大震災からの復興-壊滅から「創造的破壊へ」

山田 昂弘
研究員(政策エコノミスト)

導入

2024年元日、能登半島を震源とするM7.6の巨大地震が発生し、多くの人命が失われ、極寒の寒空と隣り合わせでの避難生活と懸命の緊急支援が続いている。能登半島地震からの復旧復興に向けて、いま改めて、13年の歳月が経過した東日本大震災を振り返り、現地がどのように復興に至ったのかを経済学ならびに空間情報科学の知見から検討し直し、残された課題と今後の道筋について記したい。当時の地震発災後、犠牲となった方々の御霊は戻ることはない。大事な方をなくされたご遺族のかなしみを推し量ることは到底できないが、哀しみを堪え、真の意味での発展に向けた施策を検討する。

被災後の経済動態を経済学はどのようにとらえているのか

一国・地域全体の経済成長の恩恵が滴り落ちる形で全体の生活水準の向上に資するという考えが経済学者の間で一般見解となっている(例えばDollar and Kraay, 2002; Dollar, Kleineberg and Kraay, 2016; Ravallion, 1995)。経済成長が生活水準を向上させる上で不可欠だという前提の下、局所的な壊滅に陥った被災地が、その後、どのような経済の軌道をたどるのかについてまず考えてみたい。経済規模を規定する場合、その要素は人的資本、物的資本、それ以外の技術水準を示す全要素生産性により表される。この恒等式に従えば、経済が東日本大震災のような自然災害や戦乱によって毀損する、つまり、物的・人的被害が生じたとしても、技術水準が変わらない場合、その後の資本再蓄積により経済は定常状態に回帰するという新古典派経済成長理論が一般的であった(例えばBarro and Sala-i-Martin, 1992)。しかし、検証可能な広範な統計の普及と因果関係を識別する手法を用いた実証分析の台頭により、同成長理論に基づいた予測は実証によって真を検証されるべきという見方がではじめた。災害後に物的・人的資本の低投資状態が続き、被災以前よりも経済規模が低迷するという「貧困の罠」(Azariadis and Drazen, 1990; Sachs, 2005; World Bank, 2003)と、破壊により革新的な投資やノウハウが従前よりも導入・伝播することで技術水準が向上し、経済が以前よりも復興するというものである(Aghion and Howitt, 1992)。近年では、マクロ・セミマクロレベルの集計データのみならず、一国の経済活動と相関が高い夜間光衛星画像(約1㎢単位)を用いて後者の理論を支持する実証分析の蓄積が急速に進んでいる(例えばYamada, 2023; Yamada and Yamada, 2021)。

残された課題

東日本大震災により残された課題は多い。第一に、福島第一原子力発電所の廃炉と放射能汚染水の取り扱い、現在の規制基準で浄化処理した処理水放出による潜在的な健康被害の科学的検証、漁業関係者を取り巻く風評被害への対応が望まれる。第二に仮設住宅に依然居住し、故郷への帰還も再定住先も決まらない原発被害地域住民への対応、高浸水リスク地域住民への啓発の有り様、行政をはじめとした情報提供側の避難施策、割安な土地住宅価格を優先し高リスク地域での生活を自発的ないしは無意識に望む個人や企業の行動様式の解明が求められている。付随して、発災後の適切な避難行動の有り様とおのおのの意思決定についても同様となる。これら残された課題に向き合いつつ、被災地住民の日々の生活再建に一定のめどが付いた今、復旧を超えた真の意味での復興政策に向けた取り組みが望まれている。

壊滅から「創造的破壊」へ-3.11、東日本大震災の事例

最新の研究(Yamada, 2023)によれば、東日本大震災による津波の影響は被災翌年の2012年には消失し、7年後の2018年には津波に飲み込まれた地域ほど、日本全国のそれ以外よりも経済活動が活発であることが分かった。分析では、経済規模を示す国民経済計算の都道府県版である県民経済計算と相関が高い夜間光を代理変数として用い、浸水がある地域とそうでない地域で夜間光照度がどの程度経年変化しているのかを見ている。2012年時点では汚泥に飲み込まれた人々の行方が皆目見当付かず、街も跡形もないほど壊滅していたが、救命活動とともに行われた瓦礫の撤去、ライフラインの整備をはじめとした各種インフラの復旧活動が被災地の経済活動を押し上げ、夜間光の強さと連動して正の相関関係を示したと見られる。つまり、被災以前の状態をしのぐ経済活動が実現され、上述の「創造的破壊」理論と整合する。大火災により焼失したボストンの大規模な区画が、その後、より革新に富み、先進的なノウハウのある資本の導入、伝播、波及によって急成長したように(Hornbeck and Keniston, 2017)、東北をはじめとした被災地でも同様の革新・ノウハウが単純な物的資本の導入による経済活動の押し上げを超えた形で結実しているか否かのメカニズムの解明が望まれよう。一方でより信頼度の高い精緻な検証のためには、相関を超えて因果関係を特定するための識別枠組みの設計、統計手法とともに、代表性のある一部の観察データから全体を統計的に推定することが可能な調査対象の抽出設計、地道で継続的なデータ収集に向けた努力が不可欠である。家計・企業調査等、大規模な調査の実施には膨大な人員、予算、歳月とともに調査対象への尊厳を要し、限られた資源の中で取捨選択をせざるを得ない状況に幾度も直面しているわけだが、個人情報が適切に秘匿化された衛星画像、位置情報、行政情報といった日本での導入が比較的新しいデータを追試可能な形で併用し、実態を解き明かす動きが模索されている。同時に、理論ならびに日進月歩で進展する予測手法と実証結果との差異も適宜参照し、何が違いを生むのかを見いだすことも意義があるだろう。さらには、データそのものと研究結果の信憑性確保のため、利害関係者を明示し、独立性を担保することが必要条件となる。文末になるが、能登半島地震で犠牲となった方へ哀悼の意を示し、早期の復旧、復興を願いたい。

参考文献
  • Azariadis, C. and Drazen, A. 1990. Threshold externalities in economic development. Quarterly Journal of Economics, 105 (2), pp.501–526. DOI: 10.2307/2937797
  • Barro, R. J. and Sala-i-Martin, X. 1992a. Convergence. Journal of Political Economy, 100(2), pp.223–251. DOI: 10.1086/261816
  • Dollar, D. and Kraay, A. (2002). Growth is good for the poor. Journal of Economic Growth, 7(3), 195-225.
  • Dollar, D., Kleineberg, T. and Kraay, A. 2016. Growth still is good for the poor. European Economic Review, 81: 68-85. DOI: https://doi.org/10.1016/j.euroecorev.2015.05.008
  • Hornbeck, R. and Keniston, D. 2017. Creative destruction: Barriers to urban growth and the Great Boston Fire of 1872. American Economic Review, 107 (6): 1365-98. DOI: 10.1257/aer.20141707
  • Sachs, J. 2005. The end of poverty: Economic possibilities for our time. Penguin Press, New York, NY.
  • World Bank, 2003. Breaking the conflict trap: Civil war and development policy. World Bank, Washington, DC.
  • Yamada, T. 2023. Artificial creative destruction? The dynamic causal effect of the tsunami during the Great East Japan Earthquake. SSRN Working Paper Series. DOI: https://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4297594
  • Yamada, T., & Yamada, H. (2021). The long-term causal effect of US bombing missions on economic development: Evidence from the Ho Chi Minh Trail and Xieng Khouang Province in Lao PDR. Journal of Development Economics, 150, 102611. DOI: https://doi.org/10.1016/j.jdeveco.2020.102611

2024年1月15日掲載

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