部品、モジュールの摺り合わせから知の摺り合わせへ
2月14日、経済産業研究所の主催で、「日本のイノベーションシステム:強みと弱み」と題するコンファレンスが行われた。その中で、筆者は中馬宏之ファカルティフェローの報告に興味をもった。以下はこの報告に触発されたものである。
中馬氏は、「日本は摺り合わせ型産業に強い、といわれるが、究極の摺り合わせ型産業である半導体露光装置産業で、先行してきた日本の2社がオランダのASML社に追い上げられシェアを落としてきているのはなぜだろうか」という問題をまず提示し、その原因を探ることを試みた。その主要な原因のひとつは、ASML社が大学、国研を上手に利用し、科学技術的知識をそこから学んでいることにある、としている。産業にとって高度な科学的知識が重要になるとこのような外部の科学知識の利用を行っていくことが必要となってくるのである。
筆者も同様の指摘を『サイエンス型産業』(NTT出版 2003)でおこなった。日本の企業は、自社内に広く散在している知識を集めてひとつの文脈に編集して利用することに長けている、という点は野中郁次郎氏の一連の研究で世界的に広く知られている。しかし、このことがかえって、組織を超えた知の利用、あるいは組織を超えた“知のすり合わせ”を困難にしているのではないだろうか。産業技術にとって科学的知識の重要性が増大してくるにつれて、部品やモジュールの摺り合わせから、異なるディシプリン、異なる位相の“知の摺り合わせ”が重要となってくるのではないだろうか。
ナショナル・チャンピオンとグローバル化
やや皮肉なことに大陸欧州においてこのような知のすり合わせの基盤を作った背景には、古いナショナル・チャンピオン的な産業政策があるように思われる。ナショナル・チャンピオンを育て上げる政策は、かつてフランスがコンピュータ企業のブルをさまざまな保護育成策をとって育成しようとして失敗し、そのほかにも同様のケースが相次ぎ、bad ideaの典型とみなされている。しかし、競争がグローバル化するにともない、競争の土俵が世界市場になり、一国のチャンピオンであっても世界的な競争にさらされるようになってきている。WTOルールのもとで、世界市場での競争を前提に、自国の代表的企業をサポートする政策が大陸欧州ではとられている。筆者は近年、各国の国研を見て回っているが、ドイツ、オランダ、ベルギー、フィンランドなどの国では自国の代表的企業をサポートすることが国研の重要なミッションになっており、同様にそこでは大学も大きな役割を果たしている。これらの国では、シーメンス、フィリップス、ノキアなどの企業の研究所とまさに隣りあわせで国研と大学が立地している。また、大学の教授が国研の所長などの主要ポストを兼ねている場合が多い。そうして、チャンピオン企業の研究開発を国研が請け負い、それを実際に行うのは大学院生である。院生はそれで給料を得るとともに、その研究で博士号をとる。ちなみに院生は博士号取得後は、その企業に勤めるか国研に勤める場合が多い。チャンピオン企業に勤めたものはやがて、自分が国研に研究委託を発注する側にまわることになる。このような人の流れの中で知の摺り合わせがスムーズに行われ、人材が育ち、流動している。チャンピオン企業はWTOルールのもとで世界市場で競争しているので過保護になる心配は少ない(ちなみに、研究開発サービスの政府調達、という新しい問題が起こる可能性はあるかもしれない)。
産業政策の再構築へ
このような大陸欧州の状況と比べて日本はどうであろうか。日本は同一分野で有力な企業が数社存在しており、これらの企業が激しく競争してきたことが日本の競争力の原動力となってきた。競争を維持していくことは今後も重要であるが、このことが同時に政策的な支援の方法論を構築することを困難にしていることも事実である。複数の有力な企業がいる中で効果的な産業技術政策を推進していくには、たとえば、コンソーシアムの組織論を理論的に研究していくことが重要である。日米の経済摩擦、市場と政府の役割分担をめぐる混迷から産業政策が立ち上がるには、このような理論的なレベルから再構築していくことが必要である。
また、国研についても、大陸欧州は前述したように、有力企業、大学と隣接して立地している。国研が国のイノベーションシステムで要の役割を果たすことの重要性が最近注目されているが、フラウンホファー(ドイツ)、TNO(オランダ)、IMEC(フランダース)、VTT(オランダ)などの国研はこのような役割を果たしている。最近のクラスターについての理論や経済地理学でも地理的近接性の重要性が強調されている。知の摺り合わせのためにはこの点は必要条件である。筑波に立派な研究所をかまえている日本の国研も、大学や企業の中あるいは隣接して研究センターを開設していくことなどの手段を検討し、日本のイノベーションシステムの中でより積極的にその優秀な研究能力を活用していくことが期待される。