IoT, AI等デジタル化の経済学

第156回「生成AIと雇用・リスキリング(4)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 生成AIによる雇用への影響はケースバイケース

私はよく若い人に質問することがある。「私が社会人になった頃、パソコンがなかった。今はメールのCCで関係者に情報共有しているが、当時はどうしていたか?」
パソコンを使うことが当たり前の時代に育った若い人には、全くわからない。首をかしげ、答えに窮する。

私は解答を言う。「例えば、20人に情報共有するとする。その書類をコピー機で20部印刷する。コピー機は一日中稼働し、大量コピーしているので、よく故障する。トナーでYシャツが真っ黒になることもある。そうして出来上がった20部を手で持って、建物の上から下まで関係者に配布する。建屋は2棟あったので、2棟とも上から下まで資料を配って歩いた。それを一日、何度もやった。腕が抜けるほど重い資料もあった。」「それが今では、CCでエンターキーを押すだけで出来るのだから夢のようだ。」

資料のコピーと配布だけで一日の3~4時間を使った。それがパソコンの登場で無くなった。その代わり、別な仕事が入ってきた。忙しい状態は何も変わらなかった。
当時、パソコンを操作できない中高年が多くいて、パソコンを開こうとしない。そういう人に、CCで送っても読まない。そういう人は、資料をコピーして持って来いと言った。持っていかないと、「俺は聞いてないぞ」と言い、決裁文書を持っていくとハンコを押さなかった。そういう人がいる限り、資料をコピーして持っていく仕事はいつまでも残った。
だがさすがに今では、「資料をコピーして持ってこい」という人はいない。
一旦、テクノロジーに慣れてしまうと、もはや後戻りできない。
生成AIも一旦、その便利さに慣れてしまうともはや後戻りできないだろう。

私は若い人にもう1つ質問する。「タイピストを知っているか」と。
若い人でタイピストを知っている人はほとんどいない。探偵エルキュール・ポワロの事務所にはスタッフが3人しかいないが1人は女性タイピストである。

パソコンがなかった時代、人は文字を手書きで書いた。だが公文書はタイピストがタイプで印字した。公文書を作成する職場には必ずタイピストがいた。女性の花型職業だった。私の職場にも多くのタイピストがいた。決裁が下りると公文書を作って欲しいと頭を下げに行った。決裁文書のなかには誰かがよくわからないことを書き込んでいて、こことあそこがダメだと美人の女性によく叱られた。それはそれで楽しかった。若い頃の良き思い出である。

大きなオフコンが各部署に1台ずつ設置され、次いで、ワープロが配布され、やがてパソコンが1人1台配布されると、当然ながらタイピストは不要になった。パソコンで打った公文書でなくタイプで打った公文書の方がいいという人もいたが、段々とパソコンに変わっていった。
世界中でタイピストは失業した。恐らくものすごい数だったろう。私の職場では、各部署に配置転換され、事務職として定年まで勤めた。今でいう「リスキリング」の代表例と言って良い。だが職場によっては、不要になった人を1人も雇う余裕はないとして解雇になったタイピストも大勢いただろう。経営者の考え方や職場の特性など、ケースバイケースで、タイピストの雇用は大きく左右された。

私がこの事例を出すのは、生成AIによる雇用への影響を説明する好事例だと考えるからである。どんな新しいテクノロジーも、そのほとんどは歴史に回答がある。かつて起きたことと同じことが起きる。歴史は繰り返すのである。

それまで電話とファックスで仕事をしていた。
そこにパソコンが導入されると、私のように、雑用をパソコンが代わってやってくれ、雑用から解放されて、もっと大切な仕事に自分の時間を振り向けることが可能になった人もいる。だが、パソコンが雑用を代わりにやってくれることで、その時間が余ってしまう人もいる。例えば、先の例で言えば、1日3~4時間の資料コピーと資料配布が無くなったとき、その時間がまるまる余ってしまい、経営者は、数名を解雇するかもしれない。それもまた、経営者の考え方や職場の特性に依存する。ケースバイケースなのだ。

だがタイピストのように、パソコンが出来ることと全く同じことをやっていた人は、パソコンにとって代わられる。そして、職を失う人もいれば、リスキリングと配置転換で雇用が守られる人もいる。それもまたケースバイケースなのだ。

生成AIも同じである。生成AIができることと全く同じことをしていた人は、タイピストと同じ運命を辿るだろう。だが、生成AIに雑用を任せて自分はもっと重要な仕事に時間を振り向ける人は、生産性が上がり、パフォーマンスが上がるだろう。
だが、経営者が生産性を上げる必要はない、売り上げを増やす必要はない、と考える人であれば、生成AI導入によって効率化された分の雇用を解雇するかもしれない。

生成AIが雇用に与える影響は何も難しいことではない。過去の歴史を振り返ってみれば同じような現象は日本にも起きていた。今回も歴史が繰り返すだけである。

今、パソコンを廃止し、かつてのタイピストを復活させ、大量の資料を持って関係者に配布するような時代に戻るべきだと主張する人は誰もいないだろう。電話とファックスだけで仕事をせよと命令する経営者もいない。
資料をCCでなく紙でよこせと言う人もいない。新しいテクノロジーは、なかなか慣れないかもしれないが、一旦その便利さに慣れてしまうと、もはや後戻りはできない。

パソコンの機能は日進月歩で向上しているはずなのに、なぜ仕事は楽にならないのか、なぜ仕事は益々忙しくなるのか、と言う人がいる。
パソコンの機能が向上して、従来10時間かかっていた仕事が10分で出来るようになっても、更になおやるべき仕事が実はもっとあったということに過ぎない。従来は時間がなくて手が着かなかった更に重要なやるべき仕事があったのだ。
だが、そうした大切な仕事に手がつくようになったと言うことは、確実に生産性が上がっている。

世の中には、そういう人ばかりではない。例えば、ある店舗に売り子が10人いて、彼女らの仕事が10個のタスクから成り立っているとしよう。そこにロボットが導入されて自動化が進み、ロボットが2つのタスクを自動化したとすれば売り子は8人でよくなるかもしれない。一方、店舗のオーナーが頑張って、自動化投資を回収するために販売方法を工夫して、売り上げを2割増やしたのなら、またリスキリングして別な店舗に配置転換したのなら、売り子は誰も職を失わない。自動化投資を行った結果、どのような雇用になるか、これもまた経営者の考え方であり、職場環境に依存し、ケースバイケースである。

このように自動化が進んで、その人の仕事の一部が自動化されても、次々と新しい仕事が増えていく人もいれば、自動化された分、何人かが職を失う場合もあるし、リスキリングで配置転換され雇用が守られることもある。ケースバイケースだ。

日本では、製造業の生産性が向上するにしたがって製造業で働く雇用者は減少しているが、ドイツは頑張って輸出を増やしているので生産性が上がっても雇用者は増えている。私は日本全体がドイツのようなスタイルを目指すべきと思う。ドイツは、労働生産性が向上し、経済成長し、雇用者が増え、賃金が増えている。先進国のなかで雇用者数と賃金の双方とも増えているのはドイツだけである。ドイツの強い経済力の根源は輸出である。ドイツ人に出来て日本人に出来ない筈はない。生産性を上げ、経済成長し、雇用を増やし、賃金も増やすのである。

2 生成AIで職を失う人

従来のAI(例えば、囲碁AI、医療AI、軍事AI、自動運転車)は特殊分野であり、雇用を代替する範囲が極めて狭かった。だが生成AIの基本は汎用機であり、生成するアウトプットは、広範囲なホワイトカラーの仕事をカバーする。

生成AIの機能の基本は、「生成」の名の通り、文章(プログラムを含む)と画像を生成することである。ホワイトカラーの仕事のうち、文章と画像を生成する作業を生成AIに任せられるのだから、この効果は大きい。

もう少し技術が進めばPPT資料も自動的に作ってくれるだろう。PPT資料は文章と画像で成り立っているのだから。すると今、多くのホワイトカラーが多大な時間をかけて手作りで作成しているPPT資料をAIが作ってくれるようになると、ホワイトカラーが手にする時間的余裕は大きい。

とはいえ、会社のなかで、PPT資料を自分で作っているのは、恐らく課長くらいまでではないか。部長以上は、PPT資料を作るよりももっと大切な仕事があるので、生成AIが進化しても、この層の人々には大した影響はないだろう。生成AIが影響を与えるのは、自分自身で文章と画像を作るような作業をしている人々である。

上記のパソコンの例に挙げたように、やがて間もなく、「なぜお前はPPT資料をAIに作ってもらわないのか、なぜイチから手作業で作るのか、そんな無駄なことはやめてもっと大切な仕事をしろ」という会話が会社のなかで交わされる日が来るだろう。

そういった生成AIの便利さに慣れてしまうと、もはやPPT資料を人間がイチから手作業で作っていた手作りの時代には後戻りはできない。

今の若者が中高年になったとき、入社したての若者に、かつて自分が若い頃はPPTを人間が手作りで作っていたという話をすると若者は驚くだろう。丁度、私が今の若者に、CCがなかった時代、人間が紙を配布していたと説明すると驚くように。

だが、一方でパソコンの導入でタイピストが職を失ったように、生成AIの登場で、文章や画像を作る仕事をしている人の多くが職を失うかもしれない。よく挙げられるのは、ジャーナリストとイラストレーターだ。AIで作成出来ないような文書や画像を作ることが出来る高いスキルを持った人だけが生き残っていくのではないか。

その例として、ここでも過去の歴史を説明する。かつてバブル時代、高額所得者の代表例と言われていた株のトレーダーだが、今では、株取引はAIによる高速取引である。だがごくほんの少数だが、高いスキルを持ったトレーダーによる取引が行なわれている。その人々は、AIを越えた高いスキルを持っているため、熟練技能者としての存在価値がある。恐らくジャーナリストとイラストレーターも同じ運命を辿るのではないか。歴史は繰り返す(図1、図2)。

図1 生成AIが雇用に与える影響のケースバイケースのイメージ図
図1 生成AIが雇用に与える影響のケースバイケースのイメージ図
図2 生成AIが雇用に与える影響のケースバイケースのイメージ図(その2)
図2 生成AIが雇用に与える影響のケースバイケースのイメージ図(その2)

3 過去の工場の自動化から学べること

企業においては、まず生産活動をする工場の現場から自動化が始まった。
まず最初の段階は、全ての作業に人を投入する「人海戦術」であった。映画チャップリンのライムライトが象徴するように、ベルトコンベアに沿って多くの人が配置され、流れ作業で製品を作った。T型フォード方式とも呼ばれ、生産性を一気に高める画期的な方法と言われた。

そこに工作機械やロボット、その他生産設備が導入され、工場の生産現場での自動化が進んだ。採算性が合う箇所から順に自動化されていった。その投資を「省力化投資」とも呼んだ。その名のとおり、「人力を省くことを目的とする投資」であった。コスト的には、「人件費>機械導入コスト」であった。それは、①人件費が高い作業箇所、②大量生産のため採算が合う箇所、であった。中小企業では生産量が少ないので、採算が合わず、今でも自動化投資が行われていない工場が多い。

自動化投資がさらに進むと、どうしても人でないと出来ない箇所のみ人が作業をすることとなり、それ以外は全て自動化されていった。どうしても人でないと出来ない箇所というのは、①機械に不具合があったときの点検修理、②機械の奥深い内部の裏側のような人の手でないと入らないところ、③最終工程である検査工程である。

やがてAIが進化すると、そこにAIを導入し、また、きめ細かく動くロボットの登場で工場内の全て自動化され、「無人工場」になる。

オフィス部門での自動化は、いま丁度、全ての作業を人間が行う人海戦術の状態から、ようやく自動化投資が始まったばかりである。やがて、上記と同様の過程で自動化が進み、やがて無人オフィスが実現する。

オフィスの自動化が、工場の自動化と異なる点は、オフィス部門の自動化は、AIによるものであり、半導体、コンピュータ等を利用するものであるため、ムーアの法則に従う。すなわち、「速く、大量に、安く、小さく」というスピードが、累乗の速さで進むことである。従来の機械技術のスピードは全く違う。これが雇用問題を深刻にしている大きな要因と言える。

4 日本が越えるべき高い壁

(1)日本人の技術アレルギーを何とかせよ

日本人は、目に見える機械を作るのは得意だった。例えば、自動車、家電、工作機械、半導体製造装置などは世界中に輸出されている。また、小さくするのも得意だった。

だが、1995年のインターネット元年以降、目に見えないもので勝負する時代に入ってから、日本人は、技術に対するアレルギーを持ち、大きな恐怖感を感じている。変化を望まず、じっと立ち止まっている。

(2)日本は欧米と労働慣行が異なっている

日本の雇用者の約半数は非正規である。生成AIが導入されると簡単に雇止めされる。そして誰もリスキリングしてくれないし、次の職場を斡旋してくれない。全て独力で時代の変化に立ち向かわないといけない。一般職は採用減という形で雇用者が減っている。それは銀行で最も顕著に現れている。

データアナリストなどAI時代に必要なハイスキル者を確保するため、別人事体系にすることが難しい。日本企業は全て平等である。歴史を振り返ってみると、かつて半導体技術者を他の職員と同じ賃金体系で雇用したため、高給を出す韓国等に引き抜かれていった。またどんなに優秀な半導体エンジニアであっても、日本企業は定年後の面倒をみなかった。そういう人々を韓国企業は高給で雇った。会社が必要とする技術を持っている人は年齢に関係なく高給で処遇したのである。

(3)新しく生み出される産業とは何か

生成AIという技術が生み出す新しい産業、雇用を創出する新しい産業、新しく生み出される市場とはどのようなものだろうか。具体的なイメージはあるのだろうか。

AIプログラムを書く仕事は確かに増えるだろうし、AIを使いこなすデータアナリストやセキュリテイ専門家などのニーズは増えるだろう。だがこうしたニーズによって生み出される雇用はほんの微々たるものである。

これ以外に何かあるだろうか。大きな雇用を創出するような新しい産業が、現時点でなかなかイメージできない。

5 さいごに

日本は、生産性を上げ、「失われた30年」を終わらせ、日本経済を上昇に転ずるためにあらゆることを実施すべきである。
そのために、AI技術による生産性向上は大きな期待を持てる分野である。雇用を創出する新しい産業、AIが売れる大きな市場を作り出すことが重要である。

供給側に対する支援としては、大規模言語モデルの開発にはスパコンが必要であることから、国が有する世界最高水準のスパコン「富岳」を無料で貸し出すことで十分である。

私が提案したいのは、日本はAI技術において世界の周回遅れと言われている。またここで生成AI分野で世界の後を追うのもいいが、それよりも全く違った次のAI技術を開発して、一気に世界のトップに躍り出たらどうだろうか。

数年前にはディープラーニング技術が急速に発展した。そして今は、大規模言語モデル技術が急成長している。その次にやってくるAI技術を、日本が世界に先がけて開発することを提案したい。

2023年7月27日掲載

この著者の記事