究極の温室効果ガス削減法?:20年前に話題になったCO₂の排出量取引

関沢 洋一
上席研究員

4月22日に、日本政府は2030年度の温室効果ガスの排出量を2013年度から46%削減するという目標を打ち出した。20年前に資源エネルギー庁に在籍していた私にとって、この話は当時の経済産業省内での議論を思い出させることとなった。当時の経済産業省では、代表的な温室効果ガスである二酸化炭素(CO₂)の排出量をどうやって減少させるかが課題になっていた。このコラムでは当時話題になったCO₂の排出量取引の思い出語りをすることしたい。

1997年に合意された京都議定書では、温室効果ガスの排出量を6%減少することを日本は約束しており、これを受けて日本政府は化石燃料の消費に由来するCO₂の排出量を2010年度において1990年度と同水準にすることを目指していた。

当時の実際のCO₂の排出量を踏まえると達成困難と思われたこの目標を確実に達成する方法として、炭素税と、CO₂の排出量取引(排出権取引)が話題になっていた。後者について、大阪大学の西條辰義教授(当時)らが、上流のCO₂排出量取引制度の導入を唱えていた。この排出量取引は、CO₂の排出量削減を考える上で極めて示唆に富むものであり、私なりの理解は以下の通りである。

上流のCO₂排出量取引

CO₂は化石燃料(石油、天然ガス、石炭)を燃焼させることによって発生する。また、鉄鋼を作るための石炭の還元でも発生する。それぞれの化石燃料の燃焼によってどの程度のCO₂が排出されるかはすでに分かっている。日本の場合、化石燃料は国内ではほとんど産出されていない。このため、化石燃料の輸入量を制限すると、日本国内におけるCO₂の排出量は減少する。

水産品などで輸入割当(IQ)と呼ばれる制度がある。証明書を持った人々だけしか輸入できないようにして、輸入量を制限する制度である。これに類似したものとして、例えば、炭素含有量1トンに相当する化石燃料輸入許可証を作って、これを持っている者だけが税関にこの許可証を持っていて、化石燃料を輸入できるようにする。

1年あたりのCO₂の排出量の目標値に相当する量だけの化石燃料輸出許可証を作って、それをオークション方式で販売して、証券市場に類似した市場を作って自由に取引することにする。この許可証の販売を政府が担えば、莫大な国庫収入が得られることになる。

まとめると、輸入割当(IQ)に類似した化石燃料の輸入割当を行うことによって、CO₂の排出量削減と国庫収入の増加が図られることになる。この割当証明書が市場で取引可能なために排出量取引ということになる。「上流」と呼ばれるのは、個々の排出者に対する取り組み(下流)ではなく、輸入時点(上流)で対応するためである。排出量取引という言葉が使われているが、本質は化石燃料の輸入割当である。

問題点1(ほぼ確実に目標が達成できること)

上流排出量取引の最大の問題は、上流排出量取引制度が実現すればCO₂の排出量削減の目標がほぼ確実に達成されることにある。

化石燃料の密輸を防げる限り、あるいは、国内炭など国内における化石燃料の生産が推進されない限り、化石燃料の輸入を制限できれば、CO₂の排出量を増やすことは困難になるため、目標の達成はほぼ確実になる。

これがなぜ問題かと言えば、現代社会における日本国民の生活は化石燃料の消費なくして成り立たないからである。例えば、化石燃料がない限り自動車をはじめとする輸送機関は動かない。電気自動車に変えればいいと思う人がいるかもしれないが、電気の大部分は化石燃料の燃焼によって発生する。太陽光発電や風力発電を増やせばいいという主張もあるかもしれないが、これらの設備を作る際にも化石燃料は消費されるし、太陽光発電は晴れた昼以外はあまり発電できず、風力発電は需要に応じた安定供給ができない(最近のことは知らないが、20年前は風力発電による不安定な電力供給をなだらかにできるのは石油火力だけと言われていた)。水素エネルギーを推進すればいいという議論もあるが、水素を作るためには化石燃料が必要になる(電気分解は別だが電気が必要)。

この問題に対応できる現在利用可能な唯一効果的な手段は原子力発電を推進することであるが、原発は多くの人々に忌み嫌われている。

問題点2(エネルギー多消費型の国内産業が縮小し世界のCO₂排出量が増える)

上流排出量取引の2つ目の問題点として、CO₂を大量に消費する国内産業が縮小して、かつ、世界全体のCO₂の排出量がかえって増える可能性があることが挙げられる。

例えば、高炉で鉄鋼製品を生産する場合には、石炭を使って鉄鉱石を還元するが、この際にCO₂が発生する。上流排出量取引が実現した場合には石炭価格が高騰して、鉄鋼の国内生産は難しくなる。鉄鋼製品の関税は既に撤廃されているので、おそらく鉄鋼製品は海外から大量に輸入されることになる。

仮に、日本の鉄鋼産業の生産効率が世界的に見て高い水準にあり、同レベルの量と質を持った鉄鋼製品を作るに当たってのCO₂の排出量が他の国よりも少ないとすれば、CO₂の排出量を抑制する強力な対策がない国の方が生産において有利になり、世界的にみると、かえって、CO₂の排出量が増えることになる。

この問題に対応するためには、国内だけを考えれば、国境税として、鉄鋼製品を製造する上で排出されるCO₂量に見合った関税を設定するというのも一案ではある。ただ、個々の製品の製造過程でどの程度のCO₂の排出量が生じるかを把握することは不可能に近い。特に、製造過程で電力を大量消費する場合、電力そのものは原子力で作っても火力でも作っても同じなので、評価が難しい。

また、国内市場では国境税で対応できても、輸出市場では日本の製品は、強力なCO₂の排出規制が行われていないライバル国に比べて不利になり、そのことが世界全体でのCO₂の排出量の増加につながる恐れがある。

この問題は、人口比で排出量を割り当てるような対応を世界全体で講じないと処理が難しい。

おわりに

以上のような事情があり、当時の経済産業省の関係者の中で、上流のCO₂排出量取引を実現しようと考えた人はおそらく1人もいなかった。

話は変わるが、通商関係で、APEC諸国の首脳がボゴール宣言という政治的コミットメントを1994年に行い、先進国は2010年まで、途上国は2020年までに貿易と投資の自由化を達成するという大胆な目標が設定された。この目標はその後ほとんど忘れ去られて、それでも問題にならなかった。もしかしたらCO₂の排出量削減の話も似たようなもので、空気を読むべきで、本気で取り組むことのない話なのかもしれない。

私の知る限り、空気を読まなかった人が2人いる。米国のブッシュ(子)元大統領とスウェーデンの環境活動家のグレタさんである。ブッシュ大統領は経済への悪影響を踏まえて米国の京都議定書への参加を拒否した。グレタさんは、CO₂を大量に消費する飛行機を使わずに、大西洋をヨットで横断したそうだ。この2人の行動は正反対ではあるが、いずれも、一貫性と正直さを感じる。逆に、温暖化対策の重要性を唱える人が車を乗り回したり飛行機で旅行したりするのを見ると、どこか矛盾を感じてしまう(自分もその1人かもしれないが……)。

上流のCO₂排出量取引は、空気を読むことを許さない話である。この制度を実現すれば、CO₂の排出量はほぼ確実に目指したとおりの数値まで減らせるが、国民生活や経済活動への影響は計り知れない。このような制度が設計可能であると知るだけでも、温室効果ガスの排出量削減という壮大な課題への理解が高まるのではないだろうか。

2021年4月26日掲載