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国際貿易と貿易政策研究メモ

第2回「新貿易理論」

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1. はじめに

本連載で後に紹介していく「新々貿易理論」(異質な企業モデル)の基礎となっているのは、2008年にノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンらが開発した「新貿易理論」(new trade theories)である。クルーグマンのモデルは、現代の新々貿易理論に比べれば、非常に簡潔なものであるが、その含意の多くは現在でも意味を失っていない。また、新々貿易理論のみならず、新しい経済地理学や空間経済学の基礎にもなっている。そこで、今回は、この新貿易理論をその代表的論文であるKrugman (1980) に沿って読み解くことにする。

2. 工業国間での産業内貿易の進展

クルーグマンが新貿易理論を開発した背景にあるのは、先進国間での貿易が世界全体の貿易の多くを占めるという現実であった。また、先進国間の貿易は、似たような工業国同士による同じような工業品の産業内貿易であるという特徴を持っていた。

こうした現実を踏まえて、Krugman (1980) は、嗜好や技術、要素賦存が同じである2国間でも貿易が生じる理由を探求した。従来の伝統的貿易理論は、リカードの貿易理論では技術の相違を貿易の原因としていたし、ヘクシャー=オーリンの貿易理論では相対的要素賦存の違いを貿易の原因としていた。そのため、伝統的貿易理論によって、技術または相対的要素賦存の違いが小さい先進国間の産業内貿易の進展を説明することは困難であった。

3. 新貿易理論 (Krugman, 1980) の基本構造

クルーグマンのモデルは、生産要素が労働のみしか存在せず、従って2国間で相対的要素賦存に差異が生じえない状況を考えている。さらに、生産に要する技術も製品に対する嗜好も2国間で同一であると仮定する。このような設定のもとでも、貿易が生じうることを示そうとしたのである。

クルーグマンのモデルは、Dixit and Stiglitz (1977) によって開発されたチェンバレン(Edward Chamberlin)型の独占的競争モデルを応用したものである。独占的競争モデルは、各企業が多少の独占力は持つが、新規企業の自由な参入によって、独占利潤を維持することはできず、独占利潤がゼロになるという事態を表現している。均衡において利潤はゼロになるという自由参入条件は、財市場の均衡条件、労働市場の均衡条件とともに一般均衡を条件づける。

企業は労働のみを用いて1種類の製品を生産するが、生産には規模の経済が働く。つまり、固定費用が存在するために、たくさん作れば作るほど、製品単価が下がると仮定される。加えて、クルーグマンは、企業の費用関数は、全ての企業で同一であるという「企業の均質性」の仮定を置いた。この企業の均質性のために、全ての企業の生産量、製品価格、従業者数は等しくなる。企業の均質性の仮定は、現実から乖離しているが、理論を非常に簡潔にする利点があった。

クルーグマンのモデルは、さらに、消費者が多様な種類の製品から効用を得ると仮定している。各企業は、1種類の製品を生産し、供給すると考えられている。消費者は製品の量が多いだけではなく、製品の種類すなわち企業数が多いほど、高い満足度を得る。ある国において生産される製品の種類は、国の規模によって定まる。国の規模が大きければ、多くの労働者によって、多くの種類の製品を生産することができるからである。

下の図1は、以上で述べたクルーグマンのモデルの基本構造を模式的にまとめたものである。経済学に詳しい方のために原論文に従って数式を付している。

図1:クルーグマンの新貿易理論の基本構造図1:クルーグマンの新貿易理論の基本構造

4. 貿易の原因としての収穫逓増

もし自国と人口規模以外まったく同じ外国が存在するときに、貿易は生じるのであろうか。クルーグマンは収穫逓増(規模の経済)のために貿易が生じるという。というのは、消費者は多様な製品を消費するほど高い満足度を得る。外国の生産者は自国の生産者とは異なる製品を作っている。収穫逓増のために、企業は他社と全く同じ製品を作っても、製品単価が高くなってしまい、競争に負ける。そのため、自国の企業も他国の企業も、世界で自社のみが生産する独自の製品に特化している。外国の製品を購入できるようになれば、消費者は、消費可能な製品の種類が増して、満足度が高まるのである。新貿易理論では、消費可能な製品種類の増加という伝統的貿易理論にない、新しい貿易利益が示される。この新しい貿易利益を支持する幾つかの実証研究もある。

下の表1は、伝統的貿易理論と新貿易理論の貿易の原因および貿易利益が生じる理由をまとめたものである。

表1:伝統的貿易理論と新貿易理論の比較
貿易理論 代表的文献 貿易の原因 貿易利益
伝統的貿易理論
(旧貿易理論)
Ricardo (1817) 比較優位:
技術(生産性)格差
各国間の生産の機会費用の差異の利用から生じる
Heckscher (1919) & Ohlin (1933) 比較優位:
相対的要素賦存の差
新貿易理論 Krugman (1980) 規模の経済(収穫逓増)
+消費者の多様性選好
消費可能な製品種類の拡大から生じる

5. 自国市場効果(home market effect)

これまで、明示的に輸送費用を考慮してこなかったが、現実の世界では、外国の製品を購入する際に、その購入価格に輸送費用が含まれている。クルーグマンは、分析を容易にするために巧妙に「氷塊型輸送費用」と呼ばれる単純な輸送費用を独占的競争モデルに導入した。氷塊型輸送費用は、外国から自国に製品が輸送される間に製品の一部が溶けて消えてしまうと見なして定式化される。氷塊型輸送費用は、その後の国際貿易分野の研究で多用されるとともに、新しい経済地理学、空間経済学の発展の契機となった。

まず、規模の経済(収穫逓増)が働くとき、企業は、自国の市場が大きければ大きいほど、製品単価を下げることができる。なぜなら、大きな需要に応じて、たくさん生産すれば、規模の経済が働き、製品単価が減少するからである。たとえば、日本では新幹線(高速列車)への需要が大きく、高速列車の生産を安価に行うことができる。アメリカで高速列車を生産しようとすれば、研究開発費用をはじめとする巨額の初期費用のため、製品単価が日本に比べて高くなってしまう。一方でアメリカでは、航空機への需要が大きく、航空機の生産を安価に行うことができる。日本で航空機を生産しようとすれば、やはり巨額の初期費用のため、製品単価がアメリカに比べて高くなってしまう。

加えて、輸送費がかかるのであれば、企業は、大きな市場の国に立地して、規模の経済をいかし、外国には輸出を行うことになる。小さな市場の国に立地すれば、そこから大きな市場の国への輸送費が嵩んでしまう。大きな市場の国に立地して、そこから小さな市場の国に輸出するほうが、輸送費を節減できるのである。

つまり、輸送費と収穫逓増が重要な場合、ある財について大きな市場を持つ国は、その財の純輸出国となる。需要以上に生産が大市場に集中することになる。これは「自国市場効果」(home market effect)と呼ばれている。たとえば、アメリカは、航空機需要が日本よりも大きい。そのため、自国の需要に加えて日本への輸出の分も自国で飛行機を生産することになる。その結果、航空機の需要以上に生産がアメリカに集中することになっている。

6. 政策上の含意

新貿易理論は現代の貿易政策上も有効な幾つかの含意を持つが、前節で紹介した「自国市場効果」に絞って、政策含意を考えてみたい。

いま、中国の飛躍的な経済成長を横目に、日本経済は停滞し、世界におけるその経済的地位は低下する一方である。世界の中での日本の経済規模の相対的低下は、日本での生産の縮小につながると考えられる。大市場に需要以上に生産が集中するという自国市場効果の洞察によれば、日本の需要の減少以上に国内生産が縮小し、中国に生産が移転する可能性すらある。実際、アジア諸国の市場が拡大するにつれて、国内生産拠点を縮小・廃止し、中国をはじめとするアジア諸国に生産拠点を移転し、日本に逆輸入する動きがみられる。例えば、今年から日産は乗用車のマーチの生産をすべてタイ、インド、中国、メキシコといった新興国で行い、日本にはタイから逆輸入するようになった。こうした生産拠点の新興国への移転は、とりわけ、輸送費や規模の経済が重要な産業において、重要になると予想される。

日本市場の地位低下の局面で、政府がなすべきことは、中国をはじめとする世界との間の貿易費用(輸送費用)の低下に努めることである。貿易費用が低下すれば、成長する新興国市場において現地生産せずとも、日本で生産した製品を輸出する手段の有効性が高まる。いわば、日本と世界との間の国境を取り払い、成長する新興国市場を含む世界市場と日本市場を一体化すればよいのである。

しかしながら、日本政府の自由貿易協定(FTA)への取り組みは遅れており、日本市場の需要縮小とともに国内生産が縮小していく可能性が懸念される状況が続いている。

7. 終わりに

本稿は、Krugman (1980) に沿って、1980年頃に開発された新貿易理論の概要を展望してきた。クルーグマンが仮定した「企業の均質性」は分析を簡便にする上で大きな威力を発揮したが、現実から大きく乖離したものであった。「企業の異質性」を組み入れた新しい貿易理論は2000年代頃から急速に発展し、新々貿易理論と呼びうる大きな潮流となった。

しかし、「企業の異質性」を重視する新しい貿易理論においても独占的競争、収穫逓増、多様性選好、氷塊型輸送費用といった新貿易理論の基本構造は引き継がれている。そのため、新貿易理論が完全に否定されたわけではなく、たとえば「自国市場効果」のように新貿易理論の含意はいまなお有効であるものもある。

2010年12月15日

参考文献

  • Dixit, Avinash K. and Joseph E. Stiglitz (1977) "Monopolistic Competition and Optimum Product Diversity," American Economic Review, Vol. 67, No. 3, pp. 297-308.
  • Heckscher, Eli. (1919) "The Effect of Foreign Trade on the Distribution of Income," Ekonomisk Tidskrift, vol 21, pp. 1-32.
  • Krugman, Paul. (1980). "Scale Economies, Product Differentiation, and the Pattern of Trade," American Economic Review, Vol. 70, No. 5, pp. 950-959.
  • Ohlin, Bertil. (1933) Interregional and International Trade. Cambridge: Harvard University Press.
  • Ricardo, David. (1817) On the Principles of Political Economy and Taxation. London: John Murray.

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