新型コロナと経済活動:緊急事態宣言解除基準の考察

藤井 大輔
リサーチアソシエイト

2020年から感染拡大が続いている新型コロナウイルスはいまだ収束の気配を見せておらず、本コラム執筆時点(2021年2月1日)で東京を含む11都道府県に緊急事態宣言が発令されている。感染防止策が強化される中で、飲食業や観光業をはじめとするさまざまな産業で経済的打撃が大きくなっており、とりわけ女性や非正規雇用の労働者を直撃しているという報告もなされている。感染抑制と経済活動の両立という議論がなされる中、日本における新型コロナとマクロ経済の関係性を分析した研究はまだ少ない。

このコラムでは現在筆者が東京大学の仲田泰祐氏と進めているコロナと経済の研究から、両者の間にどのような関係が存在するか、また緊急事態宣言のいくつかの解除シナリオのシミュレーション結果を提示したい。疫学モデルから出てくる予測数値は不確実性が非常に大きいため、本研究での結果は1つのベンチマークシナリオにおける試算であることにくれぐれも留意していただきたい。議論の叩き台として、また今後の状況のイメージを共有する1つのツールとして使っていただければ幸いである。また日々刻々と変化するコロナウイルスの状況をとらえるため、本研究の結果を毎週アップデートし、下記のウェブサイトで公開していく予定である(https://covid19outputjapan.github.io/JP/)。興味のある方はぜひそちらも参照していただきたい。

コロナと経済のトレードオフ

われわれは疫学で標準的に使われるモデルに経済活動を組み込み、週ごとのデータを分析した。感染率を経済活動に影響するもの(人の動き等)とそうでないもの(ウイルス自体の感染力、うがい手洗いの励行等)に分解し、経済活動がどのように感染率に影響を与えるかを、Googleのモビリティデータを使って推定した。人の動きと月次GDPは強い相関があり、人の動きを止めると感染を抑制できるが、経済活動も落ちてしまう。推定したモデルから、GDPの今後の経路を決めると、それに伴う感染拡大の様子がシミュレーションできる。ワクチンに関しても、3月第1週目から医療従事者を中心に接種開始、4月以降に高齢者、一般市民の順で接種されていくと想定している。接種ペースも徐々に上昇し、最終的には週400万本に到達。感染抑止と死亡率の低下に寄与すると仮定している。

これらの条件で1月24日までのデータを基に、今後1年の感染拡大と経済活動を計算し、その関係性を示したものが図1である。横軸が経済損失、縦軸が新型コロナによる累計死亡者数となっており、図の左下にいくほど、経済にとっても感染防止の面でも望ましい。しかし実際に選べるのは黒線上の点であるので、人の移動を制限する感染対策と経済の間にトレードオフがあることが分かる。右側に行けば、感染は抑えられるが経済へのダメージが大きく、逆に左側に行けば経済活動は活発だが感染による被害が大きい。また経済損失が大きくなるにつれて、カーブが平坦になっていき、感染抑止効果が低減していく。このカーブ上のどの点を選ぶべきかということについては国民を交えた議論が必要になってくるが、少なくとも感染抑制と経済活動の両立のイメージはつかんでいただけるのではないだろうか。

図1
図1

灰色の部分は予測誤差の範囲である。前述の通り、疫学モデルの指数関数的な特徴から、感染率等の推定誤差に起因する不確実性も非常に大きなものとなっていることを重ねて強調しておきたい。赤と青の線は1週間前、2週間前時点での予測結果である。毎週変化しているのは、感染率やワクチンの接種ペースの情報などを週ごとに最新のものアップデートしているからである。新たな情報が入るにつれてカーブ自体が上下にシフトする。経済活動を犠牲にしない感染対策(マスクの着用や手洗いの励行等)を強化していけば、このカーブをどんどん下の方にもっていくことが可能である。また現時点でワクチン接種を考慮に入れたシミュレーション結果は少ないが、われわれの想定通りワクチンが順調に効果を発揮していけば、2021年の秋頃には感染が収束して行くというシナリオになる。油断は禁物だが、1つ希望の見える結果ではないだろうか。

東京の緊急事態宣言解除シナリオ

この疫学マクロモデルを用いて、現在東京に発出されている緊急事態宣言の解除シナリオを複数シミュレーションしてみた。感染者数や人の動きは東京のデータを使用し、東京の月次経済指標も独自に推定した。政府は1日の感染者数が2000人を超えると緊急事態を宣言し、実効再生産数が約0.8になるような経済損失のペースを維持、ある基準を下回ると解除する。これを必要であれば何度も繰り返すという想定である。宣言がない場合、経済活動は2020年の9~11月の平均になると仮定している。ベンチマークの解除基準は2月1日現在政府でも検討されている1日500人である。これをさまざまな解除基準でシミュレーションした結果が図2である。

図2
図2

左図が時系列の新規感染者数、右図が各シナリオの経済損失と累計死亡者数を線でつないだものである。左図の赤い線が500人で解除するシナリオである。この場合、2月の第二週に1日500人に到達し、宣言は解除されるが、その後また感染が拡大し、4月に再度の緊急事態宣言発令となる。青い線は今回の宣言を2月の末まで続け、1日250人まで下げてから解除するというシナリオである。こちらも解除後は感染が拡大して行くが、250人まで下げた事で拡大のペースが遅くなり、最後はワクチンの力で収束に向かう。このシナリオでは再度の緊急事態宣言は発令されない。

重要なのは右図である。これは図1でも示したトレードオフカーブを描いているが、再度宣言を発令する場合のカーブが右上にシフトしており、非効率であることが分かる。例えば解除基準500人(赤点)と250人(青点)を比べると250人の方が、経済と感染抑制の両方の面で望ましい。赤と青の比較をもう少し具体的に見てみよう。左図の赤線と青線の下の面積がそれぞれの感染者数の累計に相当する。これを比べると青のケースの方が若干累計感染者数が多いが、ピークが赤よりも後にきている。われわれの試算ではワクチンの効果で徐々に死亡率が低下するという想定のため、感染者数のピークが後ろにくる青のケースのほうが累計死亡者数が少ない。経済の面から見ると赤のケースでは最初の2週間と4月に来る再度の緊急事態宣言5週間で合計7週間の経済抑制が必要になるが、青のケースでは再度の緊急事態宣言が発令されないため、最初の4週間だけで済む。経済の面でも青のケース(解除基準250人)の方が望ましい。

右図のピンクの線と緑の線の2種類の可能性があるのなら、緑の線を選ぶべきであり、それはすなわち再度の緊急事態宣言を阻止するべきという結論になる。疫学モデルには指数関数的な特徴があるため、高い基準で解除すると、その後の感染拡大のペースも早くなり、再度の宣言につながりやすい。再度宣言が発令されるとまた経済を抑制しなくてはならないが、どうせまた経済抑制するのであれば、先にやっておいた方が感染抑止効果も大きい。具体的な数値は仮定の設定で変わるが、緊急事態宣言を何度も発令するごとにカーブが右上にシフトしていくという結果は変わらない。

緊急事態宣言は今回限りにするべきで、そのためには多少時間がかかっても新規感染者数を下げ切ってから解除する方が、感染症対策としてだけでなく経済的にも望ましいという結論である。ワクチンという希望の光が見えてきた今、もう少しだけ我慢を重ね、早期のコロナ危機収束につながることを切に願っている。

2021年2月2日掲載

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