エネルギートランジションの加速で「ジャパンパッシング」を避けよ

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー

8月30日、US-Japan Councilの主催するウェビナー「US- Japan Climate Partnership: Increasing the Availability of Affordable Clean Energy」が開催された。

講演者は、スザンヌ・バサラ US-Japan Council会長兼CEO、アーロン・P・フォースバーグ 在日米国大使館公使、小林出資源エネルギー庁国際資源エネルギー戦略統括調整官、佐藤有希子アマゾンウェブサービスジャパン事業開発統括本部長。

さらに、パネルディスカッションに、内堀雅雄福島県知事(ビデオ参加)、スコット・ソー(Scott Seu)ハワイ電力産業CEO、松尾雄介日本気候リーダーズパートナーシップ(JCLP)事務局長が参加し、亀田綾子シェルエナジージャパン ジェネラルマネージャーのモデレーターにより議論が行われた。

筆者はUS-Japan Councilのシニアアドバイザーとして本ウェビナーの企画をサポートした。

パネルディスカッションでの議論を中心に印象に残ったポイントを以下にご紹介したい。

ハワイでの再生可能エネルギー導入努力の経験

第一に、ハワイ電力のSeu氏から、ハワイでの再生可能エネルギー導入努力の経験が語られた。ハワイ州では、全米で初めて2045年再生可能エネルギー100%目標が州法で定められているが、2021年現在でハワイにおける電力の38%が再生可能エネルギー(ソーラー、風力、地熱等)と、目標に向かうペースとしてon trackであるとの説明があった。特にルーフトップ・ソーラーの導入量が多いのが特徴的である。

ハワイにおける再生可能エネルギー導入に寄与している興味深い規制として、Performance-based Regulation(PBR)についての言及があった。

これは、再生可能エネルギー目標、電力利用者の負担軽減、ハワイ電力という企業の利益確保という3つの目標を同時に達成するための規制手法である。ハワイ電力としては顧客がソーラー自家発電をしても収入が安定するメカニズムで過剰投資を抑制でき、再生可能エネルギー導入が計画より早期に目標を達成すればボーナスが支払われるという。 このような規制を策定するプロセスで、規制者(Public Utility Commission)、電力会社、電力利用者が協働して議論を進めることで、社会全体のマクロの目標と各プレーヤーのミクロの目標を同時達成しようとしている。

このようなインセンティブ型の手法は、欧米では広まっており、日本も最近市場設計の議論の中で意識しているようであるが、ハワイ州の事例も、電力会社に再生可能エネルギー導入のインセンティブを与えるために、参考になるのではないかと思われる。

需要家主導で進み始めた日本の脱炭素路線

第二に、JCLPの松尾氏から、IEAの分析を基に日本の洋上風力の技術的ポテンシャルは日本全体の電力需要の9倍あること、環境省の分析を基に再生可能エネルギーの経済的ポテンシャルは現在の電力需要の2倍あることが紹介され、再生可能エネルギーの導入拡大によりエネルギー自給率を向上して国内経済を活性化する必要性が強調された。また、日本では以前、需要家は安価な再生可能エネルギーの不足を嘆き、電力会社は再生可能エネルギーを供給したくても客がいないと嘆き、政府は需要側からも供給側からも声を聞かないという、三すくみの状態であったが、最近はJCLPの政策提言活動等の効果もあり、マーケットシグナルによりマーケットダイナミズムが働き始めたとの認識が示された。さらに松尾氏からは、率直に、政策立案プロセスで既存エネルギー供給関係者の関与が強いと既存制度維持志向になりやすく、再エネ需要家が声を上げるべきという政策ガバナンス視点の重要性が強調された。

確かに、2020年10月の菅総理(当時)の2050年カーボン・ニュートラル宣言以来、エネルギー需要業界からの脱炭素エネルギーを望む声が強くなり、それに呼応するように、エネルギー供給関連産業は一斉にせきを切ったように脱炭素投資に向かい、政府の政策立案もこの需要主導のモメンタムを取り入れる傾向が強まっている。大いにこの傾向に沿って、政策も実ビジネスも需要家視点から脱炭素目標に向けてギアを上げるべきと思う。

福島での先端的なエネルギートランジションの取り組み

第三に、内堀福島県知事から、福島という特徴ある地域での脱炭素に向けた取り組みが熱心に語られた。2040年県内エネルギー需要全体に対する100%再生可能エネルギー供給目標(現在43%)、再エネ導入促進のための県内共用送電線(80km)整備(これにより太陽光発電11業者、風力発電9事業者の接続が可能となった)、水素社会目標(水素活用としてトヨタとの提携による燃料電池トラックの導入等、経産省との提携による水素供給イノベーション拠点FH2R整備)等、日本のエネルギートランジションの先端を行くような事例が紹介された。中でも、再エネ導入のボトルネックである送電線接続問題の解決にために、再エネ開発事業者を中心に政府補助も導入して共用送電線を整備するという手法は、FIT制度の下での再エネ事業者の利益を前提に可能になったものとは言え、官民共同での送電線整備の事例として他の地域にも十分参考となるであろう。

福島県は不幸にして2011年の大震災・津波による原子力発電事故に見舞われたが、その経験をバネにして、脱炭素に向けた日本のエネルギートランジションの将来を示そうとの姿勢を鮮明にしており、国もさまざまな形でこれを強力に支援している。これは中央政府・地方政府の連携のあるべき姿を示しているように思われる。

日米クリーンエネルギー協力の重要性

第四に、冒頭および締めくくりにフォースバーグ公使、小林統括調整官から、軌を一にして日米クリーンエネルギー協力の重要性が強調された。フォースバーグ氏の講演で印象的であったのは、最近の岸田総理の原子力再稼働の姿勢やSMR等の新型炉開発重視の姿勢を高く評価すること、インドネシアやメコン地域の事例を挙げてインド太平洋地域での日米クリーンエネルギー協力の重要性を強調したこと、「グローバルサブナショナルゼロカーボン促進イニシアティブ」という日米地方レベルでの脱炭素取り組みの連携を第三国にも広げようと強調したことである。いずれも現在の米国の特徴的な姿勢を物語っている。すなわち、米国が強みを持つ原子力特に新型炉開発への期待は強い。また、地政学的にFree and Open Indo-Pacificを目指す(元々日本の提案であるが)中で、脱炭素・エネルギートランジションの取り組みが重要な要素であると認識している。そして、脱炭素・エネルギートランジションの取り組みは中央政府の政策のみでは不十分であり(限界があり?)、地方レベルでの取り組みの重要性を強調している。小林統括調整官も、日本での取り組みとして岸田総理主導でのGX(Green Transformation)実行会議での議論も紹介しつつ、以上の米国の方向性と同様の内容に触れていた。2022年5月の日米首脳会談合意に見られるように、この分野での日米協力の方向性はしっかりと確立している。日米両政府、民間関係者の努力により今後の実行ぶりを世界に示していくことが期待される。

日本の成長には安価で安定したクリーンエネルギーの供給が不可欠

以上のように、今回のウェビナーでは、政府関係者、地方政府、企業、電力会社、有識者等による、脱炭素・エネルギートランジションに向けた包括的な日米協力をカバーするような建設的な議論があった。中でも個人的に心に残ったのは、バサラ氏から、有識者ヒアリングの結果として紹介された日本全体に対する警鐘である。即ち、日本で成長のために必要な投資を実現するためには、日本企業であれ外資企業であれ、製造業であれサービス分野であれ、大多数の企業は脱炭素にコミットしているので、安価で安定したクリーンエネルギーの供給確保が不可欠の条件であり、それができなければ日本に投資しないという「ジャパンパッシング」の状況に陥るリスクがあるとの警鐘である。日本はこうした友人の声に耳を傾けて、エネルギートランジションを大胆に加速する必要があろう。

2022年9月9日掲載

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