米中技術デカップリングによる経済的影響:定量分析による示唆的な視点

神事 直人
ファカルティフェロー

小澤 駿弥
東京大学

米中の技術デカップリングが、貿易、海外直接投資、経済厚生に与える影響を、対外直接投資を技術流出のチャネルとして考えるシンプルな定量的動学貿易一般均衡モデルを用いて定量的に分析した。米国による中国からの一方的なデカップリングが中国の経済厚生に及ぼす潜在的な悪影響は、主に技術制限に起因することが示唆される。また、米中および他の多くの国々がデカップリングから経済厚生の損失を被る可能性があることが明らかになっているが、デカップリングが米中二国間に限定されていれば、経済厚生の損失の規模は相対的に小さい可能性がある。

現在米中のデカップリングが進行中である。習近平政権は2014年4月15日、国家安全保障政策の指導原理として「総体的(包括的)国家安全保障」という概念を初めて提唱した。この概念を実施するために、国家安全法が2015年7月1日に施行された。それ以来、サイバーセキュリティ法(2017年)、データセキュリティ法(2021年)、改正反スパイ法(2023年)を含む一連のセキュリティ関連法が導入された。さらに、2020年1月1日から、中国における海外直接投資(FDI)のセキュリティスクリーニングが外商投資法を通じて強化され、2020年12月1日に施行された輸出管理法では、国家安全保障を目的とした物品の輸出を包括的に規制している。

一方、米国では、輸出管理改革法(ECRA)が2018年8月13日に制定され、デュアルユース特性を持つ技術の輸出を規制している。さらに、2022年10月13日からは、先端コンピュータや半導体製造品目に関する輸出規制が厳格化された。FDIについても厳格な規制が導入されている。外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)は2018年8月13日に成立し、米国への対内FDIに関わる取引を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)を強化・近代化し、国家安全保障の観点からCFIUSが審査対象とする取引の範囲を拡大した。対外FDIに関しては、ハイテク産業における技術の不正な拡散を防ぐため、バイデン大統領は、2023年8月9日に特定の技術分野に関する中国へのFDIを制限する大統領令に署名した。この大統領令を実施するため、米国財務省は2024年6月21日に立法案公告を発行した。両国間の緊張が高まる中でも、ジャネット・イエレン米国財務長官は2023年4月の演説で、「我々の経済を完全に分離させることは、両国にとって壊滅的である」と語り、米国政府は米中経済の分離を追求しようとは思っていないことを示唆した(Sevastopulo 2023)。バイデン政権のジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官は、2023年4月27日のブルッキングス研究所での講演で、米国は「スモールヤード・ハイフェンス(小さな庭と高いフェンス)」のアプローチを持つことによって彼らの技術を保護しようとしていると説明した(The White House 2023)。現在の状況を鑑みると、政策立案者や学者たちは、米中の技術デカップリングがもたらしうる経済的影響について大いに懸念している。

最近では技術デカップリングの影響を定量的に分析した研究がいくつか行われている。Garcia-Macia and Goyal (2020)は、ハイテク産業の輸出を通じた技術移転を伴う貿易の二国間動学的貿易一般均衡モデルの枠組みの中で、米国による対中輸出または輸入禁止のシミュレーションを行っている。彼らは、米国が対中国の輸出を禁止すると、自由貿易と比較して、米国の経済厚生が0.6%ポイント増加し、中国の経済厚生が6.1%ポイント減少することを示している。Cerdeiro et al. (2021)は、多国間動学的一般均衡モデルを用いて、世界経済におけるデカップリングの影響を分析している。彼らは、ハイテク産業の米中二国間貿易の禁止によって、生産性が低下し、知識の拡散が減少することによる影響を10年間の範囲で分析し、中国の経済厚生が最大で2%減少し、米国の経済厚生が1%減少することを明らかにしている。Góes and Bekkers (2022) は、各国間の知識拡散を考慮に入れた動学的貿易一般均衡モデルを構築し、西側と東側のブロック間のデカップリングの影響を分析している。彼らのモデルでは、技術は外国から自国へ、中間財の輸入を通じて拡散するとしている。2つのブロック間の貿易が完全に停止する完全デカップリングの場合、西側ブロックの経済厚生の損失は1%から8%(中央値:4%)、東側ブロックの損失は8%から11%(中央値:10.5%)に及ぶことを示している。

これらの先行研究では、国際的な技術の流れを貿易の流れから切り離していない。その結果、技術拡散の制限や輸出管理の影響を個別に評価していない。この限界を乗り越えるために、我々の最近の論文(Jinji and Ozawa, 2024)は、FDIを国際的な技術拡散のチャネルとして考えるシンプルな動学的貿易一般均衡モデルを用いている。このモデルは元々Anderson et al (2019)によって開発されたものである。我々は彼らのモデルを拡張し、経済を最終財部門と中間財部門に分け、技術資本が中間財部門でのみ使用されるようにした。

モデルの設定

我々のモデルはN国と2つの部門で構成されている。最終財は非貿易財であり、労働と合成中間財から生産される。中間財は産地によって差別化され、物的資本と技術資本から生産される。各国は、他国からの対内FDIを通じて他国の技術知識にアクセスすることができる。したがって、このモデルでは、FDIは国際的な技術の拡散のチャネルとなる。このモデルではt時点におけるi国のj国に対する技術開放度を表すパラメータ(ω)が存在し、このパラメータを変更することで、ある国は他国からの自国技術へのアクセスを制限することができる。また、中間財を輸出する際には氷塊型貿易費用(τ)が発生する。各国では、物的資本と技術資本が時間の経過ともに蓄積され、これによりモデルが動学的な性質を持つようになる。

反実仮想分析

モデルの主要パラメータは、2016年の89カ国のデータを用いて調整されており、したがってベースラインの均衡は2016年の経済の状況を反映したものとなっている。

そのデータを用いて、米中技術デカップリングシナリオに基づく反実仮想分析を行った。技術拡散の制限は、ωの減少によって、輸出管理はτの増加によって捉えることができる。 我々は反実仮想シナリオでの定常状態の均衡をシミュレートし、主要な変数(厚生、輸出、輸入、FDIなど)のベースラインの均衡からの変化を計算した。典型的な反実仮想シナリオは、米中双方向でωが80%減少し、τが20%増加するというものである。言い換えれば、デカップリングが2国間だけで発生し、他の国が直接対象とならないシナリオである。この限定的なシナリオでは、米国、中国、そして世界全体が経済厚生の損失を経験するが、損失の規模は比較的小さいということが分かった。つまり、ベースラインの均衡と比較すると、米国と中国の経済厚生は0.41%、世界全体の経済厚生は0.11%減少する(図表1)。その結果、二国間デカップリングの影響はFDI側よりも貿易側で大きいことが示唆された。中国の輸出と輸入はそれぞれ9.88%と5.90%減少し、米国の輸出と輸入はそれぞれ6.89%と3.63%減少する(図表2の青とオレンジのバー)。それに対し、対内FDIは中国で1.08%、米国では1.81%しか減少しない(図表2の黄色のバー)。

図表1:米中相互の貿易・技術制限による経済厚生の変化
図表1:米中相互の貿易・技術制限による経済厚生の変化
図表2:相互制限による米中の貿易およびFDIの変化
図表2:相互制限による米中の貿易およびFDIの変化

次に、米国が中国から一方的にデカップリングするというシナリオを考えた。先ほどの米中双方向のデカップリングのシナリオとは異なり、米国からの技術や貿易を制限することによる中国経済への影響についてより焦点を当てることができる。具体的には、米国が中国への技術の流れを完全に止めて、中国への中間財の輸出も停止するという極端なケースを考察した。この場合、中国の定常状態の経済厚生はベースライン均衡よりも1.66%減少する(図表3の「すべて禁止」)。技術の禁止だけで中国の経済厚生が1.65%減少することから(図表3の「技術の禁止」)、ネガティブな影響のほとんどは技術の流れの制限によるものと思われる。対照的に、米国が中国への中間財の輸出だけを停止した場合、中国の経済厚生はわずか0.014%の減少にとどまる(図表3の「貿易の禁止」)。しかし、米国が一方的に中国からデカップリングした場合では、米国の経済厚生および全世界の経済厚生はそれぞれ0.14%、0.31%減少する(図3の「すべて禁止」)ことに注視することが重要である。したがって、米国が一方的に中国からデカップリングすることにより、中国のみならず、米国とそのパートナー国もまた打撃を受ける可能性がある。

図表3:米国の一方的な対中禁止措置よる経済厚生の変化
図表3:米国の一方的な対中禁止措置よる経済厚生の変化

結論

現在進行中の米中技術デカップリングの経済的な影響は、米国や中国だけでなく他の国にとっても重要である。デカップリングには、輸出管理と技術拡散に関する規制の両方が含まれている。本コラムでは、デカップリングが各経済に影響を与えるメカニズムを理解するには、これらの制限の影響を個別に評価する必要があることを示した。

我々のシミュレーション結果からは、2つの政策インプリケーションを導きだすことができる。第一に、米国が中国への技術拡散に制限を設けることによって中国経済に与える経済厚生上の影響は、米国が対象領域への輸出制限を設けることによる影響よりも大きい可能性がある。したがって、それぞれの政策の影響を慎重に評価することが重要である。第二に、米中の技術デカップリングが定常状態の経済厚生に与えるネガティブな影響は、もしデカップリングが二国間の関係に限定されている場合、比較的小さい可能性がある。しかし、デカップリングに関与する国の数が増えると、その影響ははるかに大きくなるだろう。

編集部注:本コラムのベースとなった主な研究(Jinji and Ozawa 2024)は、経済産業研究所(RIETI)のディスカッション・ペーパーとして発表された。

本稿は、2024年2月27日にwww.VoxEUにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2024年9月2日掲載)を読む

参考文献
  • Anderson, J E, M Larch, and Y V Yotov (2019), “Trade and investment in the global economy: a multi-country dynamic analysis”, European Economic Review 120: 103311.
  • Cerdeiro, D A, J Eugster, R C Mano, D Muir, and S J Peiris (2021), “Sizing up the effects of technological decoupling”, IMF Working Paper. WP/21/69.
  • Garcia-Macia, D and R Goyal (2020), “Technological and economic decoupling in the cyber era”, IMF Working Paper. WP/20/257.
  • Góes, C and E Bekkers (2022), “The impact of geopolitical conflicts on trade, growth, and innovation”, WTO Staff Working Paper. ERSD-2022-09.
  • Jinji, N and S Ozawa (2024), “Impact of technological decoupling between the United States and China on trade and welfare”, RIETI Discussion Paper Series No. 24-E-041.
  • Sevastopulo, D (2023), “Janet Yellen warns US decoupling from China would be ‘disastrous’”, Financial Times, Online edition on April 23, 2023.
  • The White House (2023), “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution”, 27 April 2023.

2024年11月29日掲載