最新経済学的な企業経営

菅家 勝
コンサルティングフェロー

現在の日本経済・産業・企業はグリーン、デジタルおよびレジリエンス等の課題を抱え、経済産業省も課題解決への支援を行い、またその支援政策を強化しつつあるころである。一方で、必ずしも全ての企業がこの3つの課題解決を図ることができる基盤としての経営力・収益性・成長性を保持しているわけではない。この観点からも企業の経営力・収益性・成長性の強化を支援することが引き続き重要である。目標とすべき経営力・収益性・成長性のある企業はどのような特徴を持つ企業であろうか。最新の経済学・経営学の示唆する回答、ある意味では経営支援政策の政策目標となるものは次の通りである。

経営力・収益性・成長性のある企業とは

経営力・収益性・成長性のある企業(良い企業)は、資金環境が良い時に資本性資金を調達し研究開発に向けることができる企業である。Alkhataybeh (2021) は、テルアビブ証券取引所上場企業を分析し、資本調達と研究開発の間に正の関係があることを示した。株式発行額が標準偏差1上昇すると研究開発費は175.6%増加する一方で、債券発行は研究開発費にほとんど影響を与えない。資金調達環境が悪い時、こうした企業は正味流動資産を増やし、研究開発レベルを維持するため研究開発費に回す。正味流動資産標準偏差1上昇は研究開発費70.3%増加をもたらす。

良い企業は、研究開発と広告に努力する。Jindal (2020) は広告と研究開発の価値について米国の企業破綻時における再生率で証明している。破綻企業に同債務の35%〜38%以上を供給する販売商社がある場合、当該破綻企業の過去の広告及び研究開発の累積は破綻時再生率を高める効果がある。これは当該商社が取引先維持の判断を広告および研究開発の効果で検証するからである。つまり、価値のある企業とは広告や研究開発において無形資産を積み上げている企業であろう。

また、マーケティング投資と研究開発投資を円滑に増加させる。Vadakkepatt et al. (2022) は米フォーチュン500企業を分析し、マーケティング投資と研究開発投資の両方が売上高の上位維持に直接かつプラスの効果をもたらすことを示し、5年間双方への投資を平均売上高1%ずつ伸ばす企業は同上位維持の蓋然性を50%高めるとしている。

良い企業は研究者の専門性深化と研究グループ組換えをバランスよく実施している。Amit and Will (2022) はバイオ産業の分析で、企業内研究者の専門性の深化は研究開発効率を向上する一方、イノベーション全体には否定的影響を与えると分析している。研究グループの組み換えは逆に研究開発への刺激として有効であるが研究開発効率性を落とす。このため、専門性深化と研究グループ組換えを当面の研究開発目標に向けてバランスよく調整することが必要である。

さらに良い企業は研究者の顧客訪問、顧客ニーズの直接把握、全研究者での活発な議論・知識共有を実施する。Appleyard et al. (2020) は独シーメンス社の研究開発改革について報告している。研究者が顧客訪問により顧客環境の下でのニーズを特定しこれらを全て議論・共有し創造活動へつなげる、デザイン指向研究開発の導入が有効である。

そして技術分野や地理的な近接性がある異分野パートナーと共同で研究開発を行う。Runge et al. (2022) は米国製薬会社の共同研究開発について分析し、当該共同研究主体間で技術分野や地理的な近接性がある場合に研究開発成果は正の相関を示し、製品市場の重複がある場合には負の相関を示すとした。

オープンイノベーション、研究開発協力を推進するのも良い企業の条件となる。Guo et al. (2021) は米国の製薬業界を分析し、R&Dアライアンスの重要性に言及している。同アライアンス数を10増やすとNME(new molecular entities新規化合物。ここでは革新的イノベーションを表す指標)承認取得確率が1.9%増加し、企業のNMEが約0.16追加される。

持続可能性への消費者の関心の高まりに直面する際、良い企業は部品供給者に対する対応に向けた補助ではなく、部品価格の高額化で部品供給者の対応を促す。中国のサプライチェーンを分析したYoon et al. (2022)は、消費者の高い関心がサプライチェーンメンバーの協力関係を促すため高額化が生じるとしている。

Reimers and Waldfogel (2021) は、ネット上のサイトで好評価を得ることは消費者余剰を増加させるとしている。また、Sandvik et al. (2020)は、社内の同僚同志が知識を共有していくことは生産性向上につながるとしている。

Edoardo et al. (2020) は欧州の事業所を分析し、委員会/アドホックグループミーティング、ソーシャルメディア、提案スキーム等による従業員の直接的意見表明メカニズムが企業のイノベーションの可能性に貢献できることを示した。従業員個人を対象とした成功報酬は、従業員の被外部統制感情を高め、知識や情報の共有を阻害し、組織の革新に貢献する機会を減らすリスクがある。一方、組織・グループ実績に着目した成功報酬制度はこのリスクを中和し、プラス方向に転換する効果があるとしている。

Gallino and Rooderkerk (2020) はB2Cタイプの企業の新製品開発過程を分析し、情報の取り扱いについて、①組織全体で共有し情報を隔離しないこと、②有効な洞察を抽出するための高度な分析の必要性を強調している。

Fisher et al. (2021) は小売チェーンの店舗人員配置の変更を支援し、168店舗6か月で収益4.5%増、年間利益約740万ドル増を得た。その際、店舗収益に比し人員を厚く配置することで成果を得た店舗は、①潜在需要が多く想定される店舗、②近隣に競合店がある店舗、③経験豊富な店長のいる店舗、であった。戦略的な人員配置が必要である。

情報経営関係では前掲のGallino and Rooderkerk (2020)が、①オンライン調査ソフト(Qualtrics等)とクラウドソーシングプラットフォーム(Amazon MTurk等)の組合せ(エールフランス-KLM、ハイネケン、ハインツ、イケア及びボーダフォン等)、②オンライン・イノベーショントーナメントを通じたアイデアのクラウドソーシング(LEGO及びIntelligentX Brewing Co)、③小売業者やプラットフォーム所有データの提供(Coolblue、Amazon及びAlibaba)、④リアルな新商品投入前の商品仮想投入による消費情報取得(Unilever及びAlibaba)、⑤サプライチェーン全体を俯瞰した研究開発(Picnic及びZara)、⑥オンライン販売チャネルを想定した商品開発(Procter & Gamble)を紹介している。

最後に

このような経営力・収益性・成長性を保持する企業が多々現れるようこれまでも中小企業政策や産業技術政策等により企業経営の支援を行ってきたところである。支援政策はビジョンと支援措置の組み合わせであることから、最新の経済学・経営学の示すこうした成果を明確にビジョンとして位置づけ支援を充実させていくことが望まれる。

参考文献
  • Alkhataybeh Ahmad (2021) “Working capital and R&D smoothing: evidence from the Tel Aviv stock exchange” Journal of Applied Economics. Dec 2021, Vol. 24 Issue 1, p91-102
  • Jindal Niket (2020) “The Impact of Advertising and R&D on Bankruptcy Survival: A Double-Edged Sword” Journal of Marketing. Sep2020, Vol. 84 Issue 5, p22-40.
  • Vadakkepatt Gautham, Shankar Venkatesh, Varadarajan Rajan (2021) “Should firms invest more in marketing or R&D to maintain sales leadership? An empirical analysis of sales leader firms” Journal of the Academy of Marketing Science. Nov2021, Vol. 49 Issue 6, p1088-1108
  • Jain Amit, Mitchell Will (2022) “Specialization as a double‐edged sword: The relationship of scientist specialization with R&D productivity and impact following collaborator change” Strategic Management Journal May2022, Vol. 43 Issue 5, p986-1024
  • Appleyard Melissa, Enders Albrecht, Velazquez Herb (2020) “Regaining R&D Leadership: The Role of Design Thinking and Creative Forbearance” California Management Review. Feb2020, Vol. 62 Issue 2, p12-29
  • Runge Steffen, Schwens Christian, Schulz Matthias (2022) “The invention performance implications of coopetition: How technological, geographical, and product market overlaps shape learning and competitive tension in R&D alliances” Strategic Management Journal. Feb2022, Vol. 43 Issue 2, p266-294
  • Guo Di, Huang Haizhou, Jiang Kun, Xu Chenggang (2021) “Disruptive innovation and R&D ownership structures” Public Choice. Apr2021, Vol. 187 Issue 1/2, p143-163
  • Yoon Jiho, Song Ju Myung, Choi Ji‐Hung, Talluri Srinivas (2022) “Joint Sustainability Development in a Supply Chain.” Decision Sciences. Apr2022, Vol. 53 Issue 2, p239-259.
  • Imke Reimers and Joel Waldfogel (2021) “Digitization and Pre-Purchase Information: The Causal and Welfare Impacts of Reviews and Crowd Ratings” American Economic Review 2021, 111(6)
  • Sandvik Jason, Saouma Richard, Seegert Nathan, Stanton Christophe (2020) “Workplace Knowledge Flows.” Quarterly Journal of Economics. Aug2020, Vol. 135 Issue 3
  • Della Torre Edoardo, Salimi Meysam, Giangreco Antonio “Crowding‐out or crowding‐in? Direct voice, performance‐related pay, and organizational innovation in European firms.” Human Resource Management. Mar2020, Vol. 59 Issue 2,
  • Gallino Santiago, Rooderkerk Robert (2020) “New Product Development in an Omnichannel World.” California Management Review. Nov2020, Vol. 63 Issue 1
  • Fisher Marshall, Gallino Santiago, Netessine Serguei (2021) “Setting Retail Staffing Levels: A Methodology Validated with Implementation.” Manufacturing & Service Operations Management. Nov/Dec2021, Vol. 23 Issue 6

2022年8月25日掲載

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