コロナ危機は、企業の退出にどのような影響を及ぼしたか?

Gee Hee HONG
国際通貨基金

菊池 信之介
マサチューセッツ工科大学

齊藤 有希子
上席研究員(特任)

コロナ危機は、日本において、企業の事業存続に多大な影響を及ぼしている。特に、自粛要請の影響をより受けた産業の、中小企業の事業存続に大きな脅威を与えている。本研究では、日本企業の退出に関する企業レベルのデータを用いて、2020年1月から5月までの企業の退出行動を分析した。分析の結果、よく着目される倒産ではなく、自主的退出(廃業や解散)に牽引される形で、企業の退出数が前年と比較して16%増加していることを明らかにした。このことは、少なくともコロナ危機の初期段階では、後継者のいない高齢の経営者が事業を継続することの難しさという、日本の中小企業特有の構造的な問題が顕在化し、コロナ危機が引き金となって、高齢の経営者が、場合によっては債務支払能力のある企業であっても、事業を辞めることになったことを示唆している。

はじめに

コロナ危機は、世界中でビジネスの存続に大きな脅威をもたらしている。ロックダウンやその他の封じ込め措置は、消費者が外出を自粛したり、不要不急の外出を禁じられたりしたために、需要の低下を招いた。倒産や雇用の喪失を防ぐため、大規模な政策支援が行われたにもかかわらず、企業は収益低下とキャッシュフローの圧力により、厳しい流動性の制約に直面し続けている。

日本企業もまた、企業存続と雇用保護のために政策当局が積極的な財政・金融支援を行ってきたにもかかわらず、コロナ危機の影響を大きく受けている。特に、日本の総雇用の70%近くを占める中小企業は、小売業、観光業、宿泊業など、対人的なサービスが多い分野に集中しており、モビリティの低下の影響を最も受けやすいため、状況は深刻である(宮川, 2020)。

本コラムでは、コロナ危機がこれまでの日本の企業の退出行動にどのような影響を与えてきたか、2020年5月までの企業の退出の類型を詳細に把握する。ユニークな月次の退出情報と企業レベルのデータセットを用いて、コロナ危機の初期段階における企業の退出に与えた影響を分析する。

分析の結果、コロナ危機の間、企業の退出数が増加したことが分かった。コロナ危機期間中の累積の退出数(2020年1月から5月までの退出数の合計として定義)は、2019年の同期間と比較して16%増加した。 退出数の増加は、自主的退出が急増したことに起因している。一方で、倒産による退出は前年同期比で減少しており、これまでのところ倒産件数の増加は見られない。このことは、コロナ危機の初期段階では、後継者が見つからない高齢化した経営者が、事業に余裕があっても自主的退出するという従来の傾向に拍車をかけたことを示唆している。

コロナ危機前後の企業の退出パターン

本研究では、企業の売上高などの変数、CEOの年齢、サンプル期間中に企業が退出した場合の退出の種類の情報を含む、東京商工リサーチ(TSR)の企業レベルデータを用いた。企業の退出は、倒産、被合併、自主的退出(解散・廃業)の3つのグループに分類されている。2020年5月までのデータを対象としている。

その結果、2020年の1月から5月までの間に、31,335社の日本企業が退出していることが分かった。これは、2019年の同時期の企業の退出数(26,900社)に比べて約16%増加している。この大幅な増加は、主に自主的退出によるもので、2019年の21,173社から2020年には26,013社へと前年同時期比で23%増加している。一方で、これまでのところ、2020年1月から5月の倒産件数は3,038社であり、2019年の1月から5月までの3,304社と比べて8%減少している(図1)。産業別では、建設業、小売業、その他サービス業などの非製造業が中心となっている。

図1:退出パターン別の企業退出数(各年1月〜5月)
図1:退出パターン別の企業退出数(各年1月〜5月)
Source: 東京商工リサーチ

次節で述べるように、コロナ危機以前にも多くの日本企業が自主的に退出しており、自主的退出は倒産や被合併による退出よりも高かった(Hong et al. 2020)。コロナ危機時に観察される企業の退出パターンは、このような既存の退出パターンが加速したものである。コロナ危機は、事業継承者のいない高齢の事業主が事業を辞めるきっかけとなった可能性がある。経済的に脆弱な企業だけでなく、健全な企業であっても後継者の確保が困難な企業は、この時期に自主的退出をしていた可能性がある。少なくとも、これらの企業にとっては、企業と後継者のマッチングの改善など、コロナ危機以前の政府支援は、廃業などの自主的退出に対する意識を変えることには至らなかったのかもしれない。

この分析を解釈する際の注意点としては、現時点の倒産率の低さを見ただけでは、コロナ危機では倒産件数が増加しなかった、と結論付けるには早すぎるかもしれないということである。倒産は裁判所の手続きを経て行われるが、他国と同様、非常事態のために裁判所の手続きが中断されている可能性がある。また、裁判所の手続きが遅れているのは、破産申立件数が異常に多く、長蛇の列ができていることも考えられる。一方、政府による中小企業への支援が、コロナ危機で債務超過に陥っていた可能性のある企業の退出を防いだ可能性もある。そのため、コロナ危機が企業の倒産に与える影響を十分に把握するには時間がかかると思われる。

しかしながら、これまでに明らかになったことは、コロナ危機の初期段階では、自主的退出が企業の主要な退出形態であり、政府の手厚い措置がこのような傾向を回避するのには役立っていない可能性が高いということである。

なぜ日本企業は自主的退出を選ぶのか?

企業の退出パターンは、人口の高齢化とそれに伴う経営者の高齢化に影響されている。図2は、ここ20年ほどで(1995年〜2018年)、日本の中小企業のCEOの年齢が上昇していることを示唆している。

図2:中小企業における、CEOの年齢分布
図2:中小企業における、CEOの年齢分布
Source: 2019年中小企業白書
Note: 各年におけるCEOの年齢の分布を表している

1995年には、CEOの年齢の中央値は50歳から54歳であった。2018年には、60歳から64歳が中央値となっている。現在、日本の経営者の3分の1以上が65歳以上となっており、1995年の18%から約20年で2倍近くに増加している。また、人口の高齢化が急速に進んでいることから、この傾向は今後も続くものと思われる。一方で、中小企業庁の調査によると、半数近くが後継者を決めていない(中小企業庁、2018年)。また、中小企業にとっては「後継者が確保できない」ことが、事業主が自主廃業を検討する大きな理由の一つとなっている(中小企業庁、2018年)。

実際、近年の日本企業の退出は、人口要因が主な要因となっており、日本企業の退出は主に自発的な退出によって行われている。例えば、2018 年には、総退出率 1.3%に対して、自主的退出率は そのほとんどである、1.0%となっている(図3)。一方で、マクロ経済の改善や金融環境の緩みから中小企業の健全性が全体的に向上し、ゾンビ企業比率が低下していることから、近年は倒産率が低下している。また、被合併による退出は、日本企業にとってはまだ珍しい形態である。

図3:企業の退出確率と退出パターン(2007年〜2018年)
図3:企業の退出確率と退出パターン(2007年〜2018年)
Source: 東京商工リサーチ
Note: 企業の退出確率は、1年間に退出した企業数を年初の企業数で割ったものと定義している。年初は10月とする。例えば、2007年のサンプルは、2007年10月から2008年9月を意味する。

企業経営者の年齢と自主的退出率の相関関係は明らかであり、CEOの年齢が高いほど自主的退出率は上昇している(図4)。一方、他のタイプの退出(倒産や被合併)については、CEO の年齢と退出率の相関関係は存在しない(Hong et al.) この結果から、高齢化したCEOにとって、事業承継の問題は日本の事業継続にとって重要なボトルネックとなっていることが確認される。

図4:企業の退出パターンとCEOの年齢(2018年)
図4:企業の退出パターンとCEOの年齢(2018年)
Source: 東京商工リサーチ
Note: X軸はCEOの年齢層を表している。例えば"30"は、30〜39歳を表す。Y軸は、退出理由別の退出確率である。

政策的示唆

コロナ危機の初期段階では、倒産・被合併件数は前年比で減少したものの、自主的退出が増加したことが退出件数の増加を牽引している。その自主的退出は、事業承継が確保されていない高齢なCEOの中小企業を中心に発生している。意図せざる結果として、特に健全な経営を行っている企業が、自主的退出を余儀なくされることで、雇用、投資、生産性の長期的な損失が発生しうる。

それゆえ、経済がコロナ危機の初期段階から回復段階に移行する際には、企業の将来性と債務支払能力を考慮した政策支援を行うべきである。債務支払能力のない企業への慢性的な支援は、ゾンビ企業問題の再来を招き、モラルハザードを増大させる可能性がある。一方で、債務支払能力があり健全な経営を行っている企業が自主的退出を余儀なくされる場合は、マクロ経済にとって非効率であるため、退出は防ぐ政策を検討すべきであろう。そのような企業の事業継続支援のための政策、例えば、CEOの血縁者外への事業継承に対するインセンティブの付与、企業と後継者のマッチングの改善などを継続すべきである。

参考文献
  • Hong, G. A. Ito, Y. U. Saito and A. Thi-Ngoc Nugyen, "Structural Changes in Japanese SMEs: Business Dynamism in Aging Society and Inter-Firm Transaction Netowork," RIETI Policy Discussion Paper 20-P-003.
  • 宮川大介, 「コロナショック後の人出変動と企業倒産: Google ロケーションデータと TSR 倒産データを用いた実証分析」 RIETI Special Report, April 2020.
  • 中小企業庁2017 「中小企業白書2017年版」
  • 中小企業庁2018 「中小企業白書2018年版」

2020年7月10日掲載

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