事業戦略から見た日本企業の研究開発:RIETI発明者サーベイからの知見

長岡 貞男
研究主幹・ファカルティフェロー

RIETI発明者サーベイのねらい

日本経済の今後の成長のために企業、大学等における優れた研究開発とそれによるイノベーションが極めて重要であると考えられるが、研究開発の目的・動機、知識源、スピルオーバー、研究開発実施への資金制約、成果活用への制約、発明者の方の動機などについての社会科学的知識は非常に限定されている。研究開発の現場の方からこれらの情報を直接収集することで、日本の研究開発の構造的な特徴への理解を大きく深め、政策研究も進めることができると考えられる。経済産業研究所では、このような目的に立って、「日本企業の研究開発の構造的特徴と今後の課題」研究プロジェクトの一貫として、日本の研究開発を担って居られる発明者を対象に、その発明とそれをもたらした研究開発プロジェクトについての調査を2007年1月から6月にかけて行った(以下「RIETI発明者サーベイ」)。この結果、5300件に近い回答を得ることが出来た。日本で始めて実施された、研究開発プロジェクトについての体系的調査である1

以下では、本調査を利用して、企業の事業戦略の観点から日本企業の研究開発の特徴の分析にフォーカスをして、本調査で得られた知見の一端を紹介したい。RIETI発明者サーベイは3つのサンプルを対象にしている。3極出願特許は日本、米国および欧州特許庁(EPO)全てに出願され、米国では登録されている発明であり、サンプルの約7割を占める。非3極出願(審査請求済みの日本特許)が3割、非常に少数のサンプル(約120件)がナノテク・材料などの重要技術分野および標準関連の重要特許である。大半の特許は優先権主張年(あるいは出願年)が、1995年から2001年である。

研究開発の事業目的

研究開発においても「選択と集中」の重要性が指摘されているが、企業は、コア事業2の強化とそれ以外の分野の研究開発それぞれに、どの程度の比重をおいているのであろうか、またそれぞれの分野でどのようなトレードオフに直面しているのであろうか。図1によれば、3極特許の場合と非3極特許の場合では結果は近く、回答のあった研究プロジェクトの頻度において、「既存事業強化」が約7割、「新規事業の立ち上げ」が約2割、「当面の事業とは直結しない企業の技術基盤の強化」が約1割である。したがって新規事業の立ち上げの目的を含めると、企業の研究開発の9割は事業戦略と密接な関係がある。また全体の約5割の研究開発は企業の既存コア事業の強化に向けられている。但し、標準・重要技術分野の特許をもたらした研究開発では、4割が新規事業の立ち上げ、2割が当面の事業とは直結しない企業の長期的な技術基盤の強化をねらいとしている。

事業目的毎の研究開発のトレードオフ

コア事業に関連した研究開発は、企業内にその成果を活用出来る補完的な資産があるので、成果を自社内で実施出来る可能性は高まると考えられる。そのため、たとえ技術的な水準が低い研究成果でも企業にとっては採算がとりやすい。他方で、製造設備などは既存の補完的な資産の利用可能性に拘束されるので技術的な飛躍はしにくい可能性がある。このような考察から、コア事業分野の研究開発は成果の自社実施率は高いが、新たな科学技術の取り込みでは制約を受けるトレードオフ関係があることが示唆される。実際、次の図2は、3着想における科学技術論文の重要性について、コア事業分野とそれ以外の分野の研究開発の特徴を比較しているが、コア事業を対象にした研究開発において、その成果の社内における実施率は最も高いが(63%)、他方で着想における科学技術論文の利用においては新規事業の立ち上げあるいは技術基盤強化を目的とした研究開発よりも水準が低いことがわかる(着想において科学技術論文が非常に重要と回答した割合がコア事業では15%に対して新規事業立ち上げでは21%)。また特許の価値の経済的な評価で上位25%以内に入る成果の割合において、新規事業立ち上げの場合の方が高い。

研究開発における協力:ユーザー、サプライヤー、大学との共同発明

企業はコア事業から多角化を志向すればするほど、市場の理解を深め、新たな技術能力の獲得の必要性に直面することになり、研究開発における外部組織との協力関係の構築が重要になると考えられる。次の図3は、事業目的毎に、外部機関の共同発明者が存在する頻度とその類型を示している。これによると、予想と整合的に研究開発の目的がコア事業強化の場合に外部共同発明者が存在する割合は最も低く(発明の10%)、非コア事業、新規事業立ち上げ、企業の技術基盤強化の順でその割合は17%まで増大する。また、企業の技術基盤強化以外では顧客・製品ユーザーが共同発明者となる頻度が最も高く、その次に設備、材料、部品、ソフトウエア等のサプライヤー企業である。ユーザーは事業目的の研究開発で重要な役割を果たしている。他方で、企業の技術基盤強化のための研究開発では大学など高等教育機関の研究者が共同発明者となる頻度が最も高くなる。

今後の予定

以上、事業戦略との関係で日本の研究開発の特徴の分析にフォーカスして調査結果をご紹介した。調査結果の全体の概要は11月中旬には本ホームページからディスカッション・ペーパー(「発明者から見た日本のイノベーション過程:RIETI発明者サーベイの結果概要」)として公表予定である。また、米国のイノベーション過程との比較が重要であるとの認識から、ジョージア工科大学との協力で、日本とほぼ同じ調査票を利用して米国でも調査を行っており、2008年1月11日(金)に開催するRIETI政策シンポジウム(「イノベーションの過程とそのパフォーマンス:日米欧発明者サーベイからの主要な発見と教訓」、大手町サンケイプラザ)では、この結果も活用して分析結果を報告する予定である。国際比較分析によって日本のイノベーションの構造的な特徴がより明らかになり、今後のイノベーションのあり方についてもより深い議論を行うことができると考えられる。ご興味のある方は近日中にRIETIのホームページからアナウンスされるプログラムを是非ご参照されたい。

2007年11月6日
脚注
  • 注1) RIETI発明者サーベイは、欧州で2003年から2004年にかけて行われたサーベイ(PATVAL-EUサーベイ)に依拠すると同時に、本コラムで紹介する項目を含めて、調査票の設計で多数のオリジナルな質問を追加している。
  • 注2) サーベイでは、「コア事業」を企業が当該分野で市場において競争優位を確立しており、企業の売上げと収益の核となっている事業と定義している。

2007年11月6日掲載