RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第一回「子ども(連れ)にやさしい国の高い出生率」

白石 重明
コンサルティングフェロー

先進国の中で高い出生率を実現するフランス

いうまでもなく、少子高齢化は日本が直面する大きな課題であるが、このところ、先進国のなかでは相対的に高い出生率を実現しているフランスに注目が集まっている。実際、フランス国立統計経済研究所のデータによると、フランスの合計特殊出生率は、1994年に1.66まで低下した後、急速に回復をとげ、2006年には2.005となり、人口維持に必要とされる2.08に迫っている。他方、EUの合計特殊出生率の平均は1.52であり、日本の合計特殊出生率は2006年に若干回復したとはいうものの、1.32でしかない。

このようなフランスの高い出生率の要因については、手厚い補助政策・支援政策に焦点が当てられている。確かにフランスでは「家族手当」をはじめとして先進国中最も手厚い補助政策がとられており(詳細に関心のある方は厚生労働省資料等をご覧ください)、日本で同様の措置を講じるためには10兆円を超える財源が必要だと試算されている(厚生労働省)。日本ではその「手厚さ」=財政的規模の議論が先行しがちのようだが、着目すべきポイントは他にもある。

それは、補助対象として「生むこと」ではなく、むしろ「育てること」に重点が置かれているという点である。数年前、経済産業省で少子化対策の研究を筆者が担当していたとき、「生めばいいということではない、育てることこそが大変で、そこが崩壊しようとしていることに目を向けるべきだ」と地方の保育園でいわれたことがあるが、まったくそのとおりであろう。フランスの補助政策は、そもそも保育園は無料など学費が極めて低く抑制されている上に、子どもが20歳になるまで支給対象となるなど(家族手当)、所得制限付きで小学校低学年までを対象とする日本の補助政策とは根本的に発想が違う。

また、就業との関係でもフランスの育児支援は手厚い。子どもが3歳になるまで育児休養が取得でき、その間、手厚い所得補償がなされる。また、復職後は以前の待遇維持が保証される。さらに、このような補助・支援政策は、子どもが婚姻外子であっても同様に与えれるもので(婚姻の内外という観念自体フランス法上は放棄された)、実際、婚姻外子が相当の割合となっている。

他方、相対的に出生率が高い移民が多いからフランスの出生率は高いのだという議論も散見されるが、これは相当に怪しい。第1に、出生数全体に占める移民女性の出生数の割合が小さく、出生率全体へのインパクトは限定的である。小数点以下2桁レベルのインパクトしかないという試算もある。第2に、移民女性の出生率が高いという点も移民の時期に左右されるため、割り引いて考える必要がある。移民をめぐる状況が異なるから日本とフランスは同様に論じられないとか、少子化対策として移民を受け入れようとか、こうした移民と出生率との議論を関連付けることには慎重であるべきである。

フランスと日本における子ども(連れ)に向ける視線の違い

さて、それでは日本で10兆円強の予算を用意し、その使い方も工夫して、さらに企業に育児支援に関連する規制を行うなどしたとして、日本の出生率はフランス並みの水準に回復していくだろうか。この問題について考えるために、筆者がパリにいてここが彼我で違うと感じた点について指摘したい。

それは、いわば子ども(連れ)に向ける視線の違いだ。日本では、たとえば地下鉄の駅にエレベーターを設置して子ども連れが活動しやすいようにしようという議論もあるが、パリの地下鉄の駅にエレベーターやエスカレーターは珍しい。ではベビーカーを押している人はどうしているかというと、周囲の人がさも当然というふうに持ちあげてやるのである。ついでに子どもの頭をなでて行く人も少なくない。また、パリではいろいろな場面で行列をなすことが少なくないが、子ども連れの人が並んでいるとどこからともなく係員が出てきて優先的に窓口に連れて行く。さらに、有名な高速鉄道TGVでは子連れディスカウントチケットがあるそうだ。

ことほどさように、パリでは子ども(連れ)に人々はとてもやさしいのである(もちろん、子ども嫌い、無理解者というのはどこにでもいるが)。フランスは大人優先の社会だなどという人がいるが、むしろ大人は大人、子どもは子ども、そして子ども連れは子ども連れと、それぞれにふさわしい扱いを当然としているだけのように思われる。つまり、個々人の環境や属性の違いによって困ることがないように、ソフト面を含めた社会の仕組みが存在しているのである。このような仕組みへの信頼があると、結婚して子どもを持つようになっても経済的にも物理的にも心理的にも困ることなく生活していけるという将来への期待を持つことができる。

これに対して日本ではどうか。結婚して子どもを持つことによって経済的にも物理的にも心理的にも苦労が増えると思わざるを得ないような社会の仕組みがないだろうか(この点について、そもそも期待する水準が日本では高すぎるのだという見解もあるが、相対的に子どもを持つと効用が低下するという予想が多くの人にあることが問題なのである)。

子どもを持つことが経済的にも心理的にもマイナスにならない仕組み作りを

結局、子どもを持つことが経済的にも物理的にも心理的にもマイナスとならないような仕組みを作ることが重要だということになるが、そのような仕組みを有する社会が一朝一夕にできるわけはない。「子ども連れをサポートしましょう」という国民運動で社会変革ができると信じることは筆者にはできない。日本では、信頼できる公的制度を政策的に充実させていくという方向をより強く打ち出すしかないのではないか。各種の経済的支援策の拡充のみならず、育児や教育(高等教育を含む)の公的制度の充実、子ども連れにフレンドリーな街づくり、出産・育児に関わる休業・復職に関する公的規制の強化(ただし、女性の就業率が8割というフランスと異なり、日本の場合には女性の就業率が低く、またいわゆる非正規雇用の方々が多い点に着目した政策が必要)等々、フランスを越える政策が必要であろう。10兆円では足りないのである。

筆者は、以前から「少子化はそれ自体が問題だと捉えるよりも、その社会全体に問題があることを示す症状だと捉えて、そこにある問題を解決すべきだ」と主張している。体重が急速に減少したら、今もっている服が合わなくなることも問題かもしれないが、その原因となった病理の方がより重要な問題であるのと同じことだ。その観点からすると、表面的な経済的インセンティブだけで少子化を克服しようというのは、そもそも無理がある。フランス並みの10兆円で足りないという根本的な所以である。

このコストは、少子化対策であると同時に、日本社会をより人間の住みやすい社会にするための「投資」であり、受け入れてしかるべきものだろう。消費税率の引き上げに関して、福祉目的税化の議論もあるが、むしろ「少子化対策目的税」という形で打ち出して議論することも考えてよいのではないか。社会全体の改善に要する費用を広く消費税という形で安定的に集めることは理にかなっているし、その使途を広い意味での少子化対策に充てることで実質的に意味のある所得再分配も実現する。消費税率1%分=税収約2兆円強、であることから、どの程度の引き上げが求められるかは見えてくるだろう。ちなみにフランスの付加価値税は19.6%である。

2007年9月17日
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2007年9月17日掲載

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