「ポスト京都」で期待高まる自動車のCO2排出削減
CO2をはじめとする温室効果ガスの削減目標をめぐって、国際的な議論が活発になっている。本年9月にも国連気候サミットが開催され、いわゆる「ポスト京都」(2020年以降)の温室効果ガス削減目標に関して議論が行われた。国際的な削減目標の枠組みについては、2015年12月にパリで開催される気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)での合意が期待されている。原発を含む電源構成の問題などがあるため、日本にとって削減目標の提示(2015年3月末期限)は容易ではないが、残された時間は限られている。
2012年度における日本のCO2総排出量(1276百万トン)のうち、運輸部門の占める排出割合は約2割である。そのうち自動車(貨物を含む)の排出量は約9割、さらにその5割を乗用車が占めるので、日本全体に占める乗用車の排出割合は1割弱ということになる(注1)。日本の総排出量から見れば決して大きくないとみる向きもあろうが、近年、燃費性能を向上させ、CO2排出量を削減させるクリーンディーゼル車に注目が集まっている。クリーンディーゼル車の普及状況によっては、「ポスト京都」の温室効果ガス削減目標を左右する有力な材料になることも期待される。
日本でも加速するクリーンディーゼル車の普及
経済産業省他 (2008) では、世界最高レベルの厳しい排出ガス規制となる「ポスト新長期規制」(2009年10月施行)において、乗用車についてはガソリン乗用車とほぼ同等の厳しい規制に対応するディーゼル車を「クリーンディーゼル車」と定義している。従来のディーゼル車に比し、排気ガスを大幅にクリーン化し、NOx、PM排出も極めて低減した車であるため、これまでは開発、量産化の事例は少なかった。しかし、2000年代後半以降、各社の開発努力が成果として結実、低燃費で、CO2排出削減に資する新たなエコカー、クリーンディーゼル車が相次いで市場に投入されている。
日本メーカーは従来、ハイブリッド車、電気自動車で先鞭をつけ、国際競争上の優位性を発揮していると考えられてきたが(注2)、ここにきて市場に投入される国産クリーンディーゼル車のラインナップは徐々に増加している。2014年10月現在、購入可能なクリーンディーゼル車は全体で18車種(国産車7車種、輸入車11車種)となっている。国内の販売実績をみると、2008年にわずか3000台であったが、2010年には約1万台、2013年には約8万台(推定)に拡大したとされており、足元で急速な普及がみられる(注3)。乗用車市場全体の中でみると、クリーンディーゼル車の普及台数はまだ微々たるものといわざるを得ないが、今後の伸びシロはかなり大きいといえる。
西欧で圧倒的な普及率を誇るディーゼル乗用車
一方、西欧におけるディーゼル乗用車の普及状況をみると、1990年に14%程度であった乗用車の新車登録台数に占めるディーゼル乗用車の比率は、90年代後半以降急速に上昇し、2013年時点では53%を占めるまでになっている(下図参照)。ディーゼル乗用車が急速に普及した理由としては、1)1990年代後半におけるディーゼルの技術革新による性能の大幅向上、2)取得・保有より燃料に対する税負担が大きいため、人々の燃料価格に対する感応度が高く、燃料の安価なディーゼル乗用車が嗜好される要因となっている可能性、3)ディーゼルに対する好意的なイメージ、などが指摘されている(注4)。
日本におけるディーゼル乗用車の新車販売に対する比率は、1980年代こそ5~6%を維持していたものの、1990年代以降の自動車税改正によるディーゼル乗用車の増税、深刻な大気汚染を改善すべく実施された東京都によるディーゼル車NO作戦、ディーゼル車種の大幅減少などの影響もあり、減少の一途をたどっている。2005年における新車販売比率はわずか0.04%と、西欧とは対照的に非常に低調なものとなっている(注5)。
クリーンディーゼル車のCO2排出削減効果
軽油を燃料とするディーゼルエンジンの燃費は、ガソリンエンジンに比して約3割優れており、走行時のCO2排出量も約25%少ないといわれている。仮に、ディーゼル乗用車のシェアが10%に上昇すれば、CO2排出量が200万トン削減され、さらに30%のシェアとなればCO2削減効果は635万トンに拡大するという(注6)。さらに、ディーゼルエンジンの燃料としての軽油が精製段階で排出するCO2はガソリンの約半分である。原油を精製すると、ガソリン、軽油、灯油、重油などが一定割合できるが、ガソリン需要が多い日本では、追加工程によりガソリンを生成せざるを得ない。そのプロセスでさらにCO2を排出させることになるため、ガソリン需要の一部を軽油に転換できれば、CO2排出量はさらに減少する。そこでも乗用車の30%がディーゼル車になれば、170万トンのCO2削減が可能との試算もある。クリーンディーゼル車のシェア30%が仮に実現すれば、両効果を合算して年間約800万トンのCO2排出削減となる。これは乗用車のCO2排出量の約7%(日本のCO2総排出量の0.6%程度)に当たり、無視できない大きさである(注7)。
CO2フリーの次世代自動車の普及に向けて
次世代自動車戦略研究会(2010)は、激変する外部環境下で日本の自動車関連産業が技術的優位性、市場競争力を維持していくために、どのタイプの次世代自動車の開発・普及を優先的に取り組むべきかを検討した。その中では、日本の自動車業界が国際的に優位にあるハイブリッド自動車に加え、電気自動車、プラグイン・ハイブリッド自動車を優先的に普及させるという目標を設定し(下表参照)、それを後押しする政府によるインセンティブ施策(開発・購入補助、税制、インフラ整備など)の必要性を述べている。
2020年 | 2030年 | ||
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従来車 | 50~80% | 30~50% | |
次世代自動車 | 20~50% | 50~70% | |
ハイブリッド自動車 | 20~30% | 30~40% | |
電気自動車 プラグイン・ハイブリッド自動車 | 15~20% | 20~30% | |
燃料電池自動車 | ~1% | ~3% | |
クリーンディーゼル自動車 | ~5% | 5~10% | |
(出所)次世代自動車戦略研究会(2010) |
近年、クリーンディーゼル車の普及に光明が差す中で、政府の施策もクリーンディーゼル車の本格的普及に向けて、やや軌道修正されてきたようだ。次世代自動車全般に適用される自動車重量税・取得税の軽減措置、導入補助金の他、ディーゼルエンジンの高性能化に取り組む共同研究組織「自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)」(注8)も設立され、政府として研究をバックアップする方針だ(2014年度は研究費の1/2(5億円)を国が補助)。
次世代自動車といっても将来の選択肢として、さまざまな可能性が考えられる。企業は外部経済状況、環境規制などが刻々と変化していく中で、それに適応した最適な次世代自動車に投資する戦略を取っていくことになろう。さまざまな制約の中で、CO2フリーの電気自動車、水素自動車などを短期的に実現することは困難である。当面は各社それぞれが得意な技術により、違ったタイプの次世代自動車の開発を追求し、それによりユーザーが多様な車種の中からライフスタイルに合わせて車を選択できるようになることは、消費者にとってメリットとなる。政府によるさまざまな政策支援が奏功し、民間企業によるCO2フリーの次世代自動車の開発が順調に進み、中長期的に持続可能な社会が1日も早く実現することが望まれる。