国土交通省か防衛省が中心になって重症患者を地域間搬送する仕組みを作れないか

関沢 洋一
上席研究員

はじめに

新型コロナウイルスの蔓延は世界経済に極めて大きな悪影響をもたらした。日本でも4月-6月のGDPが年率で27.8%落ち込むという常識では計り知れない事態に至っている。新型コロナウイルスの感染防止のために経済活動を止めることはもはやできないと思う人々も多いのではないだろうか。

とはいえ、多くの経済活動は人と人との接触を必然的に伴うため、経済回復を目指そうとすればどうしても感染は広まり、短期的にある程度の重症者・死者が出ることは避けられない。反対に、緊急事態宣言時に見られたように経済活動を止めれば感染の蔓延をある程度防げると思われるが、この期間中は感染者が増えないため、免疫を持つ人々も増えず、効果的なワクチンが開発されない限り長期的な対応を迫られることになる。単純化すれば、効果的なワクチンが近い将来に開発されることを期待してそれまでの間は経済活動の水準を下げて待つか、スウェーデンが行ったように経済活動は抑え込まずに感染拡大を許容するかのどちらかになる。

仮に後者を選択して感染拡大を許容するとした場合に生じる最大の問題は、短期間のうちに指数関数的に感染者が増加するという感染症の特徴により、重症患者が一時的に急増することによって医療のキャパシティを超えてしまい、適切な医療が受けられない人々がでてくることである。医療崩壊としばしば呼ばれるこの問題がある限り、安心して新型コロナに感染できない。

日本の医療制度を踏まえた対応のあり方

重症化向け医療のキャパシティを患者数が超えてしまう問題は、武漢やイタリア北部やニューヨークで衝撃的な形で起きており、患者が苦しんだり医療関係者が疲弊する様子が世界中に報道された。ただ、これは世界中の感染蔓延地域のどこでも起きているわけではなく、たとえば、イギリスやスウェーデンでは新型コロナによる死亡者数は多かったが、ICU(集中治療室)における治療を受けられなくなるような医療崩壊は起こらなかった。

スウェーデンの例を見ると、新型コロナ関係のICUの利用者はピーク時で558名だった。スウェーデンと日本の人口比を考えると、ざっと見て7000名の収容ができればある程度対応できそうである。日本のICUは7109床となっており、ICUに準ずる施設は10268床となっているので(日本集中治療医学会の資料による)、数だけ見れば対応できそうなものになっている。

ただ、実際にはそう簡単にはいかない。4月1日に出された日本集中治療医学会の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する理事長声明」では以下のとおり書いてある。

「現在、本邦には約6,500床ほどのICUベッドがあると推定致しますが、約4倍のマンパワーが必要であること、他の重症患者の受け入れも必要であることを考えると、このままでは、実際に新型コロナウイルス感染症の重症患者を収容できるベッド数は1,000床にも満たない可能性があります。」

4月に比べれば今の状況はある程度は改善されていると思うが、以下の事情により国民が安心できるほどの改善には至っていないのではないかと気になっている。

日本の医療機関の多くは私営であり、出来高払いに応じた独立採算制が中心である。新型コロナウイルスの患者を医療機関が抱えようとすると設備対応や院内感染などにより赤字が発生しやすいことがあちこちで指摘されている。医師法では医師の応召義務が記載されているが、これは強制的なものとは言えず[1]、しかも私営である医療機関には国や地方公共団体による指揮命令は通用しないので、新型コロナ用の病床と人員を確保するためには、収益を度外視しても患者を救う意志のような医療機関のモラルに頼る面がある。しかし、医療機関は慈善団体ではないので、このようなモラルに頼り続けるのは無理だろう。新型コロナの患者が増大してもICUにおける医療崩壊が起きなかったイギリスやスウェーデンでは、医療機関が公的に運営されている面が強かったためにトップダウンで柔軟な対応ができた可能性があるが、日本では同じことは期待できない。

指揮命令やモラルで医療機関を動かせないという前提に立つと、大竹文雄氏と小林慶一郎氏が最近の論考で指摘するように「行動変容」を通じた対応が必要になる[2]。つまり、新型コロナの重症患者に対応する医療機関に対して破格の報酬を付与することによってインセンティブを高めることが求められる。

国土交通省か防衛省が主導する全国的なオペレーションはできないか?

仮に強力なインセンティブの付与によって国全体としては重症患者数に対応できる医療キャパシティを確保できたとしても実際に使えなければ意味がない。今の仕組みでは新型コロナへの対応は都道府県や市町村によるものが原則となっているようで、本稿の執筆時では、沖縄県や愛知県など一部の都道府県が独自の緊急事態宣言を発したり、大阪府では重症患者数の急増が問題になっている。その一方で北海道や東北では今のところ重症患者数の目立った増加は見られない。このように、新型コロナの感染者は全国で同時に急増するわけではなく、どこかの地域では急増して重症患者数があふれかえり、別の地域では余裕があるという状態になる。各地方公共団体が独自で対応することを求めれば、地方公共団体毎に最悪の事態に備えて医療資源を急増させるか、緊急事態宣言を発して感染拡大を止めることが必要になる。どちらも実際には困難を伴う。

そこで次のようなことを考えられないだろうか。まず、できるだけ多くの都道府県で、できれば空港の近くに、新型コロナの重症者向けの専用病棟を作る。新しい施設を建設するという意味ではなく、既存の病院のいずれかを新型コロナの重症者向けにして、その病院の既存の患者は別な病院に移す。地方公共団体によってはこのような新型コロナ専用病院を多く作れるところと作れないところがあると思われるが、作れるところはその地域だけで必要な病床数を超えてもいいので、できるだけ多く作ってもらう。大竹氏と小林氏が指摘したとおり、負担を超える規模の報酬が支払われる[2]。

医師法によれば、医療行為を行えるのは医師に限られているので、実質的には看護師の方が上手に対応できるような場合であっても、どうしても医師が必要になる。そこで、このコロナ専用病棟に医師を集められるようにするために、開業医などが休診して医師や看護師がコロナ専用病棟をサポートする場合には休診しても全く損失が生じない規模の金銭的な補償を行う。これによって、患者が急増して超多忙となっている感染症関係の医療機関と、感染を恐れた患者の通院が減少して経営に支障が生じている医療機関の差を少しでも埋めることが目指される。

次に、都道府県毎のICUのキャパシティと重症患者数を国がモニタリングしてICU利用割合を算出して、たとえばこの割合が50%を超える場合には、それ以後の重症患者は飛行機やヘリコプターで他地域に搬送する。どの地域に搬送するかは、各地域のICU利用割合の低さと地域間の物理的な距離を踏まえてあらかじめ決められたルールに従って行う。これによってある地域の重症患者数が増えてもその地域の医療関係者の負担を一定レベル内に抑えるとともに、その地域の社会活動・経済活動を止めないようにする。また、このオペレーションを行うことによって、ある地域で新型コロナの専用病棟を作りすぎても有効活用できるようになる。Harvard Business Reviewに掲載された論考で、ドイツがイタリアなどの患者を受け入れた例を使って、このような取り組みの重要性が指摘されている[3]。この論考によると、ICU利用割合が50%を超えると患者の死亡リスクが高まるそうで、原因として物資不足や医療関係者の疲労などが指摘されている。キャパシティに余裕があるうちに地域間搬送が可能な患者を他地域に搬送することの重要性が示唆される。

各地域のICU利用割合をモニタリングして重症患者の地域間搬送をシステマティックに行うのは厚生労働省や医療現場にとってはなじみがないと思われる。日本でこういう取り組みが一番できそうなのはおそらくは、国土交通省か防衛省ではないだろうか。新型コロナ関連の業務に携わる厚生労働省の職員は相当疲弊していると思われ、塊としてアウトソーシングできる業務はそうした方が望ましく、本件もそれに当たるのではないか。

なお、ここまでは重症患者の搬送だけ取り上げたが、実際には重症患者の搬送は難しいかもしれない。このあたりは専門家でない私ではわからないのだが、たとえば、重症化する可能性が高い人々(たとえば50代や60代の男性の軽症者)をあらかじめ搬送するのも一案かもしれない。

おわりに

新型コロナの第二波は来ないという主張が根強く存在しており、その主張が正しい場合は上記の案は無駄になる。私自身もこの案が無駄であって欲しいが、第二波が来ないという確信を持てない。第二波が来ないという主張は現時点では仮説に過ぎないので、それに全面的に依拠することは一国民としては心配である。また、今回はこの案が無駄であっても、将来的に1918年のスペイン風邪のような新型コロナよりも重症化しやすい感染症が蔓延する可能性も否定できないので、いろいろな手段を今のうちから試す価値はあると思う。

第二波が来るという前提に立ちながらも、重症者のシステマティックな地域間搬送みたいな複雑な対応をするよりは、感染を止めることを最優先にして自粛を何年も続けるべきという主張もあるだろう。しかし、上記の経済問題も含めて自粛を続けることには相当な無理があることがわかってきたのではないだろうか。多くの国々ではもはや自粛は耐えられなくなっており、各国政府やWHOの意志に反して、感染が止まらない事態に至っている。これは一見すると危険なようだが、感染者数が増えると免疫ができて感染にブレーキがかかるという面を軽視しているように思う。もしかしたら、今感染が止まらない国々では半年後ぐらいには感染がおさまって、かつての日常を取り戻せるかもしれない。日本など一部の国々だけが新しい日常の中に取り残されるかもしれない。

日本も感染を止めないで何とか乗り切ることを検討する時期が来ているのではないだろうか。その場合にもっとも考慮すべきなのは本稿で述べたような重症者対応になるはずである。本稿で示した案がベストなものと言い切るつもりもなく、もっといい代替案が示されて、日本経済の復活と死亡者数の最少化の両立が図られることを望みたい。

引用文献
  1. 米村滋人 (2016) 『医事法講義』日本評論社。
  2. 大竹文雄・小林慶一郎(2020) 「コロナ重症者病床拡充」1兆円投じても急務な訳:医療崩壊を防ぎ緊急事態宣言も避けるために」、東洋経済オンライン、2020年8月11日。
    https://toyokeizai.net/articles/-/368412
  3. Catena R, and Holweg M (2020). We Need to Relocate ICU Patients Out of Covid-19 Hotspots. Harvard Business Review, 23 June 2020.
    https://hbr.org/2020/06/we-need-to-relocate-icu-patients-out-of-covid-19-hotspots

2020年8月20日掲載

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