6月13日に日欧産業協力センター主催のウェビナー「EUの森林破壊防止のための評価調査(デューデリジェンス)規則(EUDR)とは ~産業界への影響と日本の森林破壊防止策~」と題するウェビナーが行われた。
森林破壊問題は長い間気候変動問題(IPCCによれば森林破壊はGHG排出の11%を占める)、生物多様性損失問題という地球環境問題としてその対応の必要性が国際的に議論されてきた。
例えば国連の持続可能開発目標(SDGs)の15.2目標では2020年までに森林破壊を止め、損なわれた森林を回復するとされていた。
しかし、FAOによれば1990年から2020年までの間に世界中で4.2億ヘクタールというEUより大きい面積の森林が失われたという。
しかもその大半は現地国で合法的に農地転換としてなされている。
このためEUは、森林由来商品(カカオ、パーム油、天然ゴム、木材等) の輸入側で世界の森林破壊を防止する取り組みを強化しなければならないと考え、2019年にはこれに関してコミュニケーション(政策問題提起文書)を発出し、2020年からオープン・パブリック・コンサルテーションを行った。 このプロセスを踏まえて、EU森林破壊防止規則(EUDR:EU Deforestation Regulation)は、欧州グリーンディールの一環として2021年11月に欧州委員会が採択し、その後EU議会、EU理事会での審議を経て2023年6月に成立した。
EUDRは、気候変動対策と生物多様性の保護のため、EU域内で販売、もしくは域内から輸出する対象品が森林破壊によって開発された農地で生産されていないこと(「森林破壊フリー」)を確認するデューデリジェンスの実施を企業に義務付けるものである。
2021年規則案の公表以来(あるいは2019年以来の関係者議論プロセスにおいて)影響を受ける世界各国、関係産業界から多くの反響を呼んでいる。
本規則に基づくデューデリジェンス義務が2024年12月30日から大企業に、2025年6月30日から中小企業に対して適用されるため、特に産業界の準備プロセスにおいて多くの懸念が表明されている。
そこで、EUJCでは欧州委員会・フランス政府当局、日本政府当局、影響を受ける日本産業界関係者を招いて本ウェビナーを行い、議論を深めた。
登壇者は以下の通りである。
- Diego Torres, International Relations Officer, DG Environment, European Commission
- Marine Reboul, Policy Officer on Imported Deforestation, French Ministry of Ecological Transition
- Clemence Boullanger, Policy Advisor on Global Forests and Land, French Ministry of Ecological Transition
- 杉村 元 農林水産省 輸出・国際局国際戦略グループ 国際専門官(企画・環境チーム)
- 門田 克行 日本製紙連合会 国際担当部長
- 伊東 亜弥子 (株)ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 ソーシャルバリュー戦略部 部長
筆者はモデレーターを務めた。
本稿では、ウェビナーでの議論概要と筆者のテークアウェイをご紹介したい。
EU側の説明
トレス氏の説明概要(質疑応答によるものも含む)は以下の通りである。
- EUDRの対象となる品目はパーム油、牛肉、木材、コーヒー、カカオ、ゴム、大豆およびその派生製品(チョコレート、家具、タイヤ、印刷物等)で、それは規則の別表で明示されている。別表で明示されていない自動車、楽器等は対象外である。
- 日EU貿易関係においてEUDR上の義務がかかるOperatorsはEUでの輸入者であり、日本製品輸出者には法的義務はないが、輸入者が義務(材料産地の地理的情報表示、製品が森林破壊していないことおよび現地法を遵守していることのデューデリジェンス、デューデリジェンス宣言書の添付等)を履行するための情報提供の協力を求められる。
- 日本からEUへの輸出品(2023年実績)で対象となる上位は、①ゴムタイヤ(525百万ユーロ)、②ゴム製品(157百万ユーロ)、③紙・紙製品(121百万ユーロ)である。
- 現在11以上の解釈ガイドライン文書(森林破壊に当たる農業用開発の定義、デューデリジェンス、第三者証明、現地法遵守等)を作成中である。
- 申告用のITシステムが用意され、2024年後半には演習が可能になる。
- 混合の材料の場合はそのすべての材料が森林破壊していないことが証明されない限りEUに輸入はできない。
- (罰則について)罰則の設定・運用は加盟国の責任であるが、本規則に違反した場合、proportionalityの原則(違反の程度により罰則が決まる)に従いEU域内の年間総売上額の4%以下の罰金のほか、重大な違反があった場合には、EU域内での市場投入や供給、EU域内から輸出が一時的に禁止されることがあり得る。
- (2024年12月30日から大企業に、2025年6月30日から中小企業に対して適用される)施行時期はEUDR(法)に書いてあり、それを延期するという修正をするには欧州委の提案、その後EU理事会・EU議会の承認が必要で、それは現実的ではない。
- (コスト上昇について)サプライチェーンのトレーサビリティのためにコストがかかることは理解するが、これは1回限りの作業でありその後何年も有効であり、そのコストとGHG排出の11%を占める森林破壊を防止するベネフィットのバランスの判断である。
- (義務免除・軽減義務の可能性について)今後公表されるカテゴリーにおいてlow riskと分類された国の材料に関しては簡便なデューデリジェンス(情報収集のみでよくリスクのアセスの必要はない)でよいことになる。
- (認証マークとの関係について)紙についてのFSCやパーム油についてのRSPOのような業界の認証マークに依存することは可能であるが、万一それらの認証に誤りがあった場合の責任はOperatorsにあることに注意が必要。
産業界の反応
これに対して、日本の産業界関係者からの主なコメントは以下の通りである。
門田氏(日本製紙連合会):
- 製紙の重要な原料である製材残材など木材残渣に対してEUDRで規定するDDを実施することは極めて困難である。
- 義務順守するために、トレーサビリティ可能な限られた原料に集中することで、世界中で原料不足・コスト高騰、さらにはEU域外での天然林や自然再生林などの伐採を加速することにつながることが懸念される。
- EUDRの目的を達成するためには、森林破壊や森林劣化を引き起こしていない国・企業に対しては過重な負担をかけることではなく、実際に森林破壊や森林劣化の懸念が大きい国・地域・企業に対して改善を促すことが重要である。
- 欧州委員会には、「低リスク」の国・企業・製品に対しては優遇措置を設けることを検討するなど、EUDRの理念を実現するための適切な対応をご検討いただきたい。
伊東氏(ブリヂストン):
- EU域外企業はEU域内企業に比べて輸送期間等を考慮するとより前広な対応が必要になるところ、本年(2024年)12月の義務化までにEU当局の運用に不明な点も多く、対応が困難である。
- EU域内タイヤメーカーは本年12月30日より以前に輸入したゴムであればEUDR不適合でもその後もタイヤ製造・供給が可能であるのに対して、EU域外タイヤメーカーはタイヤ製造期間も加味すると本年12月より2カ月前にはEUDR適合タイヤを製造しなければならず、内外公平的ではない。
- EU域外企業はEU向け製造ラインを物理的に分離せざるを得ず、生産性低下や過剰材料確保の恐れがある。
所感:より緊密な日EU間官民対話を
議論を聴いた上での筆者の所感・テークアウェイは以下の通りである。
第一に、EU規則の目指す森林破壊防止という目的意識には関係者も賛同しているが、事業者から見た場合その規制的手段の実務的な実施に向けては課題が多いように見受けられる。
産業界からすると、規制内容の各論において過重な負担を義務者に課している面があるように感じられている。例えば、混合材料の扱いである。EUDRによると、混合材料の場合はすべての構成材料が森林破壊されていない産地出自であることが求められる。門田氏が指摘するように、紙の原料には製材残渣が含まれることが多く、それはそれで資源の有効利用としてサステナブルな面があるにもかかわらず、そのような製材残渣は多様なサプライチェーンで集められるものであり、それを100%トレースするのは困難性が高い。
貿易上のルールとしての原産地規則では多くの場合、デミニマスの原則がある。これは原産地を判断する際に僅少の非原産材料については無視してもよいという、利用者にとって使いやすいルールであり、このようなルールの導入が産業界からは望まれているのであろう。
また、本年12月30日には大企業の義務がかかるのに、EUDRの多くの解釈ガイドライン文書がまだ作成中で未公表というのでは、遵法意識が高く細部の運用に完璧性を追求する日本企業にとっては何をどのようにすべきか分からずフラストレーションが大きいであろう。
事業者の法遵守に資するEU当局の対応が期待されているところである。
第二に、その上で、EUDRが成立するまでのプロセスで、影響を受ける産業界からの声はEU当局に十分に届かなかったのであろうか?
これはEU当局側の課題であるとともに、影響を受ける産業界側の課題でもある。
EUの政策決定プロセスにおいては、通常オープンに時間をかけて公式・非公式な調整がステークホルダーとの間で(場合によっては加盟国やEU議会を通して)なされ、最終的にはそれなりにバランスの取れた成案が得られることが多い。
規制については、規制される側がどのような対応をすれば規制を遵守できるのか、細部についてのガイダンスが発行されるのが通例である。
また、施行時期については段階的に試行期間も含めて設定されることが多い。
例えば、昨今世界中を騒がせているEU規制の例としてCBAM(炭素国境調整メカニズム)があるが、この場合も、2021年7月に欧州委員会案が提案され、2023年5月に規則が成立し、2023年10月から事業者の報告義務がスタートしているが、これは移行期間・準備期間であり、2026年1月からが実際の調整(実質課税)が始まる本格運用期間である。欧州委員会関係者は2026年1月までは制度運用のために必要なさまざまな情報を収集する準備期間であると明言している(2023年11月EUJCセミナーでの関係者発言)。
影響を受ける産業界としても、欧州委員会にいろいろ意見申し入れ等はしていたようだが、より有効な対話はなされなかったのであろうか。
第三に、その関連で、本ウェビナーの後にFT紙の報道で、米国政府が欧州委員会に対してEUDRの施行延期を申し入れたとあり、欧州委員会がこれを認めているので、事実と思われるが、この米国政府のポジションは興味深い。
報道によれば、5月30日付けでレイモンド商務長官・ヴィルサック農務長官・タイUSTR代表連名で規則の実施と罰則適用の延期を申し入れたようである。
米国産業界の意向を受けた米国政府のいわば強硬手段とも言えるアクションであるが、興味深いのは実施の延期を求めているのであって、内容の修正を認めているわけではないことである。
これは環境を重視するバイデン政権の立場を反映しているのかもしれない。
この米国の対応は日本としても重要な参考になるところである。
EU側の反応が注目される。
第四に、今回のケースのレッスンとしては、世界の環境保全という誰もが否定し得ない目的のためにどのような政策・規制手段が取られるべきか、日本の官民とEUの官民でより早期に緊密な対話がなされるべきということであろう。
EUはブリュッセル効果と言われるように、環境規制等の面で世界に先駆けて新しいルールを導入し、それが世界に広まることが多い。
筆者としては、日本とEUは基本的な価値観を共有している基盤の上で、EUは理念に基づく新しいルールを提唱するのに長けており、他方日本は具体的実践行動のための細部を究めることに長けており、互いに相互補完的であって、両者の力を合わせることで、世界をリードできると考えている。そしてそのためには、政策決定プロセスの早期段階からの緊密な対話が有効であり、不可欠である。
つまり、日本としてはEUのブリュッセル効果と言われる影響力を前提にEUの意思決定プロセスの早期から十分関与して、共通の問題意識に基づくルールが世界の誰をも納得させ、かつルール遵守のための実効的対応手法が準備されるように仕向けていかねばならない。
このような日本とEUのルール/規制の共創は、社会課題をビジネスとする世界的な流れの中で日本の産業界を競争上優位に置くことにもつながるであろう。
今回のウェビナーが、世界環境面での重要なルールの設定・運用に関する有効な対話の機会になったものと期待する。このような対話は、日EUグリーンアライアンスとしての重要なファンクションであると言える。
(注)文中の発言内容は筆者の理解に基づくものである。