日銀ETFに巨額埋蔵金。政策活用の海外事例と工夫

吉田 亮平
コンサルティングフェロー

1. 日銀ETFに巨額の含み益。ただし、活用には工夫が必要

日銀の金融政策正常化が意識されている。2%物価目標実現が視野に入る中、市場ではマイナス金利解除などの観測が高まっており、量的緩和策の一環として日銀が買い入れたETF(上場投資信託)の取り扱いにも注目が集まっている。これまで日銀は約37兆円のETFを買い入れており、時価は2024年1月末時点で約67兆円と推計され、含み益は約30兆円と巨額だ(図表1)。確かに、日銀の利益は国民の財産として国庫納付されるので、政策利用可能な埋蔵金ともいえる(日銀法53条「剰余金の処分」準備金などを除き国庫に納付される)。しかし、この含み益には「絵に描いた餅」という性質もある。日銀のETFの時価67兆円は、東証プライムの時価総額904兆円(2024年1月末時点)の約7%にのぼる。ETFを売却して利益を実現させるなら、巨額の売り注文が市場価格を崩しかねない。実際、過去に日銀が買い入れた銀行等保有株2.4兆円の売却は10年もの長期にわたって実施されており、売却時には同様の工夫は必須だろう。事実上、政策活用までには相当の時間が必要となる。そこで、本稿ではETF自体をうまく政策活用する工夫と事例を示したい。

図表1:日銀ETFの含み益30兆円は巨額。実現益は政府納付され政策財源になり得る
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図表1:日銀ETFの含み益30兆円は巨額。実現益は政府納付され政策財源になり得る

2. 1998年に香港政府が株式を買い入れた事例。含み益を財源に香港国民が受け入れた

この節では海外事例を紹介したい。アジア通貨危機の際、香港政府は投機筋の仕掛けに対し、香港株式を買い入れることで対抗した(図表2、赤吹き出し)。買入額は香港株の時価総額の約6%と、現在日銀がETFで保有する約7%に近く、この出口戦略の経験は参考になろう。香港の出口戦略では、ETFを組成して国民に割引価格で販売した(図表2、緑吹き出し)。そして、長期保有ボーナスとして買り入れから1年後と2年後に合計+12%分のETFが追加で割り当てられる仕組みが採用された。こうした仕組みは売却時期を分散させ、市場売却による株価への影響を小さくすることが1つの狙いだったと思う。実際、市場売却の発表・売り出し開始、実際の受け渡し、2回の長期保有ボーナスの付与の局面(図表2の緑丸印)をみると、香港ハンセン指数の大幅下落は観察されなかった。

以上、香港の事例では、買入時と長期保有のインセンティブを付与して国民に株式を移転した。市場売却による株価下落を引き起こすことなく、含み益を原資とすることで行政による異例の大量株式保有をスムーズに解消した事例といえる。こうした工夫は日本の出口でも参考になるものだと思う。

図表2:海外事例。香港政府の株式買い入れとその出口戦略
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図表2:海外事例。香港政府の株式買い入れとその出口戦略

3. 日銀ETFを実質的に簿価で買い入れ、国民に販売する

この節では前節でみた香港の事例を参考に、日銀が保有するETF自体を政策に活用する案を示す。2022年11月に政府は「資産所得倍増プラン」を発表した。投資経験者の倍増を目指し、少額投資非課税制度(以下、NISA)の口座数を5年で3,400万口座に倍増する目標を掲げた。新NISAは2024年1月に始まったばかりで進捗を見守る必要はあるものの、目標達成に向けてさらなる促進策を打ち出してもおかしくない。その一案として、日銀のETFを国民のNISA口座に割引販売する大胆な出口案を提言したい(図表3)。この提言で用いている数字については大胆な仮定を置いていることに留意されたい。

図表3:日銀からETFを実質的に簿価で買入れ、国民にNISAで割引販売する案
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図表3:日銀からETFを実質的に簿価で買入れ、国民にNISAで割引販売する案

まず、①について。日銀の保有するETFを時価で新たに設立する政府組織が買い入れる。ここでは日銀ETF管理事業団とした(以下、管理事業団)。ETFの売買代金は時価とするが、巨額の大口取引であるため、10%割引の水準とした。実際、市場で一度に売却すればさらに下回ることになるため、一定の割引をするものだ(時価67兆円×0.9(割引率10%)≒売買額60兆円)。

次に、②について。日銀は実現益を総合課税される等で控除後の約18兆円を国庫納付する。これは税引き前の実現益23兆円(売買額60兆円-買入額37兆円≒23兆円)から21%を控除した金額だ。この控除は実質税率と積立金を考慮している。日銀の過去3年分の決算での実質税率は平均16%で、剰余金の5%は法定準備金として積み立てるからだ。結果、日銀によるETF売却の実現益から政府への納付金は約18兆円(実現利益23兆円×0.79(控除率21%))となる。政府はこの金額を管理事業団に割り当てる。

そして、③について。国民に対して割引価格でETFを売り出す。ここでは仮に5%の割引価格とした。この割引の財源は、ETFの売却益とETFの分配金が原資となる。仮に株価が横ばい推移すれば約3兆円(ETF時価67兆円×5%≒3兆円)の割引となる。大胆に仮定すると、目標である3,400万人が新NISAのつみたて上限である年間120万円ずつ積み立て投資すると、合計で年間40兆円の買い付けとなる。時価67兆円のETFが売り切れるまでに2年もかからない(67兆円×0.95÷40兆円/年≒1年8カ月)。少し保守的な仮定で、NISA口座開設済みの1,700万人が旧NISAの上限だった年間40万円ずつ積み立てる場合、売り切れるまで10年だ。いずれにせよ、政策目標である「投資経験」が期待される。

最後に、④について。国民が長期保有するインセンティブとして、購入後に一定の期間が経過した際に長期保有インセンティブを組み込んでいる。国民に還元する際、ETFを市場で追加買い入れし、一定割合をNISA口座で長期保有する国民に付与する案だ。こうした形をとると、市場に対するETF取引は売却ではなく買い入れ要因となる。ここでは+10%のインセンティブ付与と仮定した。香港の事例のように2段階に分けて実施することもできよう。

結果、日銀の保有していたETFの実現益(約18兆円)と割引買入額(約7兆円)などを財源に、割引販売(時価67兆円×5%≒約3兆円)とETF追加配分+10%(時価67兆円×10%≒約7兆円)を行う案を示した。株価次第であるが、最終的な残りの金額は政府が別の政策に活用もできる。「資産所得倍増プラン」で重視した投資経験者の増加を達成しつつ、実質的に政策利用できなかったETFの含み益を利用する案を示した。

なお、このスキームは柔軟に変更し得る。ここでは日銀からETFを実質的に簿価で買い入れる案を示した。これは日銀サイドでETFの出口戦略の議論は時期尚早としながらも、売却するなら時価との話が出ていることを踏まえたものだ。この節の冒頭で触れた通り、この提言で用いている数字については大胆な仮定を置いていることに留意されたい。

本提言は日銀ETFと含み益の埋蔵金を政策活用することが趣旨で、その具体的な方法についてはさまざまな工夫ができることを付け加えたい。実際、文末の参考文献『日本の家計の資産形成―私的年金の役割と税制のあり方』では日銀ETFを簿価で売却し、原則60歳まで解約できないiDeCoの仕組みを活用する案も示している。日銀ETFの出口議論の土台として活用されたい。

参考文献

2024年2月7日掲載