関税同盟とFTA:Brexitを理解するために

関沢 洋一
上席研究員

最近、英国がEUから脱退するBrexitの関係で、関税同盟という言葉をしばしば目にするようになった。このコラムでは、関税同盟とは何かについて、FTAとの違いに力点を置きながら解説したい。なお、ここで取り上げる話は物品の関税のみに限られる。

1.MFN、FTA、関税同盟

(1)MFN
関税の設定においてはいくつかのパターンがあるが、基本となるのは最恵国待遇(MFN)であり、全ての国々に対して同一の関税率を設定する。MFN原則はWTOの基本原則の1つであり、WTOの加盟国が関税を設定する場合に、同じ製品について、他の加盟国の中でA国に対しては3%、B国に対しては10%といった差別的な扱いをしないことが求められる。

(2)FTAと関税同盟
関税同盟とFTAは、地域貿易協定と呼ばれ、いずれもGATT第24条に根拠を有し、参加国内における関税等の通商上の制限を実質的に全ての貿易について取り除くという点で共通している。関税同盟もFTAもWTOの基本原則であるMFNに抵触するものであり、このために、かつてはアンチ地域貿易協定的な議論がしばしばみられた[1, 2]。

関税同盟とFTAは一見似ているが、関税同盟は参加国が対外的に共通関税を設定する(同一の関税率を設定する)のに対して、FTAではそれがない。この違いのために、①関税同盟下では通商交渉はメンバー国が一体として行わないとならないが(代表例はEU)、FTAのメンバー国は別々に交渉を行える、②関税同盟のメンバー国の域内では物品は自由に動かせるが、FTAではそうならない、③関税同盟ではメンバー国間の税関は不要になるが、FTAでは必要(むしろ税関の機能は強化される面がある)、といった違いが出てくる。

図1は簡単な関税同盟の例を示したもので、A国とB国は関税同盟を構成している。この場合、A国とB国は相互には関税を撤廃し、かつ、それぞれの国以外の国々に対しては同じ関税率(この場合は10%)を設定している。この製品が例えば完成車だとして、完成車がA国に輸入されるとその時点で10%の関税がかかり、A国からB国にその完成車をさらに持ち込んでも、もはや関税はかからない。A国に入る時点で関税がかかるので、A国からB国にその物品が入る時点では関税の賦課が必要ない。このため、A国とB国の間では関税徴収に関しては税関が必要ない。A国とB国の間を物品が自由に行き来することになる。関税同盟を構成する複数の国々が別々に通商交渉を行うと、対外的に共通関税を設定するという原則が崩れるために、EUのような完全な関税同盟では欧州委員会が交渉主体となり、各国は交渉主体にならない。

図1:関税同盟の場合
図1:関税同盟の場合

図2では簡単なFTAの例を示している。関税同盟と異なって、FTAの場合には、A国とB国の間では無税であっても、A国が世界のその他の国々に賦課する関税率は5%、B国は15%となっていて、対外的に共通関税を設定していない。この場合、5%の関税でA国に持ち込まれた製品をそのままB国に持ち込めば、B国の関税率である15%ではなく5%の関税率ということになり、A国経由で5%の関税率で物品が流入することになる。このような迂回を防ぐために、FTAにおいては、A国の製品であることを証明するための原産地規則が設けられるのが普通である。

図2:FTAの場合
図2:FTAの場合

つまり、B国においては、A国から輸入される産品の全てが無税になるわけではなく、原産地規則を満たしたものだけが無税になる。原産地規則にはいろいろなパターンがあるが、例えば、A国(あるいはA国+B国)で付加価値が40%付いた物品のみがFTAの対象となる。しばしば、FTAによる自由化の効果を語る際に、両国の貿易額だけを使って説明することがあるが、これは間違いであり、実際にFTAにおいて恩恵を受けるのは、もともと関税がかかる品目で、かつ、原産地規則を満たして、FTAによる無税の扱いを受けるもの(例外的に有税だが低い税率の場合もある)だけである。

この原産地規則を巡るコストはおそらく一般の人々が認識するよりも大きい。事業者は、自己の製品が原産地規則を満たしているかどうかをチェックして、満たしていなければ、原材料の調達先を他国から自国に変えるなどの対策を講じるか、FTAを利用することをあきらめるかを決めないといけない。原産地規則を満たす場合でも、原産地証明を取得したり、帳簿を保存したりといった業務を行わないといけない。行政においても税関を中心に業務が増えることになる。少々古い研究だが、NAFTAにおける原産地規則の遵守コストが製品価格の6%に相当するという試算がある[3]。FTAにおいては、FTAによる無税措置を利用するか、しないかという選択肢があるが、この選択肢はMFN(無税の場合)や関税同盟では存在せず、自動的に無税が適用される。

2.Brexit

英国が関税同盟としてのEUから脱退した場合には、ただ脱退するだけなら、英国とEUメンバー国の間で関税が復活する。自動車については、英国からEUメンバーに完成車が輸出される場合には10%の関税がかかり、EUメンバーから完成車が英国に輸出される場合には、英国が関税率を変えない限り同じく10%の関税がかかるようになる。英国はEUからの脱退によって、関税率をEUと異なる税率に変えることができるようになる。ただ、おそらくはWTOにEUとして約束した税率(譲許税率と呼ばれる)に英国は拘束されると思われ、この場合には独自に関税率を下げることはできるが上げることは簡単にはできない。

英国がEUメンバーとの間で無税での輸出を継続するためにはFTAを締結することが必要になるが、その場合には原産地規則を満たすことが必要になるというのが通常の理解である。ところが、英国政府が出した白書では異なる発想に立っているようで、原産地規則を設定する代わりに、EUと英国の間で"Facilitated Customs Arrangement"という合意を結んで、EU以外から英国に入ってくる物品について、最終的な目的地に応じてEUか英国の関税率(わからない場合には高い方)を払うことによって、迂回の問題を回避し、EUと英国の間の物品の行き来は自由にしようというもののようだ。多くのFTAの場合には、もともと当事国の間には関税が設定されていて、その関税を撤廃する代わりに原産地規則を設定するという流れになるが、Brexitの場合は、このパターンが当てはまらず、もともと物品が自由に流通していたところに何らかの制約を課すわけだから、今までの常識に沿わない提案が出てくるのは理解できる面がある。ただ、EU側から見れば、実行できるかわからない複雑な制度を提案されているので、あまり気分のいい話ではなさそうである。

3.おわりに

関税同盟とFTAは似て非なるものだが、このことはこれまではあまり知られていなかった。Brexitの議論は2つの違いを図らずも明らかにするかもしれない。

参考文献
  1. 関沢洋一『日本のFTA政策―その政治過程の分析』東京大学社会科学研究所, 2008年.
  2. 関沢洋一「地域主義と日本」, 阿部武司編『通商産業政策 1980-2000 第2巻 通商・貿易政策』経済産業調査会, 2013年.
  3. José, A., et al., Rules of Origin in North–South Preferential Trading Arrangements with an Application to NAFTA. Review of International Economics, 2005. 13(3): p. 501-517.

2018年8月27日掲載

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