要旨:コロナ禍において、企業の退出は政策議論の中心となっている。このコラムでは、平常時と大きな経済ショック時(リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍)について、日本企業の退出パターンを確認する。企業退出のタイプの分かる企業レベルのデータを用いて分析し、日本企業の退出の大部分は自主的退出であり、倒産による退出率が非常に低いこと、経済ショックに対して、企業の退出(外延)による調整よりも生産量(内延)による調整の方が大きいこと、企業の洗浄効果の効果は退出のタイプにより異なるが、 コロナ禍において安定的であったことが確認された(注1)。
はじめに
コロナ禍において、企業の存続および退出が人々の生活と直接関係していることが明るみに出てきた。長い間、学術研究において、生産性の低い企業の退出は、「洗浄効果(cleansing effect)」により、人々の効用を向上させると認識されてきている(Foster et al. 2016)。しかし、企業退出に負の外部性があるなど、企業退出の人々の効用への示唆は多面的に考慮する必要がある。例えば、新しい生産性の高い企業が参入するのに時間がかかるため、企業は長期の雇用喪失を生むこととなる。また、企業は複雑に絡み合ったネットワークの一部であるため、企業退出効果は波及して、健全な企業まで影響を受けることとなる(注2)。さらに、企業の価値のある無形資産が引き継ぐことができず、企業退出とともに失ってしまう可能性もある。
このような背景から、このコラムでは、東京商工リサーチ(TSR)の各年約100万社の企業レベルのデータを用いて、企業の退出パターンを分析する(注3)。このデータはどのように企業が退出したのか、倒産、自主的な退出、合併による退出という退出のタイプの情報を含んでおり、この情報を用いて、通常時および大きな経済ショックに直面した企業の退出パターンの特性を整理し、どのような企業の特性が企業の退出のタイプの選択と関係しているのかを調べる。分析の結果、退出のタイプによって、経済的および政策的な示唆は異なっているので、退出のタイプの違いを考慮した政策は重要であることが分かった。多くの既存研究で、企業の退出は倒産と同義であるとして扱われることが多い。しかし、このことは日本に当てはまらない。倒産により退出する企業の数は少なく、ほとんどの退出は自主的な退出によるもので、企業の所有者が事業継続しないことを自主的に決めるのである(Hong et al. 2020a)。企業の支払能力を改善し流動性に焦点を当てた政策は、倒産を減らすことには有効であるが、自主的な退出を減らすことにはあまり有効でない可能性がある。以下、より詳細に説明するように、企業の特性もどのように企業が退出するのかを決定する上で重要な役割を果たす。
企業の退出パターンの推移
日本企業の全体の退出率は、図1のように2%以下で減少トレンドにある。この退出率は米国(10%)や欧州の国々(平均7%)より低く(注4)、日本の企業のダイナミクスは緩いことが示唆される。また、日本の企業退出の多くは自主的な退出であり、経済的な理由で退出せざるを得ないときでなくても、企業の所有者が事業継続しない決定をしたことを意味している。自主的な退出の割合が相対的に高いことは企業の所有者の高齢化と関係しており、高齢な企業の所有者が後継者を確保できないために退出することが指摘されている(Hong et al. 2020a, 2020b)。一方で、倒産による退出率は低く、景気変動に関係なく、減少傾向にあることが分かる。また、合併による退出率は0.1%程度であり、他の退出のタイプよりも非常に低いが、労働市場への影響、すなわち企業の退出により影響を受ける雇用者の割合でいうと、最も高くなっている(注5)。2020年において、自主的な退出率は合併による退出率の7倍以上であるにもかかわらず、合併による退出の影響を受ける全雇用者数は自主的な退出の影響を受ける全雇用者数の2倍以上である。
大きな経済ショックにおける外延と内延による調整
コロナ禍により、企業の退出率はどのような影響を受けたのであろうか。残念なことに、コロナによる影響と他の要因による影響を識別する必要があるため(注6)、単に2020年の退出率と2019年の退出率を比較しても、この問いの答えにならない。このコラムでは、退出率のレベルの変化に焦点を当てず、退出する企業の特性を調べ、退出を決定づける要因が変化しているのかを分析することにする。
分析にあたり、まず、月次の企業退出を経済産出指標とともに分析する。また、大きな経済ショックによる共通の性質を理解するため、3つのショック(リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍)における月次指標の比較をする。一般的に用いられる経済産出指標として、経済産業省の作成する鉱工業生産指数(IIP)を用いる。この指標は(比較的大きな)製造業の事業所の生産量の調査に基づいて作成されたものである。
図2の左の図はショック前後のIIPの動きを示している。それぞれのショックにより大きさや期間は異なるが、生産が減少して、その後に回復している様子が分かる。同様に、月次の退出企業数を示したのが右の図である。全てのショックにおいて、ショックの後、企業退出は相対的に抑えられている(注7)。製造業にサンプルを絞っても同様の企業退出パターンが確認され、生産における大きな落ち込みと対照的である。日本の企業はショックに対して、外延(企業退出)による調整よりも内延(生産量)による調整で対応していることが分かる。
企業退出のパターンと洗浄効果
ここでは、企業の洗浄効果を評価する際に用いられる企業特性(Foster et al. 2014)に着目し、企業の退出パターンを分析する。企業退出と企業特性の相関を見るために、企業規模(従業員数)、労働生産性(従業員あたりの売上高)、健全性(TSRにより定義されたスコア変数(注9))により企業を分類し、それぞれの退出率を計算する。
図3は企業規模の結果を示す。全体の退出率は右下がりの曲線が確認され、小さい企業ほど退出しやすいことが分かる。この効果は自主的な退出率によってもたらされている。一方で、合併による退出率は企業規模と正の相関があり、大きい企業ほど合併により退出すること、倒産による退出率は企業規模にあまり依存しないことが確認された。
図4は労働生産性(左図)と健全性(右図)の結果を示す。全体の退出率と自主的な退出率は右下がりの曲線が観測され、生産性や健全性の低い企業ほど退出する、洗浄効果が働いていることが分かる。この効果は倒産による退出率ではクリアでなく、合併による退出率は正の相関がある。また、この企業のグループによる違いは健全性の指標の方がクリアになっている。さらに、全ての3つの図において、2020年の退出率はコロナ前の退出率に比べて、わずかに上昇しているが、全ての退出のタイプにおいて、傾きは安定的である。
洗浄効果の議論では、景気の悪い時に生産性の低い企業は退出すべきで、生産性の高い企業のみが残ることにより、長期的に経済全体の生産性を向上させるとしている。一方で、倒産の連鎖などを引き起こさないよう、政策的介入によりトラブルに直面した企業をサポートすべきという視点もある。このことは、長期的には生産性の低い企業が残ることによる弊害を引き起こす可能性もある。われわれの分析では、コロナ禍において、実際には企業の退出率はあまり変化せず、退出率との相関の傾きから観測される洗浄効果も変化しなかったことが確認された。
すなわち、コロナ禍において、多くの政策的サポートが行われてきたが、生産性の低い企業を残すような洗浄効果を弱める負の効果や企業の退出率が極端に増えるようなことは観測されなかった。ただし、これらの観測事実は、政策的サポートが行われなかった場合と比較していないので、政策効果の有無を意味しない。政策効果を分析するためには、サポートを受けた企業を特定し、さらなる分析が必要である。また、これらの傾向は2020年9月までの傾向であり、コロナの影響が長期化する中で、構造的変化がおこり得るのか、今後の動向の観測が重要である。