日本におけるヘルスケア分野の社会実装

青山 竜文
コンサルティングフェロー

社会実装、特にアカデミアにおける研究開発を具現化していくという行為はヘルスケア分野(創薬、医療機器、ヘルステックなど)においては非常に長い時間を有する。アカデミアでの研究開発が社会実装に効果的につながるためにはどうするべきなのだろうか。

今回、ヘルスケア分野のエコシステム形成に関する3部作の終作として、特に日本の現況に関する問題意識をもったうえで、「ヘルスケア分野の開発における社会実装の要諦」というレポート(注1。以下当レポート。)を書いたが、その要点部分を取り上げたい。

1. サイエンスと出口

ヘルスケア分野でよく言われる言説に「日本はノーベル賞受賞者も多く、サイエンスは優れているが、社会実装に至るプロセスが弱い」というものがある。

筆者もこれは事実だと思うのだが、個々のアカデミアにおける取り組みが大幅に不足しているとは思えず、なぜこのようなことが起こるのか、という疑問がある。

この課題に対応する術として専門家がこれを外から助ける、という手法が存在する。恐らくは日本においては、それが現状のベストエフォートであろう。

ただし海外と比較して考えた場合、ヘルスケアについていえば、これは必ずしもメインの手法ではなく、アカデミア内で課題対応していくことが主流である。日本ではなぜこれが主流になってこなかったが、その理由は十分に議論されていない。

そもそも筆者の立ち位置は、研究者はサイエンスに注力すべき、というものである。もちろん研究者自身が社会実装のプロセスやビジネスに一定の理解があることは望ましいが、必ずしも精通しておく必要はない。

しかしそれだけでは「出口」にはたどりつかない。出口とは、本質的にはいかに患者に製品・サービスを届けるか、ということである。スタートアップがM&Aで大手企業にエグジットすることも出口の一つではあるが、それは患者への還元という意味では、厳密な意味での出口ではない。

その意味では、研究者が願っていることと、ここで定義する出口には大きな乖離はないわけだが、そのプロセスが非常に長く、またテクニカルなものであるため、実際には研究と社会実装の間に乖離が生じてしまう。

2. アカデミアとビジネスの乖離

次に、ファイナンスや事業会社の視点で、アカデミアからの案件への視点を考える。

ファイナンスについていえば、VCのスタンスによるところではあるが、彼らは例えば「薬にする」「医療機器にする」プロセスにおいて必要なデータセットは何か、どのような臨床研究のプロセスを経るか、という点や時間軸を考える。

また事業会社側は、自社のポートフォリオを柔軟に調整するなか、例えばM&Aを行う場合にVC目線で支援された案件をどう自分たちのパイプラインに組み入れていくかを考える。

しかしながら、こうしたビジネス側からの視点は、アカデミアにとってはなじみが薄い。そのため、アカデミア側から出てくる案件がビジネス側の重視する観点とずれが生じてしまう。

この乖離をアカデミア内で解消するためには、いくつかの要素が必要となる。臨床プロセスに誰がどう持ち込むか、というのは常に議論となるが、それも含めて、その過程における「テックトランスファー(技術移転)」や「IPプロテクション(知的財産権保護)」などについて実務的な知見が不可欠となる。

そして個々の案件をビジネスに持っていくためのマネジメントに関する知見も必要となる。プロジェクトマネジメントや資金調達、組織運営のスキルである。

これらの知識やスキルは研究者としてのキャリアパスの単純な延長線上には存在しない。

3. 個人・組織・社会

図1は大学における教員の若年層割合が低下していることを示しているが、これはポストがある程度限定的であるが故に、相対的にキャリアパスが閉そく的になる可能性を示唆している。

図1 年齢階層別の大学本務教員数の推移_保健分野
図1 年齢階層別の大学本務教員数の推移_保健分野
(出典)学校教員統計調査(文部科学省)を基に筆者作成(当レポートより)

しかし、もし研究者としてのキャリアパスを多様化することができた場合、研究開発を主導する以外に教育、そして社会実装を支える「テックトランスファー」や「IPプロテクション」などの観点でのプロジェクトサポートなどの新たな役割を担うという方向性が考えうる。

それが可能であれば、個人の研究者としては、サイエンスの深掘りとともに、出口までに何が必要か、ということを学んでいくことが重要となってくる。

そして組織レベルでは、社会実装という観点からは、組織内でプロジェクトの選定や推進、サポートを行う人材を継続的に育成する仕組みが求められる。こうした取り組みは徐々に準備されつつあるが、研究者のキャリアパスと整合的な形で整備をされていくことが望ましい。そして、その際には、産業界や海外機関との連携も必要になってくるだろう。

そのうえで社会レベルでは、こうした取り組みを個々の組織に委ねるではなく、できる限り複数の大学や研究機関で共同して取り組み、各組織が孤立して分散的に教育や人材育成を行うことがないよう対応していくべきである。その際には、海外人材の還流なども重要となってくる。

図2でそのイメージを記載したが、取り組むべき事象のハードルが高い故に、個人・組織・社会の区分は相互に補完し合う必要がある。

個人の成長が組織の活性化につながり、組織の連携が社会の発展を促す。社会が組織の連携を支援し、組織が個人の成長を支える。

そうしたことが連なることで、ヘルスケア分野の社会実装がより効果的に進むと考えている。

図2 個人・組織・社会の関係
図2 個人・組織・社会の関係
(出典)筆者作成(当レポートより)
脚注
  1. ^ 青山竜文(2026)「ヘルスケア分野の開発における社会実装の要諦」(日本政策投資銀行設備投資研究所・経済経営研究47-1)
    https://www.dbj.jp/ricf/pdf/research/DBJ_EconomicsToday_47_01.pdf

2026年8月5日掲載