対談連載『官民共創のイノベーション』を振り返って~越境と対話~

池田 陽子
コンサルティングフェロー / 競争環境整備室長

1.はじめに

RIETIブックス『官民共創のイノベーション』(2024年、共編著)(注1)をきっかけに、三菱地所オウンドメディアxTECH(クロステック)で、1年半にわたって同名の連載機会をいただいた(政策現場から見る『官民共創のイノベーション』)(注2)。「越境」をキーワードに、未来をつくるフロントランナーにインタビューした本連載を振り返り、越境者のマインドセットや、共創を成功に導く鍵となる対話のあり方について、示唆のポイントをまとめる。

2.官民連携・企業間連携は今なぜ重要か―政策上の視点

連載の内容に分け入る前に、官民あるいは企業間での連携を通じた「共創」が、政策的に重要性を増している点に言及したい。背景には、経済学者マリアナ・マッツカート氏が提唱した「ミッション・エコノミー」(2021年)など、昨今の世界的な産業政策の存在感の高まりが挙げられる。日本でも、2021年から「経済産業政策の新機軸」を掲げるが、経済安全保障への対応や脱炭素社会の実現など、中長期の社会課題の解決が目的となる。そこでは、不確実性に対応すべく、官があらゆる政策ツールを総動員して民間投資を促進し、官民での市場創出が求められる。それに伴って投資スケールは大規模・長期的・計画的となるため、官民はもちろん、企業間連携の必要性も増す。

関連施策を紹介すると、たとえば、経済安全保障について、重要物資の供給途絶や技術移転の強要といったわが国の自律性・不可欠性を喪失するリスクに対応するため、同業他社・サプライチェーン全体での企業間連携(他国企業からの買収提案や技術提供に関する情報交換、重要原材料の共同調達、競争力強化のための事業再編)がいっそう重要となっている。一方、産業界からは、独占禁止法のカルテル違反や企業結合規制への抵触のおそれが指摘されたため、「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」(2025年)(注3)を通じて予見可能性を高め、企業間連携を後押ししている(注4)。

3.対談連載の概要

こうした中、「共創」のリアルなヒントをお伝えできるよう、本連載は、ハーバード大学のタッシュマン教授の「越境者(Boundary spanners)」理論(注5)―異なるコミュニティー間の橋渡しを担う人材が、変革の実現に重要な役割を果たす―を参考に、インタビュー企画とした。具体的には、社会変革をけん引されている起業家、クリエイター、上場企業経営者、研究者、投資家の下記9名の方々から、貴重なお話をお伺いした。

対談連載『官民共創のイノベーション』でお話をお伺いした方々
(※敬称略、掲載順。複数の肩書をお持ちであるが、便宜上、1つのみ記載。)

金井良太 株式会社アラヤ 代表取締役
羽深宏樹 スマートガバナンス株式会社 代表取締役CEO
ヒャダイン 音楽クリエイター
岡田隆太朗 DCON(全国高等専門学校(高専)ディープラーニングコンテスト)実行委員会事務局長
鈴木正臣 株式会社Aster 代表取締役CEO
小林味愛 株式会社陽と人 代表取締役
和田丈嗣 株式会社プロダクション・アイジー 代表取締役社長
松尾豊 東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻/附属人工物工学研究センター 教授
郷治友孝 株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ 代表取締役社長CEO・マネージングパートナー

4.本連載から得た示唆のポイント

(1)越境者のマインドセット

越境の切り口は、海外・地方への展開(空間)、現在と近未来との接続(時間)、テクノロジーと人との関係、キャリア転換など、ご活躍のフィールドに合わせて、各者各様、多岐に渡った一方、境界というものを相対的にとらえる傾向が見受けられた。

例えば、AI松尾研エコシステムのファウンダーである松尾豊氏は、境界は「人間が勝手に作った概念にすぎない」「後から便宜的に引いたもの」と言及された。郷治友孝氏は、官僚から投資家へのキャリアチェンジを「大義を貫くための自然な移動」、また、高専生のAIビジネスコンテストDCONを生み育ててきた岡田隆太朗氏は、「好奇心に従って動いてきた結果、気づけば分野をまたいで活動していた」と述べられた。アニメ産業をけん引される和田丈嗣氏の「“まず動く”ことが重要」という感覚とも通ずる点があるように思われる。さらに、世界の地震犠牲者ゼロをめざすスタートアップ経営者の鈴木正臣氏からは、異なる概念も次元を上げていくと包含される(仏教哲学ではその最上位が「空」)との視点が示された。

つまり、一見逆説的かもしれないが、越境を実行するには、境界を意識せずに、最適解を求めて動き続けることが肝要といえよう。その上で、目下の変革の時代にあって、むしろ新しい境界(概念)を自ら作り出して世界に提案していく姿勢が共通していたように思われる。

(2)共創を成功に導く鍵となる対話のあり方

越境に際しては、他者との関係構築が不可避であるため、多角的な観点から対話の価値に行き着いた面があった。以下、いくつかインタビューから抜粋しながら紹介したい。まずは徹底的に聞いて相手のOS(オペレーティングシステム)を理解して信頼を醸成することや、転換を迫るのではなく既存の価値観の中で実装可能な道を探ることを重視する主張とともに、それでも絶対譲れない時は妥協しないことが大切との考えも示された。

私が一緒に草むしりから始めたように、自分の視点や常識をいったん置いて、まずは相手のOSを理解することがとにかく大事です。相手がどんな文化を持ち、どんな歴史を経て、なぜ今の形になっているのか。そういうことに興味を持って、徹底的に聞くことです。そこから信頼が生まれ、初めて対話が成立します。【小林味愛氏】

私たちが意識してきたのは、価値観の転換を迫るのではなく、現地の本音と建前を知った上で、既存の価値観の中で実装可能な道を探すことです。(中略)私たちの耐震塗料技術がどれだけすばらしくても、その正しさを武器にするだけでは人は動いてくれません。だから、私たちは、その国の“ルール”を理解した上で、何をインプットすれば命を守れるアウトプットが出せるかを考え、行動し続けてきました。【鈴木正臣氏】

人間1人では何もできないので組まければ始まらないが、どこかで争わなければいけないところがある。そういう時、まずは説得プロセスをしっかり踏みますが、それでも納得してもらえなければどうするか。私は、「絶対譲れない」という時は、妥協せず、対立を恐れず、筋を通します。【郷治友孝氏】

そして、AI時代、未来の時間軸においても、人間のコミュニケーション能力の重要性は変わらず、対話はキーワードとなっていた。たとえば、テクノロジーの急速な進展を踏まえ、ユーザーを含む多様な立場の人が関わり合いながらルールを作り社会を動かしていく、「マルチステイクホルダー・ガバナンス」の考え方が示された。また、脳科学のような新技術の社会的受容性を高めるため、SF小説や漫画を通じた「サイエンス・コミュニケーション」の手法が活用される点も興味深い。対話を前提にした上で、意思決定や合意形成のあり方があらためて重要になると思われる。

AIが論理武装や事務作業を代替していく中で、人間に求められるのは「ステークホルダーと対話して、物事を良い方向に進める力」です。引き続きコミュニケーション能力は大切ですし、それを支える、たとえば歴史や文化に対する深い理解も必要になってきます。【松尾豊氏】

もはや単一のプレイヤーがすべてを正しく予測してコントロールするのは無理があります。たとえば、生成AIのリスクを管理するとしても、政府だけでめまぐるしく変わる技術動向を把握し、ルールを決め、監督するなんて到底できません。むしろ、現場で技術を使っているプレイヤー自身が、リスクを評価し、運用し、改善するプロセスが必要なのです。【羽深宏樹氏】

社会との対話を進めるために、「サイエンスコミュニケーション」の取り組みも行っています。たとえばSF(サイエンスフィクション)を活用して、一般の人にも未来の技術を分かりやすく伝える試みをしています。ムーンショットの研究者とSF作家がコラボレーションして、「BMI技術が普及した未来」をテーマにした漫画や小説を制作するプロジェクトです。【金井良太氏】

紙幅の都合上一部のみの紹介にとどまったため、本連載シリーズに少しでもご関心をお持ちいただいた方は、音楽クリエイターのヒャダイン氏との総集編からご一読いただければ幸いである。社会変革をけん引されるフロントランナーの方々へのインタビューは、毎回、刺激と学びにあふれ、私自身大いにインスピレーションを頂いた。それを糧として、引き続き、変革の時代において官民共創のイノベーションを推進し、日本の未来が輝かしいものになるよう尽力していきたい。

脚注
  1. ^ 中原裕彦, 池田陽子. 官民共創のイノベーション―規制のサンドボックスの挑戦とその先. ベストブック. 2024.
  2. ^ 池田陽子. 政策現場から見る『官民共創のイノベーション』(連載). 三菱地所xTECH. 2025-2026.
  3. ^ 公正取引委員会, 経済産業省 & 国土交通省. 経済安全保障と独占禁止法に関する事例集. 2025.
  4. ^ 池田陽子他. 「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」の目的と背景. BUSINESS LAWYERS. 2026. (https://www.businesslawyers.jp/articles/1524)
  5. ^ Tushman, M. L. (1977). Special boundary roles in the innovation process. Administrative science quarterly, 587-605.

2026年9月9日掲載