2025年を一つのメルクマールとして
2025年は日本の医療や介護において象徴的な年である。団塊世代の多くが75歳以上を迎え、高齢者人口が占める割合が大きくなるタイミングになるため、この20年程度、この時期に合わせた医療や介護の提供体制整備が提唱されていたからである。
具体的には、2000年代半ばから医療介護の需要増加への検討テーマとして、2025年をターゲットとした医療介護費用の試算(「社会保障国民会議 サービス保障(医療・介護・福祉)分科会」(2008/9))など行われてきた。同時に、医療提供体制の適切な整備に関する議論が進み、医療介護総合確保推進法制定(2014年)を経て、2025年を目途とした地域医療構想(注1)の策定を各都道府県に求めることになっていく。
2003年頃に議論が始まった地域包括ケアシステムも重要な役割を果たしていくこととなった。地域包括ケアシステムとは「2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるシステム」というのがその定義である(厚生労働省HPより)。
そして、国が診療報酬・介護報酬を通じて在宅シフトを手厚く支援する中、地域包括ケアシステムのコアとなる在宅医療・介護は一定の規模を占めるに至っている(注2)。同時期に在院日数の短期化を促す診療報酬改定が続いてきたことなどもあり、医療や介護の利用者の流れは大きく変化してきた。
病院については高齢者が増加する中で新規入院患者数が増加し、入院患者数に占める65歳以上人口の占める割合は2020年には74.8%に上っている(注3)(ただし推計入院患者数自体は2005年以降減少が続いている)。
では、退院後の患者はどこに行ったのだろうか。それが介護施設や、医療・介護を含めた在宅での対応となる。介護についていえば、介護保険被保険者数は増加し続けているが、被保険者数の伸びを上回る形で年間累計受給者数が増加した(注4)。これは利用頻度の高まりを示しており、介護士不足が常に課題となる一因でもある。
病院や介護事業者の経営状況
病院や介護事業者から見るとこうした話は需要の変化といえる。では病院や介護事業者の収益性はどのように推移してきただろうか。
病院自体の収益性は新型コロナ以前から低下していた。収入自体は増加基調だが、医薬品費比率や委託費比率などの上昇を主因に(補助金前では)赤字基調となっている区分が多い(注5)。病院の主たる費用は収入の4-6割を占める人件費だが、人件費比率は低収益状況に入った2015年以降も一定の比率で推移している。新規入院患者数の継続的な増加に対応すべく医療スタッフ数を増加させつつ、人件費比率が行き過ぎた形にならないよう制御し、運営を実施してきたといえよう。
一方、介護は施設系と居宅系の二つの区分に分けられるが、介護老人福祉施設などの施設系では赤字というケースは限られている(注6)。ただし、利用者数自体は増加しているものの、介護報酬改定の影響もあり、収益性は低下してきた。
通所介護・訪問介護・訪問看護などの居宅系は利用者数増に下支えされ、収益率は近年まである程度の水準を維持することができている(注7)。しかし、これらは訪問回数の増加などに支えられており、スタッフにかかる負荷が大きいことは想像できるため、サステナブルと言い切れない部分もある。
医療や介護の需要と連動する動き、連動しない動き
病院や介護施設は設備が主体となる事業であり、その設備投資を実施するためには赤字・黒字というレベル感だけではなく、健全なバランスシートを維持していくことが重要である。その観点からいうと需要の在り方と施設数の増減は連動しにくい。大型の建替投資を行うためには過去の設備投資などに伴う負債を減少させておく必要があるが、低収益期にはそれが困難になるというのもその要因の1つである。
図1は、二次医療圏(注8)(救急医療を含め一般的な入院治療が完結するように設定された全国330の区域)で見た65歳以上人口の増減率と病院数の増減率を1990年代半ばからの動きとしてプロットしたものだが、連動の難しさが見てとれる。
しかし医療介護の提供体制が本当に需要と連動をしていなければ、おそらく日本の医療介護提供体制は相当厳しい状況に陥っていただろう。
そして実際はそうではないことが、以下の図2、3を見ると分かる。図2、3は65歳以上の人口増減率と、医師数および居宅等介護サービス受給者数の増減率をプロットしたものである(後者は2000年代半ばからの増減であり、かつ本来は医療圏という概念と関係ない介護の領域を比較目的のため医療圏の範疇で整理し直した)。
図2、3を見ると分かる通り、実際の医療・介護提供体制は中長期で見ると需要とある程度連動をしてきた。病院もその施設自体を維持しながら内部の組織や体制を調整し、需要に対応してきたわけである。介護ではあくまで利用者数の動きで見ているが、高齢者人口の増減と連動した利用者数の増減が見られる。
とはいえ、医師の確保が強いエリア、介護体制の整備が強いエリアは必ずしも一致しておらず、地域ごとにバリエーションが存在している。首都圏が際立ってどちらも強いという話でもなく、都道府県内の第2、第3の都市がこのどちらかの整備において充実しているというケースも散見される。
「ポスト2025」の体制構築への補完
昨年見直された「地域における医療及び介護を総合的に確保するための基本的な方針」(総合確保方針)の別添部分には「ポスト2025年の医療・介護提供体制の姿」として、「限りある人材等で増大する医療・介護ニーズを支えていくため、医療・介護提供体制の最適化・効率化を図っていくという視点も重要」との記載がある(注9)。
この視点を実践する上では、病院数の増減が必ずしも需要と連動しないことなどを踏まえつつ、その地域における医師・介護士などの中長期的な動きや各事業者が収益的に体制変化に耐え得るのか、といった要素を考えておく必要がある。図2、3で見ても分かる通り医療・介護の提供体制はある意味したたかに診療報酬・介護報酬の強弱に対応して変化し続ける。高齢者人口の増加もピークアウトする地域が増えていく「ポスト2025」において混乱を生じさせないためには、その地域の医療・介護のバランスとその成り立ちを見ながら対応を検討していくことが一層重要となる。
そしてこうした話は医療・介護従事者自身のみで抱え込むべき話ではなく、サポートをする側にも必要な視点である。例えば看取りはますます大きなテーマとなっていくが(注10)、どこで看取りに対応するか、というテーマについても、事業者に頼るのみでなく地域の特性に応じたいくつかのサポート類型を用意することも必要だろう。
看取りに限らず、地域包括ケアを推進する上でのDXの在り方なども然りである。地域包括ケアを実態として機能させるためには、訪問医療・介護にかかわる医師、看護師、介護士らの情報連携をいかに効果的に行うかが必要であるが、その地域の中で誰がハブとなっていて、またどういった機能を核にその地域の医療・介護の質を底上げしていくか、は異なってくる。DXを活用して何を実現すべきか、という視点をサービス提供側も共有していくことが不可欠である。
公平性の担保や医療・介護従事者のマインド、働き方に沿った形で動くことは当然であるが、同時に需要だけでなく供給体制がどのように動いてきたかもメッシュを細かく見極めながら各ステークホルダーがサポートを行っていくことで、「ポスト2025」の軟着陸がよりスムーズになるものと考える。