IoT, AI等デジタル化の経済学

第158回「生成AIと雇用・リスキリング(6)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 生成AIの登場による雇用への更なる変化はあるか

生成AIが雇用に与える影響は、本連載の第156回記事「生成AIと雇用・リスキリング(4)」(注1)の図1及び図2に挙げたように、計8類型に分かれることを説明した。
それでは実際、日本ではどうなっているだろうか。最近、多くの企業・組織で生成AIの導入が行われているが、どの類型だろうか、そして雇用との関係はどのような傾向になっているだろうか。日本経済新聞に掲載された最近の導入事例を拾って、ケーススタディの検証をしてみたい。

2 個々の生成AIの導入事例から

(1)弁護士ドットコム株式会社(日本経済新聞2023年10月23日の記事)

“「弁護士は交渉など人間にしかできない領域に注力するのが大切だ」。弁護士ドットコムの元栄太一郎社長はこう強調する。9月末には米オープンAIの対話型の生成AI「Chat(チャット)GPT」の技術を活用した、弁護士向けの書籍検索サービスを始めた。
AIは学習した膨大なデータから解を探す技術だが、生成AIはそこから一歩進んで、データを基に自ら文章や画像などを生み出すことができる。チャットGPTはその代表格だ。
「弁護士ドットコムライブラリー AIアシスタント」では法律に関する質問を入力すると、複数の書籍から論点を整理して要約を自動作成する。引用元の書籍の該当ページもあわせて表示する。AIはキーワードだけでなく文脈も理解するため、質問に書籍と同じ文言を含まなくても検索が可能だ。
試験的な利用では弁護士の作業時間が5割削減された事例もあったという。若手弁護士などが時間をかけて担っていた情報の収集や論点の整理をAIで代替する。12月には企業の法務部門向けでも同様のサービスを投入する予定だ。・・・膨大なデータをAIで学習し、契約書などに関連する過去の判例を自動で検索・表示して提供することを目指す。”

この生成AI導入事例は、上述した8類型のうち、ケース7の類型に当たる。すなわち、とても煩雑で時間を消費する仕事は、現行のマンパワーでは必ずしも全てに手が回らなかったが、AIを導入したことで実施可能になり、仕事のパフォーマンスが大きく向上する。AIを導入したことで仕事の一部をAIに任せることができるため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事に取り組むことが可能になる。いわゆる「雑用」をAIに任せ、自分はもっと重要でこれまで取り組めなかった仕事に取り組むことが出来るようになる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。AI導入の形態として最も望ましい導入形態である。

また同記事では、「バックオフィスや研究を支える」領域として、株式会社エクサウィザースでは、AIによるIR業務支援、株式会社FRONTEOではAIで創業の起点となる仮設生成を行うとのこと。これもまたケース7に当たる。

(2)KSHA(パークシャ)テクノロジー(日本経済新聞2023年10月23日)

“PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)は、コンタクトセンター業務の支援に生かす。顧客企業に蓄積されたFAQ(よくある質問と回答)や社内文書などを基に、チャットGPTが自然な回答文を生成する。・・・・顧客である三井住友トラスト・ホールディングスのコンタクトセンターは、資産運用や相続といった信託業務の顧客対応に活用する。幅広い質問内容に合わせてオペレーターが情報を検索して対応してきたが、パークシャのサービスで対応時間の短縮や品質の向上につなげる。”

同記事では、オンライン接客を効率化する事例として、アドバンスト・メディアによる通話内容をAIで文字起こし、ビアズによる接客内容をチャットGPTが提案するとなっている。

PKSHA(パークシャ)テクノロジーの事例は、ケース2に当たるだろう。生成AIが人間の仕事の一部を代替するので、人間の時間に余剰が生じるか、または人間の何人かは余剰となるので、リスキリングして配置転換されるか、または場合によって解雇されることが予想さされる。

人間が担うべき仕事は、AIが解答できないような複雑な内容、過去に例がない全く新しい解答などの一部の業務に限定される。だが、やがて、こうした業務も、AIが過去の情報を学習し、又は自らシミュレーションすることで自己学習した内容を用いて、自ら回答を作り出すことが可能になろう。そこまでAI技術が進歩したときには、人間に残された業務はなく、完全自動化がなされる。

コンタクトセンター業務は、過去の事例で言えば、1)国際電話の自動交換機が開発されたことでほぼすべての業務が機械に代替された国際オペレーター、2)パソコンやワープロが開発されたことでほとんどいなくなったタイピストのケースに似ている。このように、技術の進歩に伴ってほとんど姿を消してしまう仕事があることも事実であり、我々人類は、そうした現象を技術進歩の一環として受け入れることも重要である。

(3)ゲーム開発(日本経済新聞2023年9月23日)

“ゲーム業界に生成AI(人工知能)の波が押し寄せている。人材や資金に限りがあるゲーム制作のスタートアップでは、シナリオ構成やキャラクターデザインなどでフル活用し、開発コストを従来の3分の1に抑える企業もある。・・・・開発スタッフわずか4人のスタートアップ、AI Frog Interactive(東京・目黒)のブースに並ぶゲームが注目を集めた。

フィールドを歩き回る一見普通のゲームだが、キャラクターのデザイン案に画像生成AIを使い、シナリオ案を出したりキャラクターを動かすコードを書いたりするのには対話型AIを活用した。新清士最高経営責任者(CEO)は「開発コストと期間が3分の1で済むため、同じ予算でより凝ったものを早くつくれる」と話す。・・・・ゲーム向けAIを開発するモリカトロン(東京・新宿)は7月、生成AIで制作したミステリーゲーム「Red Ram」を発表した。ユーザーがゲーム内で入力した設定などをもとに、シナリオ構成やキャラクター、背景画像などを生成AIが創作する。3人のエンジニアで制作にかかった期間は約3カ月。従来に比べて工数を約4割削減できたという。”

これらゲーム開発会社の事例もまた、8類型のうち、ケース7に当たる。すなわち、AIを導入したことで時間を多く必要とし、煩雑な仕事の一部をAIに任せることができるため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事に取り組むことが可能になる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。

(4)公立中学高校(日本経済新聞2023年8月28日)

“文部科学省は生成AI(人工知能)を使い、教員の長時間労働の一因である事務作業を減らす実証事業を9月に始める。・・・・中央教育審議会(文科相の諮問機関)の特別部会は28日、教員の働き方改革に関する緊急提言をまとめた。

教員における生成AIの活用事例
・教材やテスト問題のたたき台を作る
・生成AIを模擬授業相手として準備する
・研修資料の原案を作る
・広報資料の構成を作る
・保護者向けのお知らせ文書の下書きを作る
・外国籍の保護者への文書の翻訳版を作る
・郊外学習の行程の案を作る
・部活動の経費の概算を出す”

公立中学高校の事例もまた、8類型のうち、ケース7に当たる。すなわち、AIを導入したことで時間を多く必要とし、煩雑な仕事の一部をAIに任せることができるため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事に取り組むことが可能になる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。

(5)日本企業各社(丸紅、大日本印刷、三菱電機、メルカリ)(日本経済新聞2023年8月18日の記事)

“丸紅は稟議書や社内向け資料の作成を支援するサービスの開発・提供に向けた検証を始めた。経営企画などの間接部門やカスタマーセンターなど顧客対応での利用を想定する。社内で多い問い合わせなどに効率よく対応するサービスの検討も進める。・・・・
大日本印刷(DNP)も参入を計画する。接客支援サービスの開発や多言語に対応した文章校正の効率化サービスなどでAIを活用してきた実績があり、生成AIを活用した文章の作成、要約、対話、情報検索、分析などの支援を検討する。・・・・
三菱電機は電話などの音声記録に着目したサービスを開発する。話し言葉で認識した文章を書き言葉に置き換えながら、公的にも通用するような文章をつくる機能の実現を目指す。・・・
メルカリは、対話形式でやりとりしながら、フリマアプリ内で適切な商品を探し出す機能に生成AIを取り入れる。”

これらの事例もまた、8類型のうち、ケース7に当たる。すなわち、AIを導入したことで煩雑な仕事の一部をAIに任せることができるため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事に取り組むことが可能になる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。

(6)日本国内主要企業94社アンケート調査(日本経済新聞2023年8月3日記事)

“国内の主要企業約110社に7月、生成AIの利用についての調査を実施した。94社から回答を得た。AIを使う予定のない企業は1社のみだった。
AIを導入する狙いについて83%の企業が「労働時間の削減」(複数回答)と回答した。「生産性の向上による売り上げ増」が67%、「販管費や人件費など費用削減」が63%で続いた。83%の企業が全部署に導入するとしており、業務をAIで効率化し、社員の働く時間を製品開発や新規事業などより付加価値の高い分野に回したい考えだ。
7割の企業が具体的な労働時間の削減を計画する。1割台の時短が22%、2割台が19%あり、4割台も2%あった。
NECは5月から生成AIの利用を始め、グループ会社を含む国内全社員の4分の1にあたる約2万人が活用する。社内向け資料の作成では平均的な作業時間がこれまでの半分の15分ほどになった。1時間以上かかっていたオンライン会議の議事録をつくる作業も10分程度に短縮できた。・・・・
AGCも6月に本体の全社員約7000人が利用できる体制を整えた。管理部門ではデータ分析用のソフト作成にかかっていた時間が3日から半日になる効果をあげた。AIが社内の研究データを読み込み、新素材を開発する際に課題を指摘し、実験方法の助言をするなどの利用も検討する。”

NECとAGCの事例もまた、8類型のうち、ケース7に当たる。すなわち、AIを導入したことで煩雑な仕事の一部をAIに任せることができるため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事に取り組むことが可能になる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。

(7)東進ハイスクールを運営するナガセ(日本経済新聞2023年7月29日の記事)

“ナガセはチャットGPTを活用し、英作文を添削する機能を開発中だ。・・・生徒に英作文を書いてもらい、AIが単語や文法の間違いを指摘。適切な表現の言い換え案も提示する。
生徒は英作文学習ではこれまで、自分の作成した答案が正しいか確認するには学校や塾の教師・講師に聞くしかなかった。チャットGPTで答案がすぐに添削されるため、英作文の学習頻度を上げることができる。・・・
・・・・大手塾にAI教材を提供するメイツ(東京・新宿)は、5月下旬からまず直営塾で導入した。実用英語技能検定(英検)対策講座で、生徒の英作文をチャットGPTが添削する。・・・メイツの遠藤尚範社長は「(添削の精度が上がれば))人材不測の塾業界で一人の講師でより多くの生徒を教えることができるようになる可能性がある」と期待する。・・・・
生成AIは教育の質を高める可能性がある一方で、教育産業に打撃を与える恐れもある。・・・教育各社は生徒のやる気を引き出す「コーチング」サービスなど、AIに代替されない分野に力を入れ、生き残りを図ろうとしている。”

ナガセの事例は、8類型のうち、ケース7に当たる。すなわち、英作文の添削という多くの時間を費やす仕事は、AIを導入することで極めて短時間で実施可能になり、教師が負担から解放されるのみならず、生徒にとっても添削がすぐに行われ、満足度が高い。
講師は、AIを導入したことで仕事の一部をAIに任せることができたため、より重要な仕事、より付加価値の高い仕事、すなわちコーチングに取り組むことが可能になる。いわゆる「雑用」をAIに任せ、自分はもっと重要でこれまで取り組めなかった仕事に取り組むことが出来るようになる。AIをツールとして用い、生産性の高い仕事にシフトすることで、生産性が圧倒的に高くなる。AI導入の形態として最も望ましい導入形態である。

“学習塾以外への活用も広がっている。
ベネッセホールディングス(HD)は25日から、チャットGPTを活用し、子どもたちの夏休みの「自由研究」のテーマ決めや進め方を支援するサービスを始めた。特設のホームページで「室内でできる実験は」などと質問すると、その後の対話を通じて、好みや興味に基づいて助言する。ベネッセHDは進路指導でもチャットGPTの活用を検討している。”

この方法もまたケース7に相当する。通常は講師が対応しているが、それがAIに変わることにより、講師がこうした業務から解放され、他の付加価値の高い業務に専念できるようになる。

3 まとめ

上述のように、最近の新聞から生成AIを導入したいくつかのケーススタディを拾ってみたが、ほとんどがケース7であった。
現時点では、生成AIが雇用に影響を及ぼすような使い方になっているケースは一部に限定され、むしろ多くの時間を要する煩雑な業務を代替し、人間はそうした業務から解放され、より高度かつ重要で付加価値の高い業務に専念することができるようになっているケースが大部分である。
生成AIは、日本では多くのケースでは生産性を上げる方向で導入が進んでいると言える。

生成AIの登場で仕事が無くなってしまう業務も一部存在することも事実である。だが、そういった業務は、技術の進歩とともに機械に代替されることは時代の必然であったと考えた方が良いのかもしれない。むしろ、機械に代替された人に対するリスキリングを如何に行うか、という対策面を考えた方が、個人にとっても、世の中全体にとっても便益が高いのではないだろうか。

脚注
  1. ^ 岩本晃一, 第156回「生成AIと雇用・リスキリング(4)」, IoT, AI等デジタル化の経済学, 独立行政法人経済産業研究所ホームページ
    https://www.rieti.go.jp/users/iwamoto-koichi/serial/156.html
    (2023年11月1日)

2023年11月16日掲載

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