企業間信用は企業の資金繰りに役立つのか

植杉 威一郎
上席研究員

企業間信用とは何か

企業が資金調達する場合には、銀行や信用金庫からお金を借りるのが一般的である。しかしながら、企業は、金融機関からだけでなく、仕入先企業からも資金繰りの支援を受けている。仕入先から製品やサービスを購入する場合、製品やサービスが企業に納入された時点で即支払ということは少なく(注1)、納入後に定められた期限(例:当月末、翌月末)までに支払って下さいという請求書に従い、銀行振込などで支払うことが多い。納入時点から当月末や翌月末の支払時点までの間、企業が仕入先から信用を受けていることになる。バランスシート上では、企業の負債項目に買掛金として表示される。更に、請求書の定めた一定期間内に現金を振り込まず、約束手形を仕入先企業に発行することもある。この場合には、企業の負債項目に支払手形として表示され、約束手形に書かれている3、4カ月先の支払期日まで企業が仕入先から信用を受けていることになる。こうした買掛金や支払手形は、企業間における信用のやりとりなので、企業間信用と総称される。

企業の資金繰りに役立つのか

財務省の法人企業統計季報(2008年10-12月期)によれば、買掛金と支払手形を合わせた企業間信用は、日本の大企業と中小企業の総資産のそれぞれ12.7%、15.0%を占めている。金融機関からの短期借入金が総資産に占める比率は、大企業と中小企業でそれぞれ9.0%、10.3%であり、企業間信用が、企業の資金繰りにおいても重要な役割を果たしていることが分かる。

とりわけ、高度成長期においては、企業間信用には、金融機関からの借入ができない場合に企業の資金繰りを助けるという重要な機能があった。金融引き締めの時期には貸出原資が不足して融資を絞っていた金融機関の代わりに、取引先の資金繰りに余裕のある大企業(典型的には商社)が、企業間信用を取引先の規模の小さい企業に提供するという形で、企業の資金繰りを助けていた。実際、法人企業統計を用いて分析したUesugi and Yamashiro(2006)でも、高度成長期における企業間信用の伸び率の符号は、金融機関からの借入の伸び率の符号と正反対になる場合が多い。金融機関からの借入が厳しい時にその代わりをするという企業間信用の役割が示されている。

企業間信用のうち手形については、振込の場合に比べて受け取る側の資金繰りにも有用だった。手形を金融機関に持ち込んで割り引いてもらうことで、手形の支払期日以前に資金を得られるからである。もっとも、手形がこのような形で金融機関からの借入手段として広く流通するためには、手形を振り出した者が確実に支払いを行う必要がある。日本では、銀行に当座預金口座を持っている者にのみ統一的な様式にのっとった手形用紙を交付し、銀行が信用力があると判断した者だけが手形を発行できるようにする、かつ、手形を振り出した者が実際に支払いを行わない不渡りを2回起こすと銀行との取引を停止する、という仕組みを作り、それが手形取引の主流になるようにした。これにより、振り出された手形が高い確率で支払われるようになり、手形が幅広く流通するようになったといえる。

もともと手形は、12世紀のイタリアで使われ始めたといわれ、19世紀の英国や米国などでも広く用いられており、日本固有の支払慣行というわけではない。しかし、今日では、手形を国内の商取引の支払手段として広く用いている国は、日本以外では韓国や台湾などに限られている。英国で手形が使われなくなった理由として、期日までに支払わないといけない義務の重さが振出人に嫌われたためという点が指摘されている(Bates and Hally (1982))。これに対して、日本で手形が現在まで流通しているのは、手形の支払いを確実にする仕組みを作ることで手形への信頼性が高まり、受取人やそれを割り引く金融機関にとっての手形取引の利点が大きかったためと考えられる。

使われなくなってきた企業間信用

しかしながら、企業間信用が企業のバランスシートに占める割合は、近年まで低下の一途をたどってきた。1970年代には30%近くあった大企業の総資産に占める買掛金と支払手形合計の比率は、80年代以降低下が続いた。特に手形の利用減少が著しかった。

理由はいくつかある。まず、手形の減少については、発行に伴う印紙税や紙の手形を発行・管理する事務コストの高いことが挙げられる。

高度成長期以降、金融機関の貸出姿勢が次第に積極的になり、企業間信用を代替したためとの指摘もある。オイルショックなどを経て企業の資金需要の伸びが落ち着いたこと、金融自由化により大企業が市場での資金調達を行えるようになったことが背景にある。貸出を行う際にも、不動産などの担保に基づいた貸出の比率が高まり、手形割引による貸出の比率は低下した。こうした中で、特に中小企業において、金融機関からの借入比率が徐々に高まり、企業間信用に依存する必要性が低下したと考えられる。

企業が取引先企業の信用リスクに以前よりも敏感になったという点も、理由の1つとして挙げられる。「企業が資金繰りに詰まると、手形の支払期日の延長を仕入先企業に対して申し込む。こうした企業の信用リスクにかかわる情報が関係者に知れ渡るまでに、以前であれば2、3カ月要していたものが、今は2、3日である」という話をしばしば聞く。今回の金融危機前後に実施したRIETIアンケート調査では、一定期間後の銀行振込や手形による支払いを行う企業の比率が低下し、納入時に即金払いする比率が増加した。これは、景気が急速に悪化したために企業が製品やサービスを納入する先の企業の信用リスクに敏感になり、企業間信用を与えなくなった結果とも解釈できる。

モラルハザードの抑制、情報の非対称性の軽減といった役割に注目するべき

以上から、手形をはじめとする企業間信用が使われなくなったのは、企業の資金繰りに役立たなくなったからではないかという議論がありうる。金融機関が、貸出に積極的で企業間信用が行ってきた役割を果たせるのであれば、企業間信用の利用をあえて推進する必要はない。

しかし、RIETIアンケート調査で得られた企業レベルのデータに基づき、我々が最近行った実証分析(Uchida, Uesugi, and Hotei (2010))によれば、企業間信用にはいくつかの優れた点がある。まず、企業間信用は、買い手企業がモラルハザードを起こしにくい場合(差別化された財を購入していて本来の用途以外に流用しにくく確実に代金を支払いそうな場合、早く支払うと支払金額が割り引かれたり遅く支払うと割り増しされたりする制度がある場合)に、より多く与えられる。また、企業間信用は、仕入先企業と長期の取引関係にあり情報の非対称性の程度が小さい場合に、より多く与えられる。特に、製品の特性やその価値を理解した上で、確実に支払ってもらえそうな企業(モラルハザードを起こしにくい企業)に信用を与えるというのは、金融機関ではなく製品を実際に取り扱っている仕入先企業にしかできない役割である。

このような特長のある企業間信用が、事務コストが高いなどという理由で利用されなくなるのは、効率的な資金配分という観点からは問題である。近年、電子記録債権に関する法制度が整備され、手形などの紙を用いた債権を電子的な手段で代替する試みが始まっている。こうした取り組みにより、買い手企業に確実に支払をさせるという特性を持つ企業間信用のやり取りが再び盛んになることが期待される。

2010年10月12日
脚注
  1. 例外として、工事の実施に多額の資金を要する建設業では、請負業者に対して代金の一定割合を前払いすることが多い。
文献
  • Bates, J. and Hally, D.L. (1982), The Financing of Small Business, third edition, London, Sweet and Maxwell.
  • Uchida, H., Uesugi, I., and Hotei, M. (2010), "Repayment Enforcement and Informational Advantages: Empirical determinants of trade credit use," RIETI Discussion Paper Series 10-E-041.
  • Uesugi, I. and Yamashiro, G.M. (2006), "Trading Company Finance in Japan," International Journal of Business, 11(1), 63-80.

2010年10月12日掲載

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