「他力企業」から「自力企業」への変革を目指して:投稿意見

鶴 光太郎
RIETI上席研究員

今必要なのは、個々の企業の実態を見極め、選別した上での最適行動と需給の調整ではないか

経済産業省 企業財務室 成瀬輝男

細かいデータを検証したわけではなく、個人的な感覚で申し上げて恐縮ですが、

「先行きの不透明さが問題を先送りにしている」

とありますが、気になった点を申し上げたいと思います。
論旨に異議を唱えるというより現状認識の違いかもしれませんが、構造改革が進まないのは、先行きが不確実なため政府の示す対策に期待し業界の横並び意識に縛られて処理を躊躇しているのではなく(かつての業界の横並び、系列の縛りも崩壊しつつあり、各企業は生き残りをかけて利己的行動をとっていると考えられれる)、各企業は問題点を認識しており、早く処理したいが、処理をしたくてもできない、のが実情ではないでしょうか。

不良債権問題を例にとれば、メインバンクの保護も限界にきており、IRの重要性は各企業とも十分に認識し、格付けの変更に神経を尖らせているが、早く処理したいと思っても償却するための収益力の低下と自己資本の毀損が処理を遅らせている根源ではないでしょうか。
また、各企業の経営改革(構造改革)の実施に際して、有価証券や資産の売却、事業の売却がさかんに行われ、オフバランス化、流動化、といった言葉が流行語のようになっていますが、これらは経営の効率化を図り(少なくとも経営指標は改善される)、時価会計、減損処理への対応を図るには有効な手段であることは現時点においては間違いないのですが、当然こうした処理を急ぐべき企業も多いものの、すべての企業にとって、本当に今処理を急ぐべき課題なのか、個人的には疑問です。株式を例にとれば、現在の8000円という水準は、もう一段の下落はあるかもしれませんが長期的にみればボトムの水準にあるのではないでしょうか。事業部門の売却も、これまでの人、もの、金、ノウハウという貴重な経営資源をバーゲン価格で売り払うことになり、各企業にとっての損失は勿論のこと、我が国全体としても技術の流出、モラル、アイデンティティーの崩壊、これらにともなう波及効果を考慮すれば、財務上必要に迫られ当然処理を行うべき企業は別にして、余力がある企業であれば、時価や需給の回復を期待しあえて今処理を行わないことにも一定の合理性があり、状況を見定める勇気をもつことが必要な場合もあるのではないでしょうか(個人的には、かつて財テクの本来の意味をはき違え過剰投資や投機的行動に走ったのと同じように、逆のベクトルで資産の整理、縮小に走っているように感じられ、かつての誤りを逆のベクトルで行うことにならないか危惧しています。時価は両刃の剣であることに注意を払うべきです)。処理を行うタイミングとして、必ずしも今は適切ではない(個人的には橋本政権の頃に行うべきだったと考えていますが)のではないでしょうか。
今必要なのは、個々の企業の実態を見極め、選別した上での最適行動と、使い古した言葉ではありますが、やはり根本は需給の調整ではないでしょうか。

成瀬さんのご意見へ投稿

上席研究員 鶴光太郎

成瀬様
コメントをいただきありがとうございます。ご指摘のように、構造調整が進まない要因を先行き不透明性だけに求めることは難しいです。もちろん、低収益の問題もあると思いますが、これを企業がマクロの外生的問題とのみ捉えてしまえば、企業は自ら努力するインセンティブをなくしてしまいます。銀行業界をみると依然として横並び意識は強いようですが、それ以外の産業で、ご指摘のように企業が利己的な行動を取り始め、資産・事業の売却を積極的に行っているとすれば、これはむしろ望ましい動きだと思っています。不良資産・事業はその所有権が移転することでその再活性化が図られる面もあるからです。そのような所有権の移転を活発化させるには、やはり、買い取り価格が割安であることが重要で、そうでなければ再生して利益を得るインセンティブも弱くなってしまいます。一方、どの企業もやみくもに事業や資産の処理に走っているとすれば、これは横並び行動に他ならないです。その意味で、それぞれの企業が自らの判断で処理のタイミングを見極めることは、まさに、本コラムでも強調した「自力企業」へ脱皮することに繋がると考えられます。

再投稿(個人的な意見です)

経済産業省 企業財務室 成瀬輝男

重ねて申し上げて恐縮ですが、前回の投稿にも記載したとおり、各企業は、政府に期待し、業界の横並び意識に縛られて処理を遅らせているのではなく(これまでは別として現在では)、既に企業は生き残りをかけて利己的な行動を取っているが、処理が進まないのは、利己的な行動を取りたいと思っても、取れない状況にあるため、塩漬け状態となり、一見すると判断を躊躇して処理が遅れているように見受けられるのにすぎないのではないか、処理を遅らせている根源は、収益力の低下と自己資本の毀損にあるのではないかということです。
銀行についても、昨今の竹中大臣への反発等、政治的、業界(経営者)の既得権擁護のための横並びは別として、不良債権処理の実務面での対応等についていえば、彼らは十分に利己的な集団であり、彼らは、護送船団方式や、江戸時代の株仲間的な秩序を守るため横並びに処理を躊躇しているわけではなく、冷徹な計算の基に利己的な行動を取ろうとしているものの、1)あまりにも現在の状況が悪すぎること(収益力の低下、自己資本の毀損、時価の低下、会計制度の変更、信用収縮、自己資本規制等)、2)処理すべき金額が許容量を超える膨大な額であること、から処理を行えないのであり(襷掛け融資の取り立て猶予の三竦み状態等)、処理が行える範囲であれば、ためらわず、損切りしても処理を行っているのではないでしょうか。
前回の投稿にも記載しましたが、オフバランス化や債権の流動化等を否定しているのではなく、当然処理すべき企業(再建の見込みのない社)は処理を早急に行うべき(悪化が良貨を駆逐するの例えのとおり、基本はスピードが命)であり、時には損切りしても処理を行い、早く次のステージに向かうべきと考えますが、多少余裕のある社にとって現在処理を行うことが必ずしも最適行動ではないため、現在は様子をみることも一定の合理性があり、見方をかえれば、各企業の利己的行動の結果として処理を躊躇しているのではないかということです。
個人的には、5年前、遅くとも2年前に処理すべきだったものであり、現状ではすべての企業にとって処理が最善とはいえず、逆に先送りする合理性が一部では高まっているものと思料されます。
現在は、各企業の実態を見極めた最適行動と需給の調整を必要としており、具体的には、多少とも余裕のある企業は、現在は見送るべきと考えます。しかし、再建の見込みのない企業については、不良債権の重圧を取り去り、需給調整を行う必要性と、合成の誤謬を防止する観点からも、早急に処理を行うべきと考えます。

「自力企業」への変革を怠るな

横浜市 経営コンサルタント 志村英盛

日経平均株価8000円時期の鶴氏のご論文と成瀬氏のご意見を、2005年5月時点で改めて拝読して意見投稿いたします。

私は太平洋戦争敗戦後の日本の奇跡的な経済復興と今回のデフレ脱却には、先進的な製造業の大企業・中堅企業の優れた経営者の必死のマーケティング努力、マネジメント・イノベーション努力がいちばん貢献したと思っています。鶴氏の「自力企業への変革」は「将来展望が不透明・不明確」だからこそ行わなければならないと思います。

現時点において日本経済の将来展望を暗くしている赤字累積企業や赤字累積第3セクター等の経営者には、「自力企業」という考えは全く無いように見受けられます。マーケティングおよびマネジメント・イノベーションという考えも全く無いように見受けられます。

カネボウやダイエーのように経営者を徹底的に入れ替えて、「自力企業」への変革に必死に取り組む企業が増えることで「明るい将来展望」が得られるようになると思います。「ダメな経営者の意識革命」程度ではダメだと思います。「ダメな経営者を入れ替える」ことが必要です。

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