担保主義からの脱却は必要か

植杉 威一郎
研究員

はじめに

担保(特に不動産)や保証人を提供しないと企業がお金を借りられないという、いわゆる担保主義が指摘されて久しい。果たして、担保主義はどの程度深刻な問題なのだろうか。不動産担保を持たないが将来性のある企業は、金融機関が担保主義では資金調達ができない。不動産担保に依存しないお金の流れが必要な理由はここにある。この点については、金融機関や政策当局によって既に改善に向けた努力がなされている。たとえば、金融機関はビジネスローンの規模を急速に拡大しており、担保を持たない企業の資金調達手法として重要性を増している。加えて、設備などの動産を登記できる制度が昨年スタートし、不動産以外の資産を担保にした資金調達が従来よりも容易になっている。

担保・保証人の役割をあまり認めない行政

他方、既に土地などを提供して資金調達を行っている企業でも担保主義からの脱却は必要だろうか。金融庁などは、こうした場合でも担保・保証人への依存を低くするべきと考えているようだ。「経営内容や事業の成長性などリレーションシップの中から得られる定量化が困難な情報を活用した融資が十分に行われておらず、むしろ担保や保証に過度に依存しているのではないか」(『リレーションシップバンキングの機能強化に向けて』、金融審議会金融分科会第2部会)との現状認識を持っており、リレーションシップバンキングを確立する上でも担保主義からの脱却が必要と感じているように窺える。金融機関と企業との間の無形の情報交換を促すためには、担保・保証人の役割は縮小すべきということでもある。バブル期には、金融機関が不動産担保を重視した融資を行い、企業とのリレーションシップや事後的なモニタリングが軽視されたという指摘が多くなされている。これらを踏まえれば、担保・保証人とリレーションシップを代替的と捉える見方にも一理ある。

データから見える担保・保証人の意義

しかしながら、最近の日本のデータを用いた分析によれば、担保・保証人には、金融機関と企業のリレーションシップを補完する役割があり、一概に担保主義から脱却すべきということはできない(注1)。我々が企業レベルのデータを用いて実証した結果( Ono and Uesugi (2005))に基づけば、担保・保証人を提供したからといって、リレーションシップが損なわれるわけではなく、両者はむしろ補完的な関係にある。集計統計を見てみよう。

担保・保証人の提供比率とメインバンクによって提供されるサービス数との関係

メインバンクによって提供されるサービスには、預金口座の提供、外為取引、取引先の紹介などさまざまなものがあるが、ここでは、企業と金融機関のリレーションシップの濃さを示す指標としてこれらサービスの数を用いる。サービス数が多いほど、すなわち、リレーションシップが濃いほど、担保を提供する企業の比率が増加することが分かる。たとえば、全サンプルにおいて、メインバンクからせいぜい1つのサービスを提供されている企業では48.6%が担保を提供するに過ぎないのに対し、5つ以上のサービスの提供を受けている企業では84.9%の企業が担保を提供している。この結果は、信用リスクが同じ企業同士を比べても、その他のさまざまな要素を考慮した推計を行っても変わらない。

もちろん、担保や保証人を提供する場合にリレーションシップが密になるという補完関係が、常に好ましいとは限らない。リレーションシップの価値が高まるほど金融機関側の交渉力が強まり、担保・保証人の提供を含めたより厳しい取引条件を企業に求める可能性もあるからだ。もっとも、我々の分析からは、リレーションシップが深まるにつれて企業の支払金利が低下することが分かっており、担保・保証人以外の取引条件は、むしろ借入企業側に有利になっている。これらを踏まえると、金融機関と企業が密接な情報交換を行うリレーションシップを構築する際に、担保・保証人の存在がポジティブな役割を果たしているし、リレーションシップの深まりによってもその意義は薄れないといえる。

今後の課題-担保・保証人を踏まえた金利設定の必要性-

担保資産を持つ企業・保証人を提供できる企業については、金融機関は、企業のモラルハザード抑制を期待して担保・保証人を得ている。加えて、担保・保証人と金融機関=企業間の密接なリレーションシップは両立する。我々は、こうした担保・保証人の役割を再評価し、金融機関と企業との間に存在する情報の非対称性を緩和する努力を行うべきだろう。

もちろん、改善すべき点もある。金融機関は、企業側に担保・保証人を積極的に提供するインセンティブを与える必要がある。担保・保証人の提供によって信用リスクは低減するので、金融機関はそれを反映した金利設定をするべきである。しかしながら、これは日本の中小企業向け貸出では必ずしも実現していない。我々の推計では、個別企業の信用リスクを勘案した上でも、担保・保証人を提供している企業の支払金利は、提供しない企業の支払金利を下回るどころか有意に上回っている(担保提供企業では+0.22%、保証人提供企業では+0.09%分だけ何も提供しない企業に比して金利が高い)。

従来の担保主義は一概に否定されるべきものではない。しかし、担保・保証人が果たす機能を有効に活用する上でも、日本の金融機関には、適切な金利設定を行うことで企業が担保・保証人を提供するインセンティブを高めるなど、更なる努力が求められる。

*フェローの肩書きは執筆当時のものです。

2006年6月20日
脚注

2006年6月20日掲載

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