新型コロナウイルスの対応をめぐって、高齢者と高齢者以外を分けて、高齢者だけを隔離状態に置いた方がいいという主張が多くなされている[1-4]。その背景としては、①新型コロナウイルスの重症化リスク・死亡リスクが高齢者において特に高い一方で、高齢者以外(特に若い人々)ではインフルエンザなどとあまり違いがないこと[4](図1)、②誰かが社会や経済を担わないと社会経済の長期的な持続は困難であり、実際の担い手は高齢者以外が中心になること、がある。私自身もこの主張に賛成している。
ただ、この高齢者隔離論の課題として、実際にどこまで行えるかが分からないところにある。そこで、本稿では高齢者隔離論の実現可能性について検討することにした。まだ叩き台とでも言うべきものなので、これを読んだ方が良いアイデアを出していただき、発展させてもらえるとありがたい。
1.高齢者の居住パターン
高齢者には働いている人と働いていない人がいるが、ここで主に想定しているのは働いていない高齢者(年金などで生活する人々)である。大きく言えば、高齢者の居住パターンは、自分の住居で生活する場合か老人ホームで生活する場合に分かれ、前者では、単独で生活、夫婦だけで生活、子供や孫と同居する場合に分かれる(表1)。自分の住居で生活する場合もヘルパーの助けを受けている場合がある。隔離可能性の高い高齢者の単独生活や夫婦だけの生活であれば、ヘルパーに頼っていない限りは自分たちだけで感染を防ぎやすいので、以下では、それ以外について記述している。
住居のパターン | 家族構成 | 隔離可能性 | |
ヘルパーあり | ヘルパーなし | ||
自分の住居で生活 | 単独で生活 | 低い | 高い |
夫婦だけで生活 | 低い | 高い | |
子や孫と生活 | 低い | 低い | |
老人ホームで生活 | - | 低い |
2.パターン別の検討
(1)老人ホームの場合
理想的には老人ホームは感染者がまったくいない空間となるのが望ましい。どうしたらその状態に近づけるだろうか。
①面会禁止、ガラス越しの面会
老人ホームにおける家族の面会は感染リスクになる。老人ホームにおける面会を禁止する、ガラス越しの面会を行う、スカイプを使った面談を進める、などの措置が講じられる必要がある(インターネットで調べたところ実際にこれらはかなり行われているようだ)。
②感染した職員が高齢者に接触しないようにする
介護の担当者など老人ホームの職員の感染対応をどうするかは難しい。1つの方法は新型コロナウイルスの症状らしきものの有無を問わず、老人ホームの職員に対して定期的に(例えば毎日とか週1回とか)PCR検査をすることだ。新型コロナウイルスの感染力は症状が出る前にすでに生じており[5]、また、症状が最後まで出ない人が多いことも分かっている[6]。そうすると、症状がない人も含めて検査するしかない。イギリスの報告では、検査の精度にもよるが、医療と介護の関係者の定期的な検査が感染を3分の1程度防ぐと書いてある[7]。
ただ、これにも大きな問題がある。1つめは、症状のない人が頻繁にPCR検査を受けられるのかという問題である。2つめは、PCR検査をどの程度信頼できるかという問題である。PCR検査は偽陽性(本当は感染していないのに陽性と判断されること)はほとんどないが、偽陰性(検査で陰性なのに本当は感染していること)は相当あるとされ(ある研究では偽陰性(=1-感度)は21%[8])、仮に偽陰性の割合が実際にはもっと小さくても、どこかの老人ホームに新型コロナウイルスが入り込むのを完全に防ぐのは不可能に近い。また、検査結果が出るまでに時間がかかるので、その間の勤務中に高齢者にうつす可能性もある。3つめの問題は、老人ホームの職員に感染者が出た場合に、これらの人々を2週間程度隔離した際に、老人ホームを運営できるのか、高齢者の世話を誰がするのかという問題である。
③すでに感染した人に手伝ってもらう?
話が飛ぶが、春日局が徳川家光の乳母になったのはあばた顔だったためという話を読んだことがある。あばた顔というのは天然痘にかかって治ったことの証拠である。天然痘は幸いなことに今は消滅したが、死亡率は極めて高かった。その一方で、いったんかかって治れば、二度とかかることがないし人にうつすこともない。そこで、将軍家の跡継ぎが天然痘にかかるリスクを減らすために、天然痘から回復した春日局が乳母に選ばれたという。
春日局の現代バージョンはないだろうか。文藝春秋6月号で、橋下徹氏との対談の中で、山中伸弥氏が、感染して抗体を持っている人たちに医療や介護の現場に入って手伝ってもらう可能性について言及している[9]。これを実際に行えないだろうか。
新型コロナウイルスにすでに感染して回復した人は公表感染者数の数十倍はいるはずで、このことは内外で行われた抗体検査の結果から推測される。新型コロナウイルスは世の中に登場してからあまり時間が経っておらず、人間を対象にした実験を行いにくいという事情もあり、いったん感染したから、再び感染しないとは言い切れない。ただ、データがなければ、過去の経験則からとりあえずの推定をすることは許されると思う(過去の経験則が間違っていることが判明すれば速やかに推定を修正する必要がある)。そうだとすると、いったん感染した人は1年ぐらい感染しない[10]、人にもうつさないととりあえず推定することは許されるのではないか。
偽陽性が極めて少ない(できれば0%)抗体検査があれば、この検査で陽性になった人は、ほぼ確実に新型コロナウイルスに感染したと言える。こうした人々を募集して、老人ホームなどで高齢者に直接対応する仕事を担ってもらえないだろうか。いったん感染した人々はとても貴重な存在だ。
一方で、抗体検査には限界があることも分かってきている。新型コロナウイルスに感染したのも関わらず、抗体検査で陽性にならない人々が若年層を中心に多いという指摘がある。そうすると、抗体検査を使って若年層の中で高齢者対応をお願いできる人を確定することは難しいことになる。抗体検査で対応できなければ、PCR検査(あるいは抗原検査?)に頼るしかないのかもしれない。PCR検査で陽性になった後で、2度続けて陰性になった人々であれば、新型コロナウイルスに感染して回復したとほぼ特定できる。ポイントは、すでに感染して治った人々をできるだけたくさん集めて協力してもらうということである。
(2)親子が同居する場合
高齢者の親と子(多くは中年)が同居している場合は対応が難しい。高齢者の親が外出や人との接触を控えていても、同居する子が仕事などで外出すれば、子を通じてうつされるのを避けるのは難しい。新型コロナウイルスは症状がなくてもうつす場合が多いので、症状が出てから感染した子(あるいは感染しない親)を隔離しても遅い場合がある。親と子のどちらかが感染してすでに治っていれば、免疫が存在する間は一緒に暮らしても問題はないが、両方とも感染していない場合はリスクがどうしても残る。ワクチンが利用可能になるか、どちらかが感染して回復するまでの間は、親子で別居できるなら別居する、それが無理なら、別室で過ごすなど接触をできるだけ減らす、あるいは感染覚悟でいつものように暮らすしかないのかもしれない。
以上は、子が働いていて感染リスクにさらされている場合を想定して書いている。子も外に出ない(人と接触しない)ようにすれば、高齢者の親の感染リスクも減る。
(3)ヘルパーがいる場合
ヘルパーが高齢者の介護を通いで行う場合には、ヘルパーの感染を避けることが重要になる。これは老人ホームの職員の場合とあまり変わらない。感染しないようにヘルパー自身に日頃から気をつけてもらう、症状がなくても頻繁にPCR検査を受けられるようにする(他の人々よりも優先度が高い)、すでに感染して回復した人にヘルパーの仕事を当面の間はサポートしてもらうといったことである。ただし、無症状の感染が多く、PCR検査が完璧でない以上、100%の感染防止は不可能だ。
ヘルパーに頼らなくても何とかなるのであれば、ワクチンが利用可能になるまでは、ヘルパーなしで暮らした方が安全かもしれない。絶対的な答えはなく、自分で判断せざるを得ない部分がどうしてもある。
3.おわりに
上述した春日局の現代バージョンは、免疫パスポート(Immunity Passport)として多くの国々で議論されている[11]。すでに感染して回復した人々に外出許可証としてこのパスポートを出すという発想だ。最も感染させてはならない人(=高齢者と基礎疾患のある人)を守る役割を免疫パスポートの保有者に担ってもらうという発想は日本でも検討する余地があると思う。実際には、法的な免疫パスポート制度を作る必要はなく、各地方公共団体、あるいは個々の老人ホームや介護施設のイニシアティブさえあれば、すでに感染した人に手伝ってもらうという方向で進むことはできる。ただ、すでに感染した人の公的機関によるあっせんや資金援助はどうしても必要になるだろう。
また、高齢者の介護に携わる仕事に就いている人々は自らが感染しないように努める必要が高まるなど、新型コロナウイルスの蔓延に伴って負担が大きくなるので、それに見合った報酬の在り方も考える必要があるかもしれない。