RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第七回「欧州電力・ガス市場構造の行方」

白石 重明
コンサルティングフェロー

第3次エネルギーパッケージ

EUでは、2003年6月の改正指令に基づいて、2007年7月までに域内の電力・ガス市場の自由化を一部を除いて達成した。しかし、EU委員会は、自由化市場が適正に機能していないという問題意識に立って、(1)アンバンドリング(送電等のネットワーク運営と発電事業等を分離すること)の徹底、(2)域外企業の市場参入規制、(3)欧州エネルギー規制機関の設立、などを盛り込んだ「第3次エネルギーパッケージ(再改正指令案)」を2007年9月に発表し、欧州理事会と欧州議会において調整が開始されている。

しかしながら、この「第3次エネルギーパッケージ」に対しては、フランス、ドイツといった主要EUメンバーからも異論が強く、関係者間では、発効までには厳しい調整が行われざるを得ないとの見方が強い。特に、アンバンドリングの徹底=オーナーシップ・アンバンドリング(ネットワーク運営事業と発電事業等について、法律的に分離するだけではなく、所有権自体を分離すること)については、厳しい調整が予想されている。

オーナーシップ・アンバンドリングをめぐる議論

EU委員会側に聞くと、ネットワーク運営事業と発電事業等とを実質的に同じ企業が担っていると、新規参入が困難になるからこそ、オーナーシップ・アンバンドリングが必要だという。これに対して反対の立場をとるドイツ政府の関係者から聞くと、競争促進の重要性は同意するが、現在の自由化に評価を下すにはまだ早すぎるし、そもそもオーナーシップ・アンバンドリングは競争促進効果に疑問があり、その上、必要な投資を抑制するおそれがあるという。

現在、EU委員会と反対する各国政府は、公式・非公式に調整を行っているが、原則としてのオーナーシップ・アンバンドリングを譲らないEU委員会に対して、それ以外のオプションを広く認めさせようとする各国政府という構図になりつつある模様だ。

「第3次エネルギーパッケージ」でも、オーナーシップ・アンバンドリングの代わりに、ISO方式(ネットワークの所有権は保持してもよいが、その運営を独立系統運営者に委ねる方式)を認めるとしているが、反対各国はこのオプションにも弊害が大きいとして、さらに他のオプションを認めるように主張している。例えば、所有権の分離には踏み込まず、法的な分離を徹底させる一方で、必要な投資を確保するために、事業者と公的規制者とのラウンド・テーブルを設けて透明な手続きを確保するといったオプションである。

最終的な調整結果を現時点で予測することは難しいが、EU委員会がオーナーシップ・アンバンドリングを原則とすることを各国に認めさせ、各国が例外としてのオプションを広くEU委員会に認めさせることになるのではないか。その結果として、指令上原則とされるオーナーシップ・アンバンドリングが、実態上は例外的にしか採用されない姿となる可能性も高いだろう(このような原則と例外の逆転現象は、たとえば15年にわたる厳しい調整を経て成立した「敵対的買収に関するEU指令」でも起きており、「したたかな欧州」では珍しいことではない)。ちなみに、EU委員会側には政治的に早期決着に向けた圧力がかかっているとの話も聞く。早期決着をEU委員会側が望むなら、なおさら上述のような結論に傾くだろう。

議論の根本にあるジレンマ

さて、以上のようなオーナーシップ・アンバンドリングを中心として展開されている「第3次エネルギーパッケージ」をめぐる議論の根本には、大きなジレンマがあるように思われる。

EU委員会は、「持続可能で、競争力があり、かつ安定したエネルギー供給」を目標として、電力・ガスについて、欧州において統一された競争的市場を作り出そうとしている。今回の第3次エネルギーパッケージも、そのコンテクストにおいて提案されたものである。

しかしながら、欧州の電力・ガス市場は、確かに一部で地域的市場統合が進められてはいるものの、技術的要因(電力に関する国際連系線の問題、ガスに関するパイプラインの流量管理、等)や制度的要因(連系線混雑管理の問題=電力連系線容量の最適利用をいかに実現するかという制度設計の問題、等)によって分断されているのが現実である。各国政府の関係者に聞いても、「統一市場はAIM=目標ではあるが、直ちに達成可能なものではなく、現実を踏まえて政策を考える必要がある」という声が多い。

実際、たとえばドイツでは、E.ONのような巨大企業がある一方で、中小のローカルな事業者が電力・ガス供給上、重要な役割を果たしている。他方、フランスでは、むしろナショナル・チャンピオン企業への集約を進めている。オーナーシップ・アンバンドリングに同じく反対の立場といっても、両国の抱える事情は大きく異なっている。両国のいわば「対EU委員会共同戦線」は、「このような多様性の存在を尊重せよ」という点で成立しているのである。裏を返せば、統一市場という理想に一足飛びに向かうことはできないということだ。確かに、こうした多様性を無視して拙速に理想を追い求めることは混乱を生むだろう。しかし、だからといって現状尊重ばかりでは事態は進まない。

以上のように、「統一された市場という理想」と「分断されている市場という現実」との間には、大きなジレンマがある。統一市場創設を力強く進めようとすると実際上の無理が生じるが、現実的対応を積み重ねても統一市場という理想は達成できない。こうしたジレンマは、域内の電力・ガス企業のM&Aに関するEU委員会の対応においても観察される。資本移動の自由という観点から域内の国際的M&Aに好意的なEU委員会ではあるが、競争政策の観点からは域内の電力・ガス市場が統一されていないために、電力・ガス企業のM&Aについては、現実の市場単位を念頭において慎重な審査を行う傾向にある。

こうしたジレンマを欧州がどのような形で解決していくのか、興味深いところである。なお、欧州の電力・ガス企業は、欧州の電力・ガス市場構造が今度どうなるかについて予断を許さないとの認識に立って、欧州外でのビジネスについても意欲的である。日本としても、欧州電力・ガス市場構造の行方と関連企業の動向に無関心でいることはできまい。

2008年2月27日

2008年2月27日掲載

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