新春特別コラム:2008年の日本経済を読む

2008年の経済財政政策の課題

鶴 光太郎
上席研究員

大きく下方修正することになった2007年度の経済成長率

安倍前政権における経済財政政策の最優先課題は「成長なくして財政健全化なし」の言葉に象徴されるように、成長力強化であった。しかし、昨年は政府が成長力強化に最も腐心した年であったにもかかわらず、昨年末に発表された政府による2007年度の経済成長率実績見込みが当初の実質2.0%、名目2.2%からそれぞれ1.3%、0.8%と大幅に下方修正されることになった。これはもちろん、国民の安全・安心のための改正建築基準法がかえって住宅建設を大幅に減少させたことやサブプライム・ローン問題、原油価格の高騰等により将来の不確実性が高まっている影響が大きい。しかしながら、2005年度、2006年度において実質では当初見通しよりも実績が上回っており、名目も下方修正幅が0.3~0.4%に止まっていたことを考慮すると今回の下方修正はかなり大きいといえる。

もちろん、成長力強化が重要であることは論を待たない。しかし、政府が経済成長を自在に操れるような「幻想」を振りまいたとすればそれは修正される必要があろう。昨年のコラム(「2007年の経済財政政策の課題」)では、「安倍政権の経済政策の特色は、必然的に「結果主義」、「成果主義」を標榜していることである。計画経済ではない日本経済において政府が成長を政策目標の第1のプライオリティに置くことは、逆に成長できるかできないかという「結果」のみで政権が評価されることを意味する。-中略-、(安倍政権は)いいわけをしない「結果主義」に自ら進んで追い込んでいるといえる」、と論じた。今回下方修正の背景となった要因は「想定外」であったかもしれないが、2007年度の「結果」についてはそれを真摯に受け止める必要があろう。

「成長力強化」と「財政健全化」は車の両輪

その第一歩として、福田政権は成長力強化と財政健全化は「車の両輪」であることを徹底して再認識すべきだ。財政健全化に伴うデフレ効果を乗り越え、健全化プロセスに弾みをつけるために経済全体の潜在成長力強化は欠かせない。一方、経済成長に頼ってばかりでは財政健全化を着実に進めることは不可能である。「車の両輪」というのは、例えて言うならば、一家の大黒柱であるお父さんには社長を目指してがんばってもらうが(高い(実質)成長目標の設定)、財布を預かるお母さんはお父さんの出世が部長か課長止まりでも大丈夫なように家計のやりくり(着実な財政健全化)を行うということである。この例えが、実は、「骨太2006」の歳出歳入一体改革の核心を形成していた。重要なのは、お母さんはお父さんの出世に悲観的であるというのではなく、むしろ一生懸命応援していることである。しかし、家計のやりくりは「危ない橋を渡る」ことはできないのでなるべく慎重にという趣旨である。

実際、欧米諸国の例をみると、慎重な(プルーデント)経済前提の採用をすることが財政健全化を成功させる大きなカギを握っていることがわかる。たとえば、オランダでは、「最も起こりうる成長シナリオ」とそれから一段低い「慎重シナリオ」を提示し、後者を財政政策の前提として採用している。また、カナダでは楽観的になりやすい政府の見通しではなく民間機関予測の平均を経済前提として採用している(以前は更に一定ポイント慎重な数字を採用)。イギリスでも、政策不変を前提としたベース・ラインを示した上で高成長、低成長ケースを提示している。一方、日本の場合、中期方針を示す「進路と戦略」(2007年1月)では、成長率、歳出削減額の前提の違いで4つの見通しが示されており、そもそもベース・ラインという概念が欠如している。イギリス並みにベース・ラインの提示を行うとともに、財政健全化策のグローバル・スタンダードともいえる財政健全化のための慎重な経済前提を別途設定することを検討すべきだ。

また、欧米諸国の事例をみると、財政健全化を進めるに当たり、慎重な経済前提の採用のみならず、長期財政推計の公表が重視されるようになってきていることにも注目すべきである。2001年以前は30年間であったところ50年間の推計を行うようになったイギリスを始め、EUでも45年間の推計を公表するようになった。これは、財政健全化のプロセスの長期化が進むとともに高齢化の影響なども重なり、超長期でみた財政の持続可能性の検証がより重要になってきたためである。一方、日本の場合、「改革と展望」や「進路と戦略」の中期方針では毎回少なくとも連続して5年間の経済の姿は提示しながら、年によりその先の姿もピンポイントで限定的ながらも示す努力を行ってきた。しかしながら、この1月に新たに決定される「進路と戦略」の計画対象期間は2011年度までであり、初めて対象期間が5年を割り込み、4年となる。2010年代半ばの債務残高GDP比率の安定的引き下げに向けての具体策策定が政治的な状況もあって先延ばしにされていることが大きく影響しているとはいえ、長期推計の公表については、欧米諸国と比べ既に何周も遅れているにもかかわらず逆向きに走っている状況であることは確かである。

経済財政政策に必要な3つの条件

福田政権は「車の両輪」をしっかりレールにつけた経済財政政策を再スタートさせなければならない。そのためには、まず、
(1)少なくとも10年以上のパースペクティブを持った長期的な経済の姿を明らかにする。
(2)潜在成長力の強化、つまり、名目の「上げ底型」ではなく、実質でみた成長力強化を官民一体となり、全員参加型で目指すという意識を浸透させる。
(3)財政健全化に当たっては別途、慎重な経済前提を採用する。
といった3つの条件が揃うことが必要なのである。

第2回は深尾光洋ファカルティフェローによる『日本経済の展望』です。

2008年1月8日

2008年1月8日掲載

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