日銀ETF購入限界論の誤解。JPX400でガバナンス懸念がガバナンス強化へ

吉田 亮平
コンサルティングフェロー

経済協力開発機構(OECD)が4月15日に公表した「対日経済審査報告書」では、消費税率を最大26%まで引き上げる必要があるとの提言が話題となった。同報告書では日本の主要政策に対する洞察を行っており、金融政策もその1つだ。懸念事項として日銀のETF購入政策をあげており、具体的には流動性懸念やガバナンス懸念などを日本の文献を引用する形で指摘している。

このコラムでは、主に流動性懸念について点検し、誤解があることを示す。信託銀行持分の性質に対する誤解が要因となっている。そして、日銀による過去2回の購入配分変更が功を奏しており、ETF購入政策が長期持続可能となっていることを示す。最後に、今後JPX400の購入比率を上げればガバナンス懸念の解消にも繋がる可能性を示す。

1. ETF購入限界論の誤解

日銀は年間6兆円規模のETF購入政策を行っており、2018年度の買入れ実績は5.65兆円だった。2018年度末時点で日銀が保有するETFの時価総額は推計で28.4兆円と推定される。日銀の黒田総裁は2019年3月の記者会見で現在の緩和政策を「粘り強く続けていくことが最も適切」だとコメントしている。しかし、市場の一部では、日銀の金融緩和政策の持続可能性を疑問視する限界説がある。その根拠として、流動性懸念があげられる。

流動性懸念とは、日銀がETFを購入し続けることで株式市場に流通する浮動株が減少し、株価の価格形成メカニズムを歪めるというものだ。特に懸念されているのはファーストリテイリング株だ。同社株は値嵩株であるため、ダウ式修正平均株価指数である日経平均に占める構成比率が高くなりやすい。加えて、創業家などの大株主持分が多く、もともと浮動株が少ない。

2019年3月末時点で日銀保有ETFに含まれる同社株のストックは18.4%と推計できる。そして、現行ルールに沿って年間6兆円のETFを購入するフローには、同社株の1.3%が含まれると推計できる。東京証券取引所が算出する浮動株比率の20%を基準にすると、(20―18.4)÷1.3で、1年3か月程度で枯渇すると計算される。これを根拠に2020年にもこれ以上ETFを購入できなくなると説明するのがETF購入限界論だ。ただし、この計算では同社の10位までの大株主持分に加え、日銀がETFを通じて買った分も浮動株ではないと扱っている。この計算による限界論は、さまざまなメディアなどでも取り上げられているが、筆者は誤解だと考える。

誤解のもとは、信託銀行の保有分の取り扱いだ。東京証券取引所の「浮動株比率の算定方法」をみると、「1-固定株比率」の値を算出し、5%刻みで切り上げることで浮動株比率を計算する。固定株比率は、有価証券報告書の上位10位までの大株主と自社株、役員保有株が含まれる。注目点は上位10名の大株主であっても、「東証が浮動株とみなすことが適当であると判断した場合はこの限りでない」という点だ。信託銀行は浮動株とみなす可能性があると明記されている。そこで、論点となるのは20%という浮動株比率の算出時に、信託銀行保有分が控除されているのかどうか、という点だ。

同社の有価証券報告書を基に上位10位までの大株主には信託銀行が3行含まれており、直近の有価証券報告書の保有比率は32.0%だ(図表1)。信託銀行持分を含めて、浮動株比率を計算したところ、過去から直近20%まで整合的な結果となった(図表2)。つまり、浮動株比率の算出には、信託銀行保有分が控除されていないということが示された。

(図表1)固定株比率は増加しており、主因は信託銀行保有分
(図表1)固定株比率は増加しており、主因は信託銀行保有分
(図表2)信託銀行分を含めたままで、東証のルールで計算すると公表している浮動株比率と一致
(図表2)信託銀行分を含めたままで、東証のルールで計算すると公表している浮動株比率と一致

なお、日銀ETFによる保有分が、固定株である信託銀行保有分に含まれるとすると、さまざまな状況と整合的だ。例えば、ETFの仕組みから信託銀行が保有者登録されている可能性が高いし、実際に有価証券報告書の固定株比率では、信託銀行保有分が年々増加していることが確認できる(図表1)。また、日銀が購入対象とするETFは、さまざまな主体が購入できるが、同じ2019年3月末時点でみると市場全体のETFに含まれるファーストリテイリング株は24.0%となる。浮動株比率の20%を超過してしまうことになり、矛盾している。もし流動性がなくなっているなら、売買高が著しく低迷するはずだが、そうした状況は観察できない。

2. ETF購入政策の長期持続性

また、仮に信託銀行名義の保有分がETF以外だとすると、その分は流動化される可能性が高い。もし需給が逼迫してマーケットが歪むなら、株価はファンダメンタルズとかい離して上昇し、通常のアクティブ運用投資家なら売却で利益を獲得すると想定される。そこで、創業家保有分などを固定株として仮定し、上場ETFによる保有分を上乗せする新たな推計をすると、現行の買入れ方式のままでも2038年まで継続可能との推計結果を得られる。

加えて、日銀がETFの買い入れ比率を2度変更したことは効果的だと思う。日銀が購入する主なETFは、日経平均型・TOPIX型・JPX400型の3指数に連動するETFだ。従来は大半をETFの時価総額に連動して購入していたが、TOPIX型ETFの固定購入額を段階的に増やしてきた(図表3)。結果、時価連動部分も含めたTOPIX型のETF比率は約4割から約8割へと倍増し、日経平均型は約5割から約1割へ大きく減った。

この比率変更は、前述のファーストリテイリング株式の流動性懸念を解消するのに的確な一手だったといえる。同社株が日経平均に占める構成ウェイトは高く、他の2つの指数と比べると突出している(図表4)。この構成ウェイトの意味を2019年3月末時点の数字で示す。仮に日経平均型ETFを6兆円購入すると、ファーストリテイリング株は9.0%の5400億円含まれる(6兆円×9.0%=5400億円)。同じ金額のファーストリテイリング株を含むTOPIX型のETFは、180兆円だ(5400億円÷0.3%=180兆円)。TOPIX型の買い入れ比率を増やし、日経平均型の買い入れ比率を減らしたことは、今後のETF購入フローに含まれる同社株を抑える効果が大きい。

さらに、TOPIX型は浮動株比率を踏まえて構成割合を計算するので、もし浮動株比率が0%に近づけば、保有する必要がなくなる仕組みだ。TOPIX型を増やせば、実質的に個別株による流動性の限界はなくなることになる。

(図表3)日銀は配分額を工夫してきた。時価総額比例を減らし、TOPIX型の比率を増やした
(図表3)日銀は配分額を工夫してきた。時価総額比例を減らし、TOPIX型の比率を増やした
(図表4)日経平均型に占めるファーストリテイリング社の構成ウェイトは突出して高い
(図表4)日経平均型に占めるファーストリテイリング社の構成ウェイトは突出して高い

3. JPX400型を増やせば、ガバナンス懸念も解消へ

前述したOECD報告書では、ガバナンス懸念を「株式会社が新たな事業戦略や高配当の提案ではなく、単に主要指数に組み込まれていることで評価されることとなるため、日本銀行の買入れ政策は市場の規律を損ないつつある」と記載している。

たしかにTOPIXは東証一部に上場する全銘柄を対象にした株価指数であり、日銀が購入したETFについては現時点で出口(売却)の検討はされていないため、残高が増えることになる。実際の売却を行わない点は問題かもしれない。

そこで、JPX400型の購入比率を増やすことを提言したい。JPX400は、「資本の効率的活用や投資者を意識した経営観点など、グローバルな投資基準に求められる諸要件を満たした、“投資者にとって投資魅力の高い会社”で構成される新しい株価指数を創生します」と説明される。実際のJPX400の銘柄選定手順では、まず債務超過でないことなどの適格基準と市場流動性によるスクリーニングを行う。そして、ROEなどの定量スコアリングと、独立社外取締役の選任状況などの定性評価を行い、構成銘柄を決定している。これは「単に主要指数に組み込まれていることで評価されること」ではないだろう。JPX400の配分比率を増やせば、現行のガバナンス懸念をガバナンス強化に転換できる可能性がある。

また、JPX400は2014年から日銀が購入する株式指数に採用されている。設備・人材投資ETFとして年間3000億円を購入しており、対象は主にJPX400型だ(図表3・緑部分)。これを拡大するのは、違和感がない。

4. おわりに~新たなスキームを検討する時期

2019年10月には消費増税が予定されている。前回の消費増税は2014年4月に行われ、2014年10月には追加緩和を実施した。消費増税に対しては軽減税率の導入や実質的な還元セール解禁など、さまざまな対策が予定されている。しかし、日銀の立場で考えると、万が一消費増税が景気に悪影響を及ぼした場合に備えて、次の一手を準備している可能性が高いと筆者は考える。直近ETFの購入比率が変更されたのは2018年7月だった。「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」として、政策金利のフォワードガイダンス導入とあわせて、ETFの買い入れ額を変更した。

本コラムで指摘した通り、現行制度のままでも流動性懸念は誤解で需給は逼迫していないので、ETF購入政策の調整は急がない状況だが、緩和スキーム変更時に購入比率の変更を行う可能性がある。ガバナンス懸念に対応した調整として、JPX400の購入額拡大の可能性を示し、それがガバナンス強化に資することを指摘した。金融政策の今後の動向に注目したい。

参考文献

2019年4月23日掲載