される。

もっとも、近年の日本の名目GDPとマネーサプライ(M2ベース)の推移を見ると、90年代半ば以降足元に至るまで、マネーサプライが伸び続けてきた一方で名目GDPが横ばいで推移している。名目GDPとマネーサプライのこれだけの長期間の乖離は、異常に見える。それは、経済成長があれば追加的な資金需要につながるのが通例であり、マネーサプライが大きく増大すれば、金融資産や不動産の価格上昇や為替相場の変化などを通じて経済成長にも影響を与えると見込まれるからである。欧米主要国を見ても、名目GDPとマネーサプライはともに増加方向で一致している。

なぜ日本だけ名目GDPとマネーサプライが際立って大きく乖離しているのか。1つの理由は増加したマネーが向かった先にある。95年以降のマネーサプライの増加の多くは増発された国債購入に向かっており、民間投資に比べて経済乗数効果が劣る公共事業などに充当されている。

何より大きな理由は、経済企業動向にある。過去20年間、不動産バブル崩壊後企業が縮み志向を強め、家計も消費余力が増加しない中で、内需伸び悩みとデフレが名目GDPを抑制してきた。とりわけ、デフレの影響は大きい。ちなみに、日本の物価上昇率(GDPデフレーター)が米国並みであったと仮定して日本の名目GDPに上乗せすると、マネーサプライ増と平仄が合う大きな増加となる(図表1)。

図表1:日本:名目GDPとマネーサプライの推移
図表1:日本:名目GDPとマネーサプライの推移
(注)調整後名目GDPはアメリカのGDPデフレーターを使用して日本の名目GDPを修正したもの
(出所)日本銀行 内閣府 総務省 BEA

マネーがけん引する世界経済

一方、世界経済を見ると、金融のウエイトが年々高まっている。図表2は世界名目GDPと主要国(OECD+BRICs諸国)のマネーサプライ(M2ベース)の推移を示したものである。見ての通り、マネーの流通量は近年名目経済成長率を上回る勢いで増加している。そして、マネーサプライが大きく伸びている時期は名目GDPが大きく伸びている時期と重なっている。プラザ合意と世界的不動産バブルがあった80年代後半、ITバブル期の90年代後半、2000年代に入ってからの米国サブプライムローンバブルとBRICsに代表される新興国の高成長期、といった具合である。

図表2:日本:名目GDPとマネーサプライの推移
図表2:日本:名目GDPとマネーサプライの推移
(注)世界GDPは名目ベース。マネーサプライはM2
(出所)World Bank WDIより作成

この良好な経済成長と大きなマネーサプライ増加との重なりは、現在でも見て取れる。米国がリーマンショック後の深刻な景気後退(Great recession)を3回の量的金融緩和を中心とする拡張的金融政策で乗り切ったことはその1つである。一方、ユーロ圏では深刻な景気低迷が持続しているが、その一因として公的債務危機発生後財政健全化が最優先されるとともに、量的金融緩和が実施されておらず、マネーサプライが増加していないことを挙げることも出来る。

もちろん、行き過ぎた金融緩和やマネーの増大は金融バブルを招きかねず、その崩壊は経済に大きな悪影響を与える。したがって、金融バブルが好ましいわけではない。一方、経済とマネーとの相互関係が断ち切れたままで良いはずもない。要は、経済とマネーとが一定の相関を有する状態でバランスが取れていることが肝要であり、互いに影響を及ぼし合って堅実な経済成長が実現することが望ましい。

この観点からすると、マネーサプライが増加しているのに名目GDPが横ばいを続けている日本の現状は、望ましい状況にあるとはいえない。そのためには、マネーサプライ増大が自動的に経済成長をもたらすとは限らないとしても、日本に於ける経済とマネーの相互関係の回復を図るべきであり、何より緩やかな物価上昇を実現して名目経済成長を高めることが大きな前提となる。そして、マネーサプライ増と平仄がとれた名目成長が実現できれば、マネーの増大が金融取引の活発化などを通じて一段と経済成長を支える可能性も高まる。

もちろん、緩やかな物価上昇の定着が難しいのは、いままでの日本経済で経験済みである。加えて、経済とマネーとの相関関係が低下している現状では、金融政策だけで経済成長や緩やかな物価上昇に道筋をつけるのも容易ではない。ここは、金融規制の一段の緩和なども通じて、経済とマネーのバランスの取れた相関関係を回復させるよう官民挙げて注力することが不可欠である。それは、長年言われながらも実現していない「貯蓄から投資へ」を一段と促進させるとともに、規模は大きいながらも低収益に甘んじている金融産業をもっと儲かる成長産業にすることなどである。

2015年1月9日掲載

2015年1月9日掲載