このページではJavaScriptを使用しています。

国際貿易と貿易政策研究メモ

第4回「新々貿易理論の誕生」

印刷用ページへ

1. はじめに

本連載第2回でKrugman (1980) の新貿易理論を紹介した。そのクルーグマンは、2008年にノーベル経済学賞を受賞している。では、次に誰が国際貿易の分野でノーベル賞を取るのか。予測は難しいが、ハーバード大学教授のメリッツ(Marc Melitz)は有力候補といえる。メリッツは、クルーグマンらの新貿易理論を発展させ、新しい貿易理論「新々貿易理論」を築いた。新々貿易理論は、メリッツ・モデル、異質な企業理論(firm heterogeneity model)と呼ばれることも多い。

著者は既に、「新々貿易理論とは何か?」において、メリッツの研究の概要を紹介している。本稿は、より理論的な視点から、Melitz (2003) の理論を説明する。

2. 新貿易理論との相違

本連載は、第3回で、企業の輸出意思決定を理論化したRoberts and Tybout (1997) を紹介した。彼らの理論は、部分均衡理論であり、個々の企業の意思決定のみを考察している。

貿易の自由化が経済にどのような影響を及ぼすのかという点については、一般均衡理論でなければ答えることができない。Melitz (2003) は、Hopenhayn (1992) の動学的な産業理論をKrugman (1980) の新貿易理論に導入することで、一般均衡の貿易理論を構築した(図1参照)。

図1:企業の異質性を考慮した貿易理論の成り立ち
図1:企業の異質性を考慮した貿易理論の成り立ち

Melitz (2003) の貿易理論は、基本的にはKrugman (1980) を引き継いでいる。Melitz (2003) は、Krugman (1980) と同様に、規模の経済(収穫逓増)を仮定し、生産には固定費用がかかると仮定している。また、産業内で個々の企業が他社とは少し異なる製品を供給し、互いに競い合っている独占的競争を仮定している。

Krugman (1980) と大きく異なる点は2つある。第1に、企業の生産性が異なると仮定した点である。Krugman (1980) は企業の生産性は同一であると暗黙に仮定している。Melitz (2003) においては、企業の生産性が高いほど、利潤が大きくなる。生産性の低い企業は、利潤が負になるので、市場から退出せざるを得ない。

第2に、輸出には、Krugman (1980) が考慮した輸送費用(氷塊型輸送費用)のみならず、輸出固定費用がかかると考えた。これは、第3回で紹介したRoberts and Tybout (1997) と同じである。輸出には、莫大な固定費用がかかるため、生産性の低い企業は輸出を行えない。

結果として、Melitz (2003) においては、輸出に必要な最低限の生産性(「輸出閾値」)をこえる一部の企業のみが、輸出企業となる。輸出閾値を下回るが、参入に必要な最低限の生産性(「参入閾値」)はこえる企業は、非輸出企業となり、国内市場にのみ製品を供給する(図2参照)。Melitz (2003) は、Krugman (1980) と異なり、同一産業内においても、輸出する企業としない企業が併存する現実を表現できるのである。

図2:輸出企業と非輸出企業の生産性
図2:輸出企業と非輸出企業の生産性

3. 貿易自由化の効果

貿易費用が低下し、貿易の自由化が進展すると、Melitz (2003) においては、2つの効果が生じる。1つは、貿易費用の低下のために輸出が容易になる。輸出閾値が下がり、これまで輸出できなかった低い生産性の企業の一部も、輸出を行えるようになる。もう1つは、国内で活動するために必要な生産性水準(参入閾値)が上昇し、生産性の低い企業は退出を余儀なくされる(図3参照)。これは、理論上は、輸出を行えるような生産性の高い企業が雇用者を増やすことで、実質賃金の上昇が生じ、十分な賃金を支払えない生産性の低い企業の退出が促されるためである。

図3:貿易の自由化と輸出企業・非輸出企業の増減
図3:貿易の自由化と輸出企業・非輸出企業の増減

貿易自由化の結果として、相対的に生産性の高い企業のみが生き残ることになる。労働市場に摩擦がなければ、高い利潤をあげる生産性の高い企業に、多くの労働者が集まる。このため、経済全体として、生産性が上昇し、厚生も上昇する。

4. 終わりに

伝統的貿易理論では、貿易の厚生利益は、比較優位に従った特化による。新貿易理論では、貿易の厚生利益は、規模の経済と消費者が利用可能な製品種類(variety)の拡大の両方から生じる。Melitz (2003) は、貿易によって低生産性企業から高生産性企業への労働者の再配分が起こり、生産性が上昇するという新しい第3の貿易利益を示した(表1参照)。

表1:貿易理論の3つの源泉
貿易理論 貿易利益の源泉
伝統的貿易理論 比較優位に従った特化
新貿易理論 規模の経済と消費者が利用可能な製品種類の拡大
新々貿易理論 低生産性企業から高生産性企業への資源の再配分

Melitz (2003) はその後の多くの研究の基礎となっている。次回以降、Melitz (2003) を応用した研究を紹介していくことにする。

2011年4月15日

参考文献

  • Hopenhayn, Hugo A. (1992) “Entry, Exit, and Firm Dynamics in Long Run Equilibrium," Econometrica, 60(5): 1127-1150.
  • Krugman, Paul. (1980). "Scale Economies, Product Differentiation, and the Pattern of Trade," American Economic Review, Vol. 70, No. 5, pp. 950-959.
  • Melitz, Marc J. (2003) "The Impact of Trade on Intra-Industry Reallocations and Aggregate Industry Productivity," Econometrica, 71(6):1695-1725.
  • Roberts, Mark J. and James R. Tybout. (1997) “The Decision to Export in Colombia: An Empirical Model of Entry with Sunk Costs," American Economic Review, 87(4): 545-564.

ページトップへ