中小企業の更なる発展の方策~中小企業白書 2010年版から~

青木 洋紀
コンサルティングフェロー

はじめに

中小企業白書は、中小企業基本法に基づく年次報告書であり、約3万部と発行部数が最も多い法定白書である。
2010年版白書(2010年4月27日公表)では、中小企業の更なる発展の方策として、

  • 密度が低下する中小製造業集積の維持・発展
  • 環境・エネルギー政策への対応
  • 少子高齢化時代の新事業展開
  • 国外の成長機会の取り込み
について分析を行った。以下では、それぞれの要点を紹介していく。

密度が低下する中小製造業集積の維持・発展

製造業の事業所数は、1986年から2006年までに約4割減少しており、我が国の製造業の競争力低下を引き起こすおそれがある。この傾向は、全国有数の中小製造業集積である大田区、浜松市、東大阪市でも顕著であり、特に駅周辺や住居地域において著しい。主な理由として、駅周辺では、工場を閉鎖してマンションに建て替えるインセンティブが働くことや住居地域では、周辺住民との関係で製造業を営むことが困難であることなどが考えられる。

図1は、集積内の取引構造を図示したものである。(1)ヒエラルキー図から、浜松市では、多数の取引先を有するハブ企業が重層的に存在する垂直的な取引構造、東大阪市では、比較的取引先の少ない企業同士による水平的な取引構造、大田区では、少数のハブ企業と多数の取引先数の少ない企業が存在する垂直的・水平的な取引構造が確認できる。(2)ネットワーク図から、浜松市では輸送用機械器具、大田区では一般機械器具、東大阪市では金属製品を営む企業が多く、3市区ともに取引先を全国に展開するハブ企業の存在を確認できる。これらの企業の中には、我が国の製造業の根幹を支える高度な技術や工程を担う企業やこれらの強みを活かして集積外から仕事を獲得してくる企業が存在し、集積内外の企業との取引の要となっている。

図1:3市区の取引構造図1:3市区の取引構造[ 図を拡大 (PDF:1.24MB) ]

我が国の製造業の競争力を維持・強化するためには、集積の強みである技術や工程の喪失を防ぐために事業の引継ぎを円滑化することや、個々の企業の強みを活かすことのできる中小企業の連携を確保することが重要である。

環境・エネルギー制約への対応

中小企業は、我が国のエネルギー起源二酸化炭素の12.6%を排出しており、二酸化炭素排出量を削減する上で重要な存在である。部門別に見ると、製造業を中心とする産業部門では11%、サービス業を中心とする業務部門では43%を占めている(図2)。多くの中小企業は、照明の消灯等の「運用による省エネ」には取り組んでいるが、小規模な企業ほど、設備の導入等の「投資による省エネ」には取り組む余裕がない。中小企業は、無料省エネ診断サービスや補助金・税制等の支援制度、ESCO事業、国内クレジット制度を活用して更なる省エネに取り組むことが期待される。

図2:主要業種における中小企業のエネルギー起源二酸化炭素の排出量の推計図2:主要業種における中小企業のエネルギー起源二酸化炭素の排出量の推計[ 図を拡大 (PDF:103KB) ]

また、中小企業の中にも、環境・エネルギー制約をチャンスととらえて、自社の技術やノウハウを活かして、他者の省エネ支援や地球温暖化抑制に寄与する製品を開発する企業が存在する。今後、中小企業もグリーン・イノベーションを推進し、我が国の二酸化炭素排出量の削減に取り組むことが期待される。

少子高齢化時代の新事業展開

少子高齢化により生産年齢人口が減少する中、中小企業では、大企業と比較して、女性や高齢者の従業者に占める割合が高く、労働の多様化が進展している。仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に取り組む中小企業は、従業員の意欲のみならず仕事の生産性や従業員の定着率が向上したと回答する割合が高い(図3)。中小企業は、ワーク・ライフ・バランスに一層取り組み、多様な人材を更に活用していくことが重要である。

図3:ワーク・ライフ・バランスへの取組が定着率や生産性に及ぼす影響図3:ワーク・ライフ・バランスへの取組が定着率や生産性に及ぼす影響[ 図を拡大 (PDF:87KB) ]

また、高齢者数の増加に伴い医療・介護分野における需要増加が見込まれる中、必要な仕事に必要な人材が就くために、業種間の人材移動や定着のための環境づくりを進めていくこと、最先端の医療技術や健康食品の開発等のライフ・イノベーションにより新たな需要をとらえて新事業展開を行っていくことも重要である。

国外の成長機会の取り込み

アジアを中心に需要が増加することが見込まれる中、我が国の中小企業は、国外の成長機会を自らの成長に取り込んでいく必要がある。

国際化を行った中小企業は、現地のネットワークを通じて市場が拡大することなどにより、その労働生産性および国内の従業者数が増加し、更なる成長を実現している(図4)。しかし、中小企業の中には、労働生産性が高いにもかかわらず、輸出や直接投資を行わない中小企業が多く存在する。こうした中小企業は、国際化することにより更なる成長を実現できる可能性がある。輸出や直接投資を行わない理由としては、情報・人材・資金面の課題を挙げる中小企業が多い。政府が、これらの課題解決を支援することにより、我が国の中小企業が国外の成長機会をより一層取り込むことが可能になると考えられる。

図4:直接投資開始企業と直接投資非開始企業の国内の従業者数(中小企業)図4:直接投資開始企業と直接投資非開始企業の国内の従業者数(中小企業)[ 図を拡大 (PDF:132KB) ]

また、貿易の自由化は中小企業にとってもプラスの影響があり、自らの強みを活かして、アジアを中心に増大する需要を取り込むことが重要である。

おわりに

我が国の産業、雇用、暮らしを支える中小企業の発展なくして、我が国の成長はあり得ない。今後、中小企業が個々の強みを活かして、危機や課題を乗り越えていく中で、更なる発展を遂げていくことが期待される。

2010年7月6日

2010年7月6日掲載

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