起業は若者だけの特権か
起業は若者だけの特権だと思われがちである。三木谷浩史氏が楽天株式会社を創業したのは31歳の時、永守重信氏が日本電産株式会社を創業したのは28歳の時である。
しかし日本のデータを見てみると、2013年に起業した人の平均年齢は、42.1歳。しかも直近の20年間で平均起業年齢は約3歳高くなり、図1のように50歳以上の起業家も増えてきている(日本政策金融公庫2014)。つまり起業は、あながち若者の特権だとはいえないのである。

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さらに図2を見ると、20代30代の起業も多いが、60歳前後で起業の2番目の小さいピークが来ることが分かる。

起業の経済モデル
経済学では、起業と年齢はどのように説明されるのだろうか。(Lévesque & Minniti, 2006)は、起業と就業から得られる収入と余暇から得られる便益を年齢を用いて最適化するモデルを示した。
Levesqueらによれば、人は自分の年齢において受け取ることのできる被雇用者としての収入と、起業によって得られる収入を比較して、被雇用者になるか起業するかを選択する。起業によって得られる収入は、将来にわたって得られるであろう収入の累積額を現在価値に置き換えるので、年齢が高くなってからの起業は収入累積額が低くなり「元が取れない」ことになる。
年齢が高くなってからの起業は「元が取れない」のは本当だろうか。ここで日本での起業に関するもう1つのデータを見てみよう。
日本での起業と収入の変化
図3は横軸に年齢、縦軸に収入を取り、起業家(注)と被雇用者のそれぞれの年齢における収入の平均値を示している。青線は起業家の、赤線は被雇用者の収入である。20歳から65歳あたりまでは常に、起業家の年収平均は被雇用者の年収平均を下回っている。しかし50歳を過ぎると差は縮まり始め、65歳あたりでやっと平均収入は逆転、以降差が開いていく。

この図は、多くの日本の被雇用者が50歳を過ぎると賃金が上がりにくくなり、65歳で大幅な収入減少を迎えていることを示している点で、日本の賃金体系と雇用体系をよく表している。しかしここで重要なことは、長く働ければ働く程、起業家は被雇用者に比べて高い収入を得ることができるということである。起業家には定年は無い。長く働くことができれば、「元を取る」こともできるようになるだろう。
正確な試算は別に必要だが、グラフだけを見ると、仮に70歳ぐらいまで働くとすれば55歳で起業しても収入の差分は等しくなる。さらに75歳まで働くなら、50歳で起業しても、年収の累積額でいえば起業しない場合と等しい収入を得ることができる。
ここで注意が必要なのは、このグラフは現在「有業である人」の収入のみを対象としていることである。つまり65歳以上の被雇用者の収入は、年金による収入ではなく、あくまで65歳以上であっても何らかの形で雇用されて現在得ている収入を示している。日本の現在の労働市場では、60歳以上の労働者の労働需要は低く、従って被雇用者としての賃金は60歳以降急激に低くならざるを得ない。
一方起業家の収入は、定年制や労働市場の需要に大きく左右されることなく、60歳以降の変化は被雇用者に比べてなだらかである。
高齢の起業家モデル
さらに言えば、起業の動機は収入だけではない。(Hamilton, 2000)(岡室 & 池内, 2014)はアメリカや日本の収入データから、起業動機として「非金銭的な理由(nonpecuniary benefits)」が無ければデータを説明できないと述べている。人は「自分の技能を活かしたい」「自由な時間に働きたい」という動機で起業することがある。このような動機も、年齢が高くなってからの起業に影響を与えるだろう。
起業は、若者だけの特権ではない。今後は、若い起業家だけでなく、これまでの経験を活かして高齢になっても元気で働く高齢の起業家の活躍も期待したい。それらの起業家は、高齢化で世界をリードする日本から世界へ、起業家の新しいモデルを示すことができる可能性がある。