新春特別コラム:2015年の日本経済を読む

「歳出歳入一体改革2.0」に向けて

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

2014年11月18日に安倍総理は、消費税引き上げを当初予定していた2015年10月から18カ月延期し、2017年4月に行うことを表明した。その際、合わせて、(1)延期された引き上げについては景気条項を付さずに確実に実施する、(2)2020年度の財政健全化目標(プライマリー・バランス(PB)均衡)を堅持する、(3)その達成に向けた具体的な計画を今夏までに策定することを明言した。その意味で、アベノミクス第三の矢である成長戦略とともに財政健全化をいかに両立させていくかが、2015年の安倍政権の最も重要な政策課題といえる。

消費税引き上げの先送りは正しかったのか。これは後世の歴史的な判断を待つしかない。筆者は先延ばしすることなく予定通り引き上げるべきであったと考えている。しかし、今回の政策変更は今後の財政健全化のあり方を考える上でいくつかの重要な示唆を提示しており、前向きに評価すべき点もある。

景気条項を巡る問題

第1の示唆は、景気条項を巡る問題である。消費税増税法では付則(景気条項)において、「増税規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、前項の措置を踏まえつつ、経済状況等を総合的に勘案したうえで、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」と明記されていた。

つまり、引き上げを停止するためには経済状況の総合的勘案がポイントになるはずだが、実際には、引き上げを決めなければいけないタイミング(2014年12月)直近の経済状況、より端的に言えば、7~9月期のGDP速報にあまりにも焦点が当てられ過ぎた。そのため、同期の実質成長率が大方の予想を裏切り、マイナスであったことは引き上げ延期の理由としては十分説得的であったようにみえる。しかし、景気は「変化」だけでなく「水準」をみることも重要だ。上場企業では円安などで既往最高益を上げ、景気に敏感な有効求人倍率がやはりかなり高い水準を維持する中で経済状況は消費税引き上げを延期しなければならないほど本当に悪いのかという疑問も残る。

一方、次回の消費税引き上げは景気条項を付さずに確実に行うとの判断は、政府の並々ならぬコミットメントを示すものであり、評価できる。しかし、その場合でも予期せぬ大きなショックに見舞われた場合は引き上げを停止できるような免責条項はやはり法定化しておくべきであろう。

次の消費税引き上げまで3年間空ける意味

第2の示唆は、消費税引き上げの時間的間隔についてである。消費税率を引き上げる場合、一度に5%引き上げれば、そのデフレ効果もかなり大きくなるためには、1回の引き上げ幅は2、3%にならざるを得ない。5%の引き上げを政治的決めることができれば、あとは、それをどのような間隔で実施するかが問題となる。しかし、その間隔が伸びてしまえば、1つの政権でコミットし、実施するのが難しくなる。元々定められていた1年半(2014年4月~2015年10月)という間隔はこうしたことも考慮して決められたと想像しているが、やはり、短すぎた印象は否めない。1年半しか空いていない場合、次の引き上げを判断する時期は前回の消費税引き上げの駆け込み・反動減から間がなく、先にみたように経済の基調的な動きをつかみ難いためだ。

逆に、安倍総理の消費税延期の決断は、「前回の引き上げから3年経てば次の引き上げはあれこれ考えることなく思い切ってできる」ことを正当化したとも解釈できる。3年間という期間は前回の消費税引き上げの影響がほとんど減衰しているという意味で間隔としては十分な長さとみられる。そうであれば、財政・社会保障制度の持続可能性確保のために、たとえば、2017年、2020年、2023年と3年毎に、消費税を2又は3%づつ引き上げ、10年後に少なくとも、欧州の付加価値税率の水準(15%超)を目指す必要があることを国民のコンセンサスとして形成していくことが必要ではなかろうか。

「歳出歳入一体改革2.0」に必要なものとは

最後は、安倍総理がコミットした2020 年度の財政健全化の達成に向けた具体的な計画についてである。今回の消費税引き上げ先延ばしは債務の増加スピードを高め、明らかに財政健全化にとってはマイナスであるが、逆にプラスであったのはマスコミの反応が変わった点である。安倍政権に対して批判的であろうとすれば当然「先延ばしで大丈夫なのか」という議論が出てくる。国民の痛みを伴う財政健全化推進に対してこれまで及び腰であった新聞などが「社会保障削減も含めた歳出削減にしっかり取り組まなければならない」との主張を目にする機会が多くなった。まさに、消費税引き上げ延期で逆に財政健全化に向けたモーメンタムが生まれてきたといっても過言ではない。

今後の取り組みの参考になるのは、2006年の「骨太の方針」に盛り込まれた「歳出歳入一体改革」である。当時は2011年のプライマリー・バランス均衡という目標を5年後に控え、いよいよ財政健全化への具体的な道筋を描かなければならなかったという意味で現在と似通った状況にあった。PB均衡のために必要な16.5兆円程度の内、個別分野での歳出削減で11.4~14.3兆円程度(要対応額の7~9割弱)積み上げた。また、歳出削減だけでは財政健全化目標は達成できず、なんらかの増収措置(=消費増税)が必要なことをにじませた。これが2014年4月の消費税引き上げの源流となった。

それでは、この夏、「骨太の方針」に盛り込むべき「歳出歳入一体改革2.0」は何がポイントになるであろうか。まず、第1に、PB均衡に向けて必要な要対応額について現実的な数字を提示することである。財政の見通しについては、堅実かつ慎重な経済見通しを援用すべきことはこれまでも強調されてきたが必ずしも徹底されていない。それならば、政府はたとえば、名目成長率の仮定を1、2、3%に分けて要対応額を提示するべきであろう。

第2は、2006年のように個々の具体的な歳出項目について政治的なリーダーシップの発揮により必要な削減額を積み上げることである。2006年と異なるのは、今回は社会保障支出の抑制・削減が歳出削減の中心となるべきということである。非社会保障支出はGDP比でみて既にOECD諸国で最少レベルである。公共投資はまだ削減余地はあるが他は相当スリムな状況である。無駄撲滅の努力は永遠に続けられるべきであるが、無理やり一律削減の手法はとるべきではない。その意味で、国費負担分だけでも毎年1兆円程度増え続ける社会保障支出についてどこまで具体的な削減額を積み上げることができるかがまさに焦点となる。

第3は、それなりに堅実な経済成長率の仮定に立てば、PB均衡を歳出削減だけで達成するのはまず不可能であるため、2020年度までに更なる消費税引き上げを覚悟する必要があることだ。その意味でも、先に述べたように長期的なスケジュールの一環で2020年の消費税引き上げも検討を開始すべきであろう。

有識者・専門家も具体的な財政健全化策の案を出すべき

年初から経済財政諮問会議において具体的な財政健全化計画の議論が本格化されるであろうが、抽象的な議論に終始しないように、政府部内の議論を注視、モニターし、議論を喚起していくことが重要だ。特に、有識者・専門家は数字に基づいた具体的な改革案(歳出削減策、増税策)を積極的に提示していくべきであろう。それこそが政府が逃げず、正面から財政健全化に取り組むために最も必要なことかもしれない。

2015年1月6日掲載

2015年1月6日掲載

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