経済産業研究所と学問の自由

荒木 一郎
上席研究員

今般、研究調整ディレクターの職を辞し、横浜国立大学で教鞭をとることとなった。過去約2年間にわたり、無能かつ怠惰な管理職として研究所内外の皆様に多大のご迷惑をおかけしたが、何とか無事勤め上げることができたのはひとえに皆様のご理解とご支援のたまものであり、深く感謝申し上げる次第である。常に自己の能力の限界を感じる日々であったが、それでも極力心がけていたのは、良好な研究環境の維持ということであった。

「学問の自由」という概念

さて、良好な研究環境というとき、物理的な環境もさることながら、やはり学問研究の自由が保証されていることが最も重要である。我々は政策研究に従事する言論機関として、研究成果の普及と政策提言を積極的に行うことが期待されているのだから、フェローが自由にものを考え、成果を発表する自由が保障されていなければ、我々は存在意義を失ってしまう。

ところで、日本国憲法第23条は、「学問の自由は、これを保障する」と規定している。学生時代に聴いた法学概論の講義で、先生が「法律は文学となじまないと思っている人がいるかも知れないが、日本国憲法には俳句があるんです。ほら」と言って第23条の条文を読み上げたのを覚えている。たしかに五七五にはなっている(ちなみに短歌もあって、それは第82条1項である。興味のある人は六法全書を開いてみてください)。

憲法の教科書によると、「学問の自由」という概念は市民的自由の保障の十分でなかったドイツで発達したもので、英米仏の憲法の伝統にはなかったものだそうである。これらの国では、学問研究の自由は一般的な市民的自由(思想の自由、言論・出版の自由)に当然に包摂されると考えられていた。ドイツでは、一般に言論の自由の保障が十分でなかったからこそ、特権を与えられた大学の中で教授に特別の自由が与えられたのだそうである。言うまでもなく、戦前の日本における権利保障状況は、ドイツ以下であった。日本国憲法の起草者が"Academic freedom shall be guaranteed."と書いたとき、彼らの念頭にあったのが戦前の思想弾圧事件(瀧川事件や天皇機関説事件)であったことは想像に難くない。学問の自由の保障があえて言論の自由とは別立てで特記されているのは、このような歴史的背景がある。

政策研究に従事する言論機関として研究の自由を確保する為には

しかし、仮に制定過程がそういうものであったにせよ、憲法が学問の自由を基本的人権として保障している以上、この自由はもはや大学や大学教授のみが享受する特権ではなく、すべての人や組織について保障されなければならないことは明らかである。(注1)したがって、独立行政法人たる我が経済産業研究所も当然に学問の自由を有するということになる。

ただ、問題は、我々の学問は「生臭い」学問だということである。我々の研究成果や提言が政策実務に関連性を有すれば有するほど、それを快く思わない向きからは批判、非難、更には誹謗中傷が寄せられるであろう(「政府の研究所がそんなことを言っていいのか」「納税者の金の無駄遣いだ」云々)。こうした声を前に、学問研究の自由を実質的に確保していくために我々はどうすればよいか。青木所長は、研究所創設時からこの点についても配慮し、次のように考えていた。少し長くなるが、引用しよう。

「政策研究への外部からの政治的干渉の口実をあらかじめ排除し、その自立性を保証するのは、究極的には研究の『質』だということである。…研究の政治的独立性と質の向上とを目指すには、研究所がもっぱら無名の研究者の集団として研究提言を行ったり、或いは研究所長が一枚看板になったりしていては駄目である。前者のようなことをすれば、コンセンサスをえるために、提言からシャープな棘が抜けてしまう。後者であれば、研究や提言の質と幅に自ずと限界が画されてしまう。そこでRIETIでは、すべての研究をフェローの個人責任において行うこととした。もちろん、さまざまなバックグラウンドを持った人達のあいだのシナジー効果は必要だから、さまざまな研究会による交流、相互批判はあるし、複数のフェロー共同の書籍編集やコンファレンスの組織もある。しかし、フェローは黒子ではなく、顔の見える研究者として活動することが要求される。そのことによって厳しい研究にたいする自己規律が、各フェローには課せられることになるだろう」(注2)

政策シンクタンクという実験の成否は研究の質と研究者の個人責任にかかる

研究所創設から2年余りを経て、我々の研究活動に対する各方面からの意見が出そろいつつあるように思える現在、所長の先見の明には感服せざるを得ない。研究の質と研究者の個人責任こそが我々の学問の自由を保障する究極のよりどころである。独立行政法人としての政策シンクタンクという壮大な実験が成功するもしないも、ひとえにこの2点にかかっているわけである。

折しも今、国立大学法人法案の審議において「学問の自由」が問題になっている。法案に反対する人々の見解では、国立大学を法人化することは学問の自由、大学の自治を侵害するという。文部科学大臣が国立大学法人の中期目標を定めること、中期目標や中期計画の達成については文部科学省内に設置された国立大学評価委員会の評価を経た上で、総務省内に設置された政策評価・独立行政法人評価委員会の評価を受けなければならないこと、中期目標終了時に、文部科学大臣は廃止、民営化を含めて所要の措置を講ずるとしていること等をとらえ、「憲法に保障された学問の自由、大学の自治を奪う教育研究への国家介入、統制強化法」だと批判しているわけである(2003年5月16日、衆議院文部科学委員会における石井郁子議員発言)。こうした懸念があるため、法案採択時の同委員会の附帯決議においても、「国立大学の法人化に当たっては、憲法で保障されている学問の自由や大学の自治の理念を踏まえ、国立大学の教育研究の特性に十分配慮するとともに、その活性化が図られるよう、自主的・自律的な運営の確保に努めること」ということが強調されている。

国立大学の法人化については、私の前任者である澤昭裕コンサルティングフェローの専門領域であり、実務的な課題が山積していることはかねて同氏の指摘するとおりである。(注3)

しかし、国会で一部野党が述べているように「国立大学法人法案は『学問の自由』を侵害するから反対だ」というだけでは、単なる思考停止であって事態の建設的解決につながらない。個別の問題ごとに、より良い制度作りを目指して、文部科学省と大学の双方が地道に努力するしかないであろう。今般国立大学に籍を置くこととなった私としても、新たな職場で微力ながら何ができるか考えてみることとしたい。その際、冒頭に述べたような歴史的経験を有する大学と新興の政策シンクタンクとでは置かれた状況が全然異なっているとは言え、やはり研究の質と研究者の個人責任ということは、ものごとを考えていく上での大きなヒントになるのではないかと思っている。

2003年7月1日
脚注

2003年7月1日掲載