はじめに
平成23年3月11日の東日本大震災をはじめ本邦の地形の特異性から地震,津波,洪水,土砂,火山など自然災害が頻発しその被害も甚大である.同震災から翌々年の平成25年災害対策基本法が改正され巷でも防災,減災への意識が高まりをみせた.しかしながら度重なる災害の惨禍で尊い命が失われる状況が変わらず社会・経済への損失も未だ底をみない.本稿で改めて東日本大震災を振り返り発災後制定された災害対策基本法で何が変わったのか,災害をくい止める効果があるのか,のこる課題を見いだせるのか検討する.
施策側の論理と当人としての避難者
避難所の分布
平成25年6月災害対策基本法が改正され市町村の長が災害から身を守るため緊急避難する「指定緊急避難場所」と災害避難者が一定期間生活するための「指定避難所」を指定する制度が翌26年4月から施行された.指定緊急避難場所が指定する災害種別だが津波や地震をはじめとし洪水,崖崩れ・土石流・地すべり,高潮,火山,内水氾濫,大規模火災が挙げられる.本稿で参照する指定緊急避難場所の統計であるが市町村から提供があった2021年11月国土地理院所蔵となる.立地条件として当然のこと各々の災害の危険が及ばない区域が定められることが念頭なのだが統計そのものの包括性がいまいち十分でなく(市町村提出が協力依頼であり同避難場所の更新が加えて反映されない場合がある)統計がある程度整っている区域でも各災害の惨禍から逃れるだけの十分条件を備えて設置されるのか検証迄至っていない.制度が明示する「安全でない」区域だが津波の場合「津波防災地域づくりに関する法律の津波浸水想定(同法第8条)及び津波災害警戒区域(同法第53条第1項)」とされるが最終判断を各区域・範囲,過去の災害履歴などを参考とし市町村の長が定めるとされ余白がのこる.なお避難所が災害種別ごとでその安全性が確保されたとしても実際の突発性が極めて高い発災を目の当たりとして指定された避難所へ辿りつけるのか疑念がのこり検証迄道のりがある.
危機認知と避難行動
恐怖を察知するとその合図が脳幹へ達し神経細胞がその情報を扁桃体へ伝える.扁桃体が刺激を介して血管の収縮,血圧の上昇,心拍数の増加,コルチゾールやアドレナリンといったホルモンを増大させ全身の運動筋肉の動きを活性化させる.この過程で危機を回避するため己のおかれた状況の把握と対処を適宜できればよいのだが行動へ至る判断のみならず危機の認知へも至らないことが度々起こる.コルチゾール(の分泌量も関係する)が複雑な判断を有する脳の機能を阻害する.例えば突然の地震の轟音と揺れを受け車のシートベルトの外し方すらわからなくなるといったことが起こる.ましてや津波の到来迄の猶予時間を認知し最寄りの津波対応可の避難所への道程まで気が回らないことが十分ありうる.幼児がママの激高を察知して固まる姿やワンオペ中トイレで目を離した瞬間泣き叫ぶ声が聞こえその場で立ち竦む情景と通ずる.
致死圏の解析-東日本大震災の津波を事例として
本稿で東日本大震災の震央から程近く津波,浸水,人的被害で全国有数の被害を受けた石巻を取り上げる.同市の被害が全国最悪規模で津波の最大波高が8.6m迄達し浸水面積が73km2と平野部の約3割,市内の13.2%,全国の浸水面積のおよそ13%と甚大な被害を受けた.人的被害が震災関連死を除き3188人と全国の20.1%,414名が行方不明,最大避難者が50758名おり,同市の震災前の月の人口133724人を踏まえると夥しい様相を呈する.市公表の避難箇所が259数えられ,うち避難所が震災年10月,待機所が同12月をもって全て閉鎖されたとされている.下記で記す指定緊急避難場所である災害避難所の全数が472(津波,地震向けのみならず全災害種別の避難所)でその55%迄及ぶ屋舎へ避難者が押し寄せたわけである.
解析方法
何がこれほどの被害迄至らしめたのか.亡くなった3188名の死因が9割方溺死であることを考慮すると避難の道半ばで津波が飲み込んだか避難所へ至っても安全不備で溺死したと考えられる.津波の浸水域を災害避難所と重ね合わせ浸水した避難所とそうでない避難所をまず分ける(図1).浸水した避難所へ向かう最中で津波が飲み込んだか避難所到達後溺死したかが類推できる.つぎの解析で致死圏を作成する.津波で浸水しなかった避難所迄の徒歩所要時間を計測し発災時どの立ち位置であれば助かったのか検討する.
結果と纏め
東日本大震災の津波で浸水した災害避難所(同震災後年の平成25年制定)が240もの戸数みつかった.図1(壱)の赤色の丸が示す避難所が該当する.浸水しなかった避難所の戸数も232と同程度であり黄色の四角でさし示した.同市が歴史的な港町で湾を臨む形で中心市街地が広がることから多数の避難所が津波で浸水した沿岸付近で立地し発災時である14時46分の昼間人口も沿岸沿いで密集していたと想定される.石巻市の事例をみると発災から25分で津波第一波の水位変化が少なくとも1m(同市報告),40分後最大波高が8.6m超,潮位が10.1m超(気象庁)とみられ,人命への影響が生じうるとみられる数十cmの水位変化まで20分たらずの猶予しかなかった.家屋やビルへ避難した者でも木造家屋が2m,石造家屋が8m弱,鉄・コンクリートビルが18m程度の波高で全面破壊されると過去の津波被害と数値予測から想定されることから(首藤,1992)避難後津波の濁流が飲み込み溺死した場合も相当数あるとみられる.図2で浸水しなかった避難所からの徒歩所要時間を計測し致死圏(浸水しなかった避難所から徒歩20分超の範囲)を青色の濃淡で示した.津波が図2(壱)で示す石巻湾岸を中心として押し寄せ赤色の丸でかたどった災害避難所が浸水したわけだがその大部分が致死圏内だった.限定数だが浸水しなかった安全な避難所から徒歩たったの10~15分の距離の避難所(致死圏外)であっても津波で浸水し湾岸市街地で散見されることがわかった(図2(弐)).施策側の論理として安全な避難所を指定し認知してもらうという日々の行政の積み重ねも重要であるが危機認知と避難行動の節で記した人間の危機対応能力の実態を鑑みると津波てんでんこの合言葉のよう「てんでんばらばら,兎に角高い所へのがれる」とだけ己へ言い聞かせればよいのかもしれない.
参照
謝辞
「災害後の復興(# 1238)」の枠組でcsis(university of tokyo)と共同研究を行った.科研費(grant # 19K13712)の枠組の課題でもある.