テレビの電波が止まる日

池田 信夫
上席研究員

今あなたの見ているテレビは、あと10年たったら何も映らなくなる・・・ことを知っているだろうか。今国会に提出されている電波法改正案では、NHKと地方民放に120億円の「公的資金」を投入する代わり、カネをもらった放送局は5年以内にデジタル放送を始め、10年以内にアナログの電波を止めなければならない。つまり遅くとも2011年には、日本中に1億台以上ある普通のテレビは、放送が見られない「ただの箱」になるのである。こんな大きな問題が、国民に周知もされず、公聴会などの議論も行われないで決まっていいのだろうか。

これに対して総務省は、「アナ・アナ変換でデジタル化が進む→デジタル化が完了したらVHF帯で放送しているアナログ放送をやめる→VHF帯が空いたら携帯電話などに有効利用できる」という苦しい理屈で、法律まで改正して電波料からの支出を決めた。しかし、この論理は「風が吹いたら桶屋がもうかるから、桶屋は風にカネを払うべきだ」というようなもので、この因果関係が一つでも崩れたら支出は根拠を失う。

そして「デジタル化が完了する」という大前提が崩れるおそれはきわめて強い。1998年からデジタル化を始めた米国では、3年たってもデジタルHDTV(高精細度テレビ)は数十万台しかない。今年2月に来日したFCC(連邦通信委員会)のペッパー計画政策局長は、「2006年までにデジタル化を完了してアナログ放送をやめるという目標は達成できるのか」という質問に、ひとこと「ノー」と答えた。アナログ放送に「罰金」を課してデジタル化を強制する法案は今月、下院で否決され、米国のデジタル放送は完全に行き詰まった。

日本でも、BSデジタル放送開始から半年で、売れたHDTVはわずか20万台。このペースで売れても、2011年にはテレビの5%程度がデジタルに置き換わるだけだ。総務省が公的資金と引き換えに電波の「使用期限」を定めたのは、放送局の抵抗をカネの力で押し切り、無理やり電波を止めてVHF帯の空きを確保しようというもくろみだが、許認可権を握られている放送局は役所のいうことを聞くとして、視聴者はどうなるのだろうか。

いくら法律で決めても、まさか95%の国民が見ているアナログ放送を止めることはできないだろう。結局、米国のようにアナログ・デジタル両方をふさいだまま立ち往生し、「有効利用」どころか電波の浪費を招くのは必至だ。デジタル放送用に「予約」されたまま空いているUHF帯の300メガヘルツは、現在の携帯電話で6000万人以上が使っている帯域の2倍近い、貴重な国民の共有財産であり、テレビ局が独占する理由はない。

放送業界は、50年近くにわたって、倒産はおろか買収・合併さえ1社もない「最後の護送船団」である。総務省は、いまだにその既得権益を守ろうとしてゼネコン並みに経営体質の悪い地方民放の「構造改革」を先送りしてきたが、デジタル化を強行したらその経営が破綻することは確実だ。デジタル化の設備投資には1兆円以上かかるのに、広告料金はアナログ・デジタル合わせて1本分しか取れないからである。最近では、民放連の氏家会長みずから「地上波デジタルは採算が取れない」と公言する始末だ。

5年間で600億円にのぼる公的資金が投入されるのは、その救済のためだが、これは日本中のテレビ局が事実上「国営放送」になることを意味する。キー局が補助の対象から外されたのは、森内閣の閣僚の録音テープを一部の民放が放送したことが原因だともいわれ、民主党のコマーシャルが日本テレビに放送を拒否されるなど、早くも「自主規制」が広がっている。

電波を有効利用するには、10年がかりで地上波のデジタル化を行うよりも、今すぐUHF帯を無線インターネットに使えば、「超高速インターネット」が光ファイバーよりはるかに安く実現できる。欧米のように周波数オークションで割り当てれば、数兆円の国庫収入が入るだけでなく、ベンチャー企業や外資の新規参入によってデジタル・コンテンツ業界が活性化するだろう。昨年、私たちは有志でこうした政策提言を行った。もともとデジタル化とHDTVは別であり、通信衛星を使って普通のテレビで多チャンネル化した欧州では、デジタル化は成功している。デジタル放送はHDTVにこだわらず、IPマルチキャストなど多様な方式を実験すべきである。

2001年5月22日

2001年5月22日掲載