イノベーターの高齢化?

後藤 晃
ファカルティフェロー

少子高齢化の傾向はわが国の経済、社会に大きな影響をおよぼし始めている。社会保障制度については早くから問題となっているが、技術の分野においても、さまざまな議論がなされている。たとえば、技術者については、いわゆる団塊の世代の退職に対応してどのように熟練を継承していくか、といった点などが問題となっている。

研究者にとっては、創造的な仕事をするのはおおむね若いときであろう。アインシュタインは26歳のときにその画期的な研究を行っている。年齢を重ねるにつれて創造的な研究をする人は少なくなる。この主要な理由は年齢とともに努力をしなくなってくるからだそうで、耳の痛い話である。

この100年で高齢化するノーベル賞受賞者

ノースウェスタン大学のベンジャミン・ジョーンズは、20世紀の初めと終わりで比較すると、この100年の間にノーベル賞受賞者や、画期的な技術開発をした人々が偉大な業績となった研究をしたときの年齢がかなり上昇している、という事実を見出している。なお、後で詳しく述べるが、ここで急いで付け加えておくと、ジョーンズはこれは一般的な社会の高齢化すなわち高齢者の割合が増加した結果ではない、と述べている。

この研究は、ノーベル賞受賞者や画期的な技術開発をした人々がその研究に成功したのは何歳のときであったかを、20世紀の初めから終わりにいたるまでの間についてデータを集め、これをもとに周到な統計的な分析を行った、きわめて興味深いものである。研究者が大きな業績をあげた研究をした時の年齢は20世紀の初めから終わりの間の100年の間に、6歳高齢化している。また、偉大な業績をあげた年齢の分布をこの2つの時点で比較すると、高齢の方向へ8年も移動しており、20世紀の初めにおいては平均して23歳で偉大な科学技術の業績を上げ始めていたのに対し、20世紀末では開始の時期が31歳ということである。しかも、大きな業績を上げなくなる年齢にはほとんど変化がない。

興味深いのは、野球のMVPや陸上の世界記録保持者などの偉大なアスリートがピークの成績を残した年齢はこのような変化が見られない、ということである。すなわち、高齢化は知識の生産にかかわる人に固有の問題である。

ジョーンズは偉大な業績を上げ始める年齢が"高齢化"している理由は、最近においては教育の期間が長くなって、昔であればすでに自らで創造的な研究を開始していた時期にまだ教育をうけているからだ、としている。もはや創造的な業績を生み出せなくなる年齢は高齢化していない、ということは、偉大な研究者がそのライフサイクルのあいだに偉大な業績をあげる期間が短くなっていることを意味している。ニュートンのいう過去の研究による知識の蓄積という「巨人の肩」の上にのぼるまでに時間を使い果たしてしまい、到達した時には残された時間が余りない、ということかもしれない。このことは、1人の科学者、技術者がうみだす偉大な科学的成果、イノベーションそのものが少なくなっていることになり、これはもしそうであれば、重要な問題をはらんでいる。実際、研究者1人当たりの特許の数や生産性への貢献が長期的に低下してきていることが指摘されており、ジョーンズのこの発見はこれと符合している。ジョーンズのback of the envelope的計算によれば米国において1人の研究者の生産性への貢献は1900年から2000年の間に約3分の1になっているとのことである。

問われる研究成果を最大化する人材育成のあり方

ただし、ジョーンズがここで取り上げているのはノーベル賞や画期的な技術開発であり、生産性の上昇には、偉大な発明発見に勝るとも劣らず細かな技術の改良の積み重ね、累積的な技術進歩が大きな役割を果たしている。その意味で、画期的な発明、発見の議論を生産性の議論に結びつけるのには、注意が必要である。

最も創造的な研究が出来る時期を教育をうけることに費やさなければならないために結果的に創造的な研究が少なくなっている、ということであれば、若い時期にさらに高度な教育をうけるか、自ら創造的な研究に従事するか、というトレードオフの中でどのようなバランスをとれば研究成果を最大化できるか、ということを考えていかねばならない。

第3次の科学技術基本計画では人材育成が1つの大きなテーマとなっている。科学の進歩に伴って、そのフロンティアに到達するまでに長い時間がかかるようになってきているとすると、いかにしてこれを短期間に成し遂げ、自らの創造的な研究を早く開始出来るような環境を作ることが重要になってくる。科学が高度化しているからといってそれに伴って教育を受ける期間をそのまま長くしていくのではなく、大学、大学院の年限、教育方法など再度、検討していくことが必要である。どのような形の人材の育成のありかたがもっとも望ましいのか、かなり基本的なところから考えていく必要がありそうである。

2006年2月21日
文献
  • Benjamin F. Jones, "Age and Great Invention", NBER Working Paper 11359

2006年2月21日掲載

この著者の記事