カーボンニュートラルに向けた日本とEUの協力について
-RIETI・日欧産業協力センター共催ウェビナーに参加して-

田辺 靖雄
コンサルティングフェロー/一般財団法人 日欧産業協力センター 専務理事

6月24日に、RIETIと日欧産業協力センターの共催によるウェビナー「カーボンニュートラルに向けて: 日・EU産業界・制度の挑戦」が開かれた。これは2団体による初の共催イベントであり、日EU共通のゴールであるカーボンニュートラルに向けた課題について活発な議論がなされた。プログラムについては以下サイトを参照されたい。
https://www.eu-japan.eu/ja/events/kabonniyutorarunixiang-kete-ri-euchan-ye-jie-zhi-du-notiao-zhan

日本語版動画
https://www.eu-japan.eu/videos/Policy-Seminars/RIETI_EUJC+Joint+Webinar_20210624_Japanese.mp4

本稿ではそこでの議論のハイライトを紹介し筆者の所感について述べたい。

第1セッションでは、産業界の挑戦として、水素セクターとバッテリーセクターに関して日本・EUの専門家のプレゼンがあり、議論が行われた。水素分野では、EU側のエアリキード・グループのエルウィン・ペンフォルニス氏から、水素市場は2035年までに現在の3倍の60億ユーロ超になるとの強気の見通しの下に、全世界で産業分野と運輸分野での電解(電気分解による水素の製造)やサプライチェーンの整備に取り組むとしつつ、大量生産によるコスト削減、大規模Power to Gasプロジェクト、CCS(二酸化炭素回収・貯留)の特にS(貯留)部分の規制問題、運輸・産業分野での需要の振興などの「市場の失敗」分野に日本とEUは対処すべきと主張があった。日本側の旭化成の植竹伸子氏からは、同社の電解技術、FH2Rプロジェクト(福島水素エネルギー研究フィールド:福島県浪江町での太陽光発電による10MWの世界最大電解ユニットの実証)、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)特に回収炭素の再利用に関する取り組みの紹介があり、質問に答えて、日EUとも需要の振興に力を入れてほしいとの要望が表明された。

またバッテリー分野では、欧州バッテリーアライアンス(EBA)の運営者であるInnoEnergyのディエゴ・パヴィア氏は、欧州全体のバッテリー産業育成を目指すEBAは、これまで22カ国で70のサプライチェーン(原材料、バッテリー製造、リサイクル等)プロジェクトを実現し、2500億ユーロ経済と300〜400万人雇用創出に成功した、2020年12月のEUバッテリー規制によりバッテリー・サプライチェーンのトレーサビリティ、サステナビリティ、サーキュラリティ等のレファレンスを確立する等と胸を張りつつ、今後は労働者の確保と原材料の確保が大きな課題だとした。また、日本も日本版EBAを創るべきだと提案した。日本のエンビジョンのAESC松本昌一社長は、2030年までの世界の車載用バッテリー需要が現状の10倍以上(!)の2500GWhになると見込まれる中で、生産能力の拡大、全固体電池等の技術開発、サステナブルなライフサイクルのサプライチェーン(含むリサイクル)、バッテリー生産の脱炭素が課題だとし、これら課題の対応のために技術、サプライチェーン、規制面等での国際協力への期待を表明した。

第2セッションでは、制度論・政策論として、主にカーボン・プライシング、炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechani)に関して日本・EUの専門家からプレゼンがあった(注1)。EU側の気候変動・持続可能移行欧州ラウンドテーブル(ERCST)のアンドレイ・マルク事務局長から、EUで検討中で7月公表と言われるCBAMに関して、カーボン・リーケージを回避し世界市場でlevel playing fieldを確保するものであり、WTO整合性を確保するものとして正当化し、取り沙汰されているセクター(セメント、鉄鋼、電力、アルミ、肥料?)、排出範囲(スコープ1+2?)、(現在55€/tの)ETS排出枠無償割当(暫定維持?)等の重要論点を紹介した。ビジネス・ヨーロッパのアレクサンドレ・アフレ事務局次長からは、産業界の立場としてカーボンリーケージ対策は必要だとし、最少コストでの排出削減を実現する炭素価格は重要とし、CBAMについては賛成・反対の特定の立場を取らないが、導入のための条件としてWTO整合性、第三国との対話、排出権無償割当との暫定的な併存が必要との欧州産業界の立場を指摘した。日本側は、有村俊秀早稲田大学教授から、日本にも地球温暖化対策税という炭素課税(289円/t)があること、東京都・埼玉県による排出権取引制度が効果を上げていることが紹介され、炭素価格には脱炭素の促進と企業投資の拡大によるGDP増加という二重の配当があることが強調されるとともに、日本でCBAMを導入する場合の制度設計上の論点についての解説があった。JFEスチールの手塚宏之氏からは、検討中のEUのCBAMについて、既存のETSの無償割当が維持されるかどうかが大きな論点であること、現在のEU-ETS制度の下では欧州鉄鋼産業にとって(排出量以上の枠が付与されるため)実質炭素価格はゼロであること、ドイツと日本の産業向け電力価格は表面的には同レベル程度に見えるが、ドイツではFITサーチャージと税金が免除されるので、ドイツ産業向けの実質電力価格は日本の半分以下であること等、日EUの競争環境の相違が紹介された。

全体の議論を通して筆者の印象に残った点を以下述べたい。
第1に、日本とEUの関係者の間で地球的な共通課題に関して建設的に議論して協力しようとの姿勢が強く見られたことである。これは、米中対立や気候変動問題の深刻さの認識の高まり等の世界情勢による部分が大きいことは言うまでもない。ただし、筆者のように1970年代、80年代の日欧貿易摩擦時代のギスギスした雰囲気を知る者としては感慨深いものがある。このようなパートナーシップ志向は今世紀に入ってから芽生えていたが、2019年に発効した日EU・EPA(経済連携協定)、日EU・SPA(戦略的パートナーシップ協定)によるところが大きい。これまでの日EU双方の関係者の努力(日欧産業協力センター等の取り組みも含めて)に敬意を表したい。

第2に、日EU間の対話でしばしば見られることであるが、EU側はマクロ的、制度的、枠組的な議論が多いのに対して、日本側からは技術的な議論が多い印象があったことである。いわばルールメーキング志向のEUと技術志向の日本という対比である。欧州バッテリーアライアンスのパヴィア氏は、EUが設定するトレーサビリティ、サステナビリティ、サーキュラリティ等のルールに従う限り、バッテリー企業の出身国籍は問わないと主張した。いわばウィンブルドン現象でかまわないということである。リチウムイオンバッテリーは日本がもともと開発した技術であり、日本はさらに全固体電池等の次世代技術開発に取り組んでいる。水素に関しても、旭化成等の日本企業は電解技術を研ぎ澄ましているのに対して、エアリキードは水素供給企業として産業・運輸分野での需要振興への自らの取り組みと政府への働きかけに余念がない。制度面でも、今回はEUで検討中のCBAMに関する議論に関心が集中した。EUが導入してすでに定着しているETSに加えて、または代替/補完する形で導入されるというCBAMも、極めて大胆な政策イノベーションである。賛否両論、条件付けをめぐって世界中の反応を呼んでいる。本件に関しては、日本側は受け身の観があるが、きめ細かい制度作りは日本の真骨頂でもあり、日EU間の対話が適切な制度につながるものと期待される。

第3に、EU側のカーボンニュートラル目標のグリーンディールにおける、当局と産業界の連携の強さが印象的である。いわばEuropean Inc.である。それは欧州グリーンディールによって環境目的と相まって経済・産業構造を変革して世界をリードしようとの戦略を産業界も共有しているからであろう。バッテリーアライアンスはまさに欧州委員会主導のEuropean Battery Inc. の取り組みである。パヴィア氏は日本もJapan Battery Allianceをやってはどうかと自慢気に語ったのが印象的である。水素に関しても、官民連携での水素戦略は日本が先行していたが、近年は、EU全体および主要国に水素戦略があり、また全世界をカバーするHydrogen Councilという組織は欧州中心である等、EU側に勢いを感じる。これは、洋上風力という豊富な再生可能エネルギーを活用して水素を生成し、既存の天然ガス・パイプライン等のインフラを活用してヨーロッパワイドに水素を配送するシステムの優位性を官民ともに認識しているからであろう。制度面の目玉であるCBAMについても、level playing field を確保してカーボン・リーケージを防止し欧州の産業競争力を維持するという目的を共有した上で、官民で丁寧な対話・調整のプロセスが進行している。こうした緊密な官民連携はかつてのJapan Inc.の得意技であったが、最近は日本がEUから学ぶべき点が多いように感じられる。

さて、今回のような日EU間の対話は相互理解には非常に有益であるが、日本とEUがカーボンニュートラルに向けてどのような戦略を遂行するか、そのプロセスでどのように協力を深められるかは今後の課題である。軌を一にするように、5月27日の日EU首脳協議において日EUグリーンアライアンスを形成することが合意された。今後具体的な取り組みが日EU政府間で議論されることになろう。日欧産業協力センターも、合意文書の中で明記されたようにこの目的のために産業面での協力を促進する活動を強化していきたい。

(文中のウェビナーでの議論の紹介は筆者の認識に基づくものであり、参加された各スピーカーのご発言・意図を正確に反映していない可能性があることをお断りする。)

脚注
  1. ^ 基本的な概念についての解説は下記を参照してください。
    https://www.eu-japan.eu/sites/default/files/publications/docs/eu_policy_insights-3.pdf

2021年7月2日掲載

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