貿易制限は資源保護の有効手段か?

神事 直人
ファカルティフェロー

ロシア政府が今年5月下旬に生きたカニの輸出禁止を発表した。ロシアからの輸入が、カニの国内供給量全体の約6割を占める我が国は大きな影響を受けると懸念される。しかし、実際にどの程度の影響があるかはまだ不明だ。今回の措置について、ロシア側はカニの密漁・密輸対策が主な目的であると説明しており、プーチン大統領もカニの輸出全体を禁止するわけではないと言明した。この措置ではたしてカニの密漁・密輸を減らすことができるだろうか? また、国際貿易のルール上問題はないのだろうか?

密漁のインセンティブを上げることになる貿易制限

今回のロシア政府の措置(注1)のように、漁業資源をはじめとするさまざまな「再生可能資源」について、違法な採取(漁獲・捕獲)を減らし資源を保護するために、輸出国側または輸入国側が貿易を制限することがしばしば見られる。しかし、1つ懸念されるのは、カニの輸出を禁止することで、逆にカニの密漁を増やすようなことになりはしないかということである。日本に輸入されるカニの量が減れば、日本ではカニの値段が高騰することになるだろう。そうなれば、うまく密輸できれば密漁者はこれまで以上の利益を得られることになる。そのため、ロシアの輸出禁止によってカニを密漁するインセンティブは逆に上がってしまうのである。

木材の輸入制限が違法伐採を助長する可能性も

カニの密漁がカニの資源管理に深刻な影響を与えているのと同様に、木材の違法伐採が世界各地で森林破壊を拡大させてきた。それに対して、近年、国際社会は違法伐採問題に取り組んできている。しかし、木材の輸入制限によって違法伐採を減らそうとすると、逆に違法伐採を助長してしまう可能性がある(注2)。日本のような木材の輸入大国が木材輸入を制限した場合、少なからず木材の国際価格を引き下げる効果があると考えられる。木材価格の下落は、違法伐採による利益を減少させるので、違法伐採のインセンティブを下げることになる。しかし、それと同時に、森林の所有者にとってのインセンティブにも影響を与える。森林の所有者にとって、木材価格の下落は自分の資産=森林の価値を低下させる。したがって、木材価格が下落すれば、森林管理のための費用を削減することになりかねない。それは、自分の所有する森林を違法伐採者から守るための費用を削減することにもなるため、違法伐採をしやすくする。もし、木材価格の下落によって、違法伐採のインセンティブを下げる効果よりも森林管理のインセンティブを下げる効果のほうが大きければ、違法伐採は増加してしまうだろう。木材一般の輸入を制限した場合にその可能性があるが、違法材だけを輸入制限する場合にはそのような問題は生じない。

合法か違法かの区別とWTOルール

違法材だけを貿易制限しようとする取り組みの1つが、欧州連合(EU)が進めているFLEGT(森林法施行・ガバナンス・貿易)制度である。これは、EUがインドネシアなど違法伐採問題を抱える木材輸出国との間で二国間協定を締結して、貿易される木材から違法材の排除を輸出国側に要求する一方で、そのために必要な技術等をEU側が支援する仕組みである。このような制度がうまく機能するためには、木材が違法材か合法材かをきちんと見分けることが必要である。FLEGT制度では、木材の合法性証明書の添付を輸出国側に義務づける。「持続可能な森林経営」を第三者機関が認証する「森林認証制度」を活用することでも、この問題をクリアできるだろう。同様に、輸出制限によってカニの密漁を減らそうとするならば、密漁されたカニとそうでないカニを区別できるかどうかが鍵となる。

合法材と違法材の区別ができれば、違法材だけを輸入制限することで問題を解決できそうなものだが、話はそう簡単ではない。なぜなら、そのような措置はWTOルールに抵触する可能性があるからだ。「無差別原則」を基本とするWTOルールでは、貿易される商品の物理的特性に違いがない場合、異なる方法で生産された商品に対して差別的な扱いをすることは原則として認められない(いわゆる「生産工程・生産方法(PPM)」の問題)。違法材か合法材かは木材の物理的特性には影響しない。したがって違法材だけを輸入制限する措置は、WTO紛争解決機関に提訴された場合、WTO違反と判断される可能性がある。二国間協定のもとではWTO提訴の恐れはないので、それによって違法材を排除しようとするEUのFLEGT制度は、この問題を回避するための措置と解釈することもできる。

問題は木材や漁業資源といった一次産品に限定されない。生産方法が異なるだけでは種類の異なる商品だとは認めないという従来の厳しい解釈に対して、最近のいくつかの紛争案件でWTO紛争解決機関はより柔軟な解釈を示している。そのような柔軟な解釈をさらに拡大することがどの程度の経済的利益・不利益をもたらすかということについて、より詳しい研究が必要だ。

貿易制限はあくまでも「次善策」

経済学的な観点から見ると、違法伐採や密漁をなくすために貿易を制限するというのは、あくまでも「次善策」にすぎない。最善策は、自由貿易をしつつ各国が違法伐採や密漁そのものを取り締まることである。絶滅の恐れのある野生動植物を保護するために、ワシントン条約でその国際取引を制限している。しかし、それもやはり次善策である。

ただ、最善策では資源所有国が対策費用を負担しなければならない。もし資源所有国が発展途上国で、密漁等を取り締まる資金的・技術的な能力に欠けるのであれば、消費国である先進国の協力が不可欠だ。カニの資源保護も、ロシア側の取り組みだけでは不十分で、日本側がどのように協力できるかが問われている。再生可能資源の違法採取をなくして資源を適正に利用することは、生産国・消費国双方にとって長期的な利益につながるという認識を共有することが重要である。

2007年7月17日
脚注

2007年7月17日掲載

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