労働市場制度改革:日本の働き方をいかに変えるか

鶴 光太郎
上席研究員

経済産業研究所は、来る4月4日(金)に「労働市場制度改革:日本の働き方をいかに変えるか」をテーマに政策シンポジウムを開催する予定である。具体的な内容やスピーカーについては当研究所のサイトでご覧いただくとして、本稿では上記シンポジウムのねらい、考え方について紹介したい。

まず、本シンポジウムは、昨年1月に経済産業研究所のプロジェクトとして発足し、中間報告的なワークショップを含めこれまで11回ほど開催してきた「労働市場制度改革研究会」における個々のメンバーによる議論、分析、成果を中心に世に問う場として位置付けてある。

政策シンポジウムのねらい

そのねらいは、まず、第一に、日本の労働市場制度(labor market institutions)の新たな「かたち」、その改革の方向性、考え方を提示することである。ここで、我々が目指しているのは「労働市場制度改革」であり、通常使われる「労働市場改革」ではないことに注意が必要である。「労働市場改革」という言葉の中には、「労働市場をより効率的にし、市場メカニズムを働かせるために必要な改革」というニュアンスがある。一方で「労働市場をモノが取引される通常の市場と同じ次元で考えてもらっては困る」という意見も根強い。我々のアプローチは、むしろ、どのような市場であれ市場がうまく機能するためにはそれを土台から支えるインフラストラクチャーとしての制度が重要であり、その制度も民が自発的に形成する私的秩序(ソフトな制度)と官が法律・規制などで強制する公的秩序(ハードな制度)のインタラクション、連携が重要であるとの「比較制度分析」の基本認識に立脚している。

第二は、「労働市場制度」の新たな「かたち」を考えるため、法学、経済学、経営学など多面的、学際的な立場から、理論・実証的な研究が組織されていることである。今回のシンポジウムのスピーカーは労働法学者5名、経済学者7名、経営学者1名となっており、それぞれのセッションでは基本的に法学者と経済・経営学者が組み合わさって発表を行うこととなっている。個々の労働者の権利や公正性に着目する法学者と市場全体や資源配分の「効率性」を重視する経済学者。また、既存の制度を出発点に改革を考える法学者と経済学的な最適状態を到達点に改革を考える経済学者。双方とも立場は異なるが、制度に着目するということで両者の間に接点が生まれ、コラボレーションが可能となっている。労働者、雇用形態の多様化、格差問題の深刻化といった難しい問題を扱うためにはこうした複眼的な見方が不可欠となっているのである。

第三は、「労働市場制度」全般に目を向けながらも、それぞれの構成要素の相互関係や制度補完性に目配りし、特に、縦割り・垣根を越えた見地から包括的な労働法制のあり方について考察することである。この問題は改革の中身だけでなく、改革を生み出していく政策決定プロセスまでも見直すことにも繋がる。たとえば、非正規雇用についても、その形態によりパートタイム労働法や労働者派遣法などに分かれており、共通ルールの設定が重要な課題となっている。このように、「木を見て森を見ず」ではなく「広角レンズ」の視点で制度改革を考えていく必要がある。

第四は、諸外国の経験や分析から学ぶことである。もちろん、労働市場は国毎に制度や歴史的背景も異なり多様である。しかし、そうした差異を考慮に入れても政策や改革を考える際に諸外国の経験から学ぶことは大きい。日本の場合、何かとアメリカの例が引かれることが多いがむしろ労働市場や雇用システムに関してはヨーロッパの経験が参考になる。たとえば、正規雇用、非正規雇用の格差問題、労働市場の二極化も有期契約労働の規制緩和が進展したスペインやフランスでは既に90年代から大きな問題となっている。また、ヨーロッパがアメリカと比べて企業家精神やイノベーションで遅れをとっているのはむしろ労働市場に問題があり、解雇規制が強すぎることが企業のリスク・テイキングを抑制しているからだという認識も強まってきている。このようなヨーロッパでの経験や分析の日本への政策インプリケーションは大きいといえよう。

労働市場問題にメスを入れずして日本の発展はない

「失われた15年」においては銀行の不良債権問題を中心に金融が日本経済の大きな改革テーマであった。しかし、長期の経済停滞を乗り越え、さらに新たなフロンティアを目指して安定的に発展していくためには人や働き方の問題に大胆にメスを入れる必要があるには明確である。しかしながら、過去2年ほどの議論を振り返るとホワイトカラー・エクゼンプションや包括的な労働法制改革を目指した労働ビックバンなどは、労使の対立が並行線を辿ったり、政治的にタブーとなったため、残念ながら生産的な議論は十分行われなかった。そうした状況も反映して、最近の労働や雇用の改革のテーマは「ワーク・ライフ・バランス」に偏っているようにもみえる。

しかし、非正規雇用全体の待遇格差を筆頭に労使双方にとっても必ずしも解決が容易でない問題は依然積み残されたままである。労働者と使用者、法学者と経済学者など立場の異なる者達が包括的な労働市場制度の改革のあり方について同じ土俵に立って議論できるような出発点を本シンポジウムが提供することができれば幸いである。

2008年3月25日

2008年3月25日掲載

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