中国における地域間格差

加藤 篤行
研究員

近年の中国研究では目覚ましい経済成長という改革開放政策の光だけでなく、西部地域の発展の遅れによる地域間格差の深刻化という影にも大きな関心が集まっている。高度成長下にある中国でその同じ期間に地域間格差が拡大している原因はどこにあり、それは今後解消または改善され得る性質のものなのであろうか。この問いに対する答えを求めることは、移行経済、開発経済の問題について更なる理解を深めるためにも意義深いことである。

地域間格差の推移と現状

中国は1978年12月に改革開放政策に転じて以降、鄧小平による有名な「先富論」に従ってまず沿海部の経済発展を優先させてきたが、この間地域間所得水準の格差が一貫して拡大し続けたかと言えば見方によっては必ずしもそうとはいえない。当初は広東省・福建省など沿海部各省の相対的な所得水準が必ずしも高くなかったこともあり、省別1人当たり実質GDPについて変動係数(標準偏差/算術平均:相対的な散らばりの尺度)を時系列に求めると1990年頃まではほぼ一貫した低下傾向にあり、その後は一定水準で推移している(注1)。つまり、相対的に見れば中国の省別所得水準は80年代を通して収束し90年以降も目立って格差が拡大したわけではない。所得水準トップの上海と最下位の貴州省の差を比較しても、1978年(5134対538:RMB)と2003年(33667対3280:RMB)で両者の差はともにほぼ10倍で大きな変化は見られない(注2)。しかし無論絶対値での所得格差は拡大し続けており、むしろそれこそが問題視されている。

また、1978年以降中央政府による地域間の所得再分配機能が低下した一方で生産性成長率の地域間格差は固定化しているため、現状のままでは将来的にも所得格差が縮小することはほとんど考えられない。筆者の分析においても、80年代と比べて90年代には相対的な所得水準とTFPレベルの相関が高まっていることが確認されている。そこで格差解消という目標に向けては、これら省別・地域別の生産性成長率の格差がいかなる要因で生じているかを明らかにすることが重要となる。

市場経済化や対外開放は格差を拡大させているのか

改革開放のスローガンが示すとおり、中国の経済発展は市場経済の導入という経済改革と対外貿易拡大・外国資本導入という対外開放政策を2つの柱として進められてきた。単純に考えれば、これらの政策が先富論に従って広東省など一部地域から段階的に導入され、市場化度、貿易依存度・外資導入額などに大きな格差が生じていることが成長率の格差を生み出しているように思える。また、この考え方に従えば改革開放政策の拡大に伴って外資の内陸部への誘導などにより、後発地域のキャッチアップが期待できると考えることも可能である。しかし果たして本当にそうなのであろうか。中国において市場化が生産性に与えている影響については、実証分析ではプラスの影響を見出したものもあれば有意な関係を見いだせなかったものもある。これは市場化の測定自体が困難であり、正確性を欠いていることも一因と考えられるが、市場経済化を生産性向上に結び付ける要因の存在が推定に影響を与えていることも考えられる。

一方で、Lardy (1998)によれば、中国式の段階的な市場経済化は非効率な企業の市場による淘汰を阻害し、多くの問題を生み出しており、必ずしもプラスの効果にはつながっていない。対外開放度についても慎重な考察が必要であり、公式統計を用いて貿易依存度(貿易額/GDP)を計算し比較すれば、地政学的な理由から沿海部と内陸部には大きな格差が存在しており生産性成長や所得水準の格差を上手く説明できているように見えるが、新疆など西部地区にも貿易依存度が相対的に高い地域は存在し且つそれら地域の成長率は決して高くない。貿易(特に輸出)の生産性成長への効果はChuang (1998)がモデルで明らかにしたように、その規模だけでなく貿易相手の生産性水準や貿易品目の構成によっても大きく異なることが考えられる。このように見てみると、改革開放の内陸部への拡大により地域間格差が縮小するというのはかなり楽観的な期待であり、むしろ改革開放の効果を十分に引き出すための条件が何であり、それをいかに整えることが出来るかが議論されるべき問題であることがわかる。

内陸部発展の条件

では、その条件とは何なのであろうか。ごく一般的にインフラ整備と教育水準の不足が経済発展のボトルネックになることは想像がつく。特に教育に関しては、1982年と2000年の労働者平均就学年数によって比較する限り地域間格差はほとんど解消しておらず、最長の北京(1982,2000)と最短の雲南(1982)・貴州(2000)の格差は4.0年から4.15年に拡大している(林、2001)。

また、Young (2000)や関(2005、RIETIコラム)でも指摘されているように、国内における省間貿易が改革解放期にむしろ弱まったことが内陸部には大きな不利益となっている。地政学的に海外貿易には不利である西部地域は、それでも本来国内先進地域を対象とした貿易によってキャッチアップを図ることができるはずであるが、中央から省への権限委譲は各省において省益保護政策をもたらし、現在の深刻な格差を固定化する原因にもなっている。これらに加えて、農村地域の活性化も不可欠な条件であると考えられる。実証分析においても労働生産性成長と農村住民の相対的な所得水準にプラスの関係が見出されており、中国における都市と農村の人口比率や都市のキャパシティを考えても、農業の近代化のみならずかつての人民公社から発展した郷鎮企業を市場経済の中で活性化させ農村地域の所得水準を引き上げることなしに格差縮小は実現し得ない。

これらについては中国政府ももちろん深く理解しており、2005年の第11次5カ年計画では地域間格差縮小のためのさまざまな提案がなされている。しかしながら、その実現は各省の予算制約や既得権益に抵触し、さらには成果が即座には見えてこない地味で息の長い活動への予算配分という政治的インセンティブの低い政策が必要とされるものである。そのため、総論でその必要性を理解していても、実現はかなりの政治的チャレンジであると考えられる。

2008年6月24日
脚注
  • (注1)中国は公式統計において実質GDPを公表していない。本稿での議論は公式統計に基づいて求められるインプリシット・デフレーターにより筆者自身が計算した実質GDP値に依存している。なお、データ不足のため海南省とチベット自治区は含まれていない。
  • (注2)RMB=人民元
文献
  • Lardy N. (1998), China's Unfinished Economic Revolution, Brookings Institution, Washington D.C.
  • Young A. (2000), "Gold into Base Metals:Productivity Growth in the People's Republic of China during the Reform Period," NBER Working Paper, No. 7856
  • 林燕平 (2001)、「中国の地域間所得格差-産業構造・人口・教育からの分析-」日本経済評論社
  • Chuang Y-H. (1998), "Learning by Doing, the Technology Gap, and Growth", International Economic Review, 39(3), 697-721

2008年6月24日掲載

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