中国経済新論:中国の経済改革

なぜ中国企業は海外上場を目指すのか
― 急ぐべき国内上場のための環境整備 ―

夏斌
国務院発展研究センター金融研究所 所長

1951生まれ。1984年人民銀行研究生院(大学院)卒業、修士。1985~1992年の期間、中国人民銀行金融研究所にて部副主任、副所長などを歴任。1993年中国証券監督管理委員会交易部主任、深圳交易所総経理などを経て、1996年より中国人民銀行にて政策研究室副主任、非銀行金融機構監督司司長を務める。2002年9月より国務院発展研究センター金融研究所所長。主要著書は『中国九十年代的貨幣政策』、『中国貨幣供給理論的実証研究』などがある。

海外上場の影響

近年、チャイナ・テレコム、中国石油化工(シノペック)、中国石油天然気(ペトロチャイナ)、中国人寿、中国人民財産保険、北京キャピタル・ランド、サイノトランスなど業績の優秀な大型企業の多くが海外証券市場に上場した。中国電力国際や東風自動車なども海外上場の準備作業を最終段階まで進めている。さらに、地方の企業集団や、中央政府直属の重点企業など、多くの大型企業も今後の発展戦略の主要なものの一つとして海外上場を掲げている。

企業にとっての海外上場を通じたメリットには以下のようなものを挙げることができる。(1)大量な資金が調達でき企業の実力を強化する、(2)国際市場における企業のイメージを向上し、販売力を高める、(3)海外証券市場の厳しい監督・管理を通じて、コーポレート・ガバナンスを整備し、企業の競争力を高める、(4)直接的・間接的に海外企業の経営管理ノウハウを学ぶ、である。しかし、中国の経済力の上昇、外貨準備の増加、資本市場の発展、国内の持続的な高貯蓄率などマクロ面を併せて考えると、多くの優良企業の海外上場は国内市場の抱える課題を反映しているように見える。

海外上場を行う中国企業には、資源開発型の企業、市場独占型企業、ハイテク企業が多い。これらの企業の多くは中国の重点産業のリーダー的な存在かつ優良企業であり、独占的な性質をもち、利益率が比較的高い。2003年末現在で、海外上場を行ったうちの上位10社の中国企業の純資産額は合計1兆600億元、純利益総額は合計1460億元であった。これらの海外上場の優良大型企業の成長は、中国の市場経済化改革の成果であり、そのために社会全体が多大な代価を払った。しかし、これらの企業が国内市場で上げた利益を、国内にいる多くの投資家と分かち合うことができていないのである。

また、もともと上場企業は株式市場の基礎であり、上場企業の質は証券の投資価値の源泉であるにもかかわらず上記のような企業は国内での上場を選んでいない。中国の上場企業は1300社にのぼるが、その質は投資家の関心の的であり頭痛の種でもある。規模の小さい上場企業は、仕手戦における投機対象になりやすいが、大型上場企業の場合、資産規模が大きく理性的な投資家による長期保有の対象であるため、株式市場を安定化し、システマティック・リスクを軽減する役割を果たすことができる。実際、聯通など大型優良企業が国内に上場した時、株式市場を揺るがすどころか、機関投資家に歓迎され、株式市場の安定化に貢献した。しかし、中国のA株市場には聯通のような大型ブルーチップ(優良株)が少なすぎる。優良大型企業の大量の海外上場は、中国の株式市場全体の質を低下させ、投資家の信頼を損なう。

さらに、質の良い上場企業が国内市場で公開しないことで、中国における直接金融の発展を妨げている。直接金融の割合が低く間接金融の割合が高い点は長らく中国の金融構造の問題点である。この問題を解決しなければ、社会全体の資金の効率的な配分に影響するだけでなく、マクロコントロール能力を制約する。中国経済の規模が拡大している中で、企業が海外上場を続けることは、中国の資金の効率的な配分を妨げることになる。

その他、大企業の海外上場は税収にも影響を与えている。株式取引税は中国の税収の主要な源泉のひとつになっている。ここ数年、株式取引税収の最高額は2000年の485.9億元で、年間税収の約4%を占める。しかし、その後、2001年に291.4億元で年間税収の0.7%、2002年に111.95億元で同0.5%、2003年前半で70億元と低下が続いている。株式取引税の減少は様々な原因によるが、多くの優良大型企業の海外上場による影響も相当大きいと見られる。

このように、大型優良企業の相次ぐ海外市場は、中国の株式市場の発展、国内投資家、金融構造の改善、国家税収などの面にデメリットをもたらしている。

海外上場の背景

企業の海外上場の背景を見ると、まず内部要因として、(1)中国の株式市場に対する行政管理が厳しく非市場的な要因が多いため、株式市場が歪んでおり、投資家と企業の信頼が損なわれている、(2)現在、上場を待っている会社が1500社に達している。国内上場までに平均して5年程度の時間がかかる、(3)今までは中国の株式市場の規模が小さく、機関投資家も少なく、市場の受け入れ能力が限られていたため、株式発行を成功させるために政府が大型企業の海外上場を奨励してきた、などが挙げられる。

外部要因としては、(1)米国、欧州、日本、オーストラリア、シンガポールなどでは、新たに上場でき、かつ大きな取引高を期待できる企業は多くないのに対し、中国経済の持続的高成長の中で、中国では多くの優良大型企業も成長しているため、海外の証券取引所も自身の発展のために中国企業の上場を積極的に誘致している。(2)海外株式市場では増資のコストが低く、柔軟であるため、中国企業にとって魅力的である。すでに、多くの中国企業の増資額は新規公開(IPO)規模を上回っている。

国内市場発展のための長期的視点

かといって、優良大型企業に国内上場を行わせるために、行政命令を用いたとしてもうまくいかない。必要な対策は中国の株式市場の基礎を改善し、様々な環境やメカニズムを改善するなど、優良大型企業の国内上場の環境を整えることである。具体的には以下のようなものを挙げることができる。

1)株式市場の位置づけを明確化し、投資家が一定の期待を保ち続けられるように取りはからう。すなわち、客観的なルールに基づいて、株式市場を発展させなければならない。ここで「中国の特殊事情に合わせる」という名目を持ち出してルールを歪めてはならない。現在、重要な点は、政府部門が腰を据えて戦略を研究し、投資家の意見を広く汲み上げた上で、歴史的な問題や中国株式市場の諸問題に積極的に取り組むこと、監督部門は自らの行動の境界線を明確化し、監督の方針と戦略を整合的な形で守ることを通じて、中国株式市場の信用力を高め、投資家の期待を安定させるなど、優良大型企業の上海・深センへの上場のために良好な外部環境を作ることである。

2)市場参入基準を適切に調整する。効率が高く収益率も高い大型企業については個別に上場基準を改正する。3年間連続黒字を計上し、最低一年間専門機関から指導をうけなければならないといった基準を緩和するなど、企業の資金調達のペースと発展のペースを一致させる必要がある。また、増資の基準と手段を市場化することも重要である。ただし、現段階では、発行方法や発行基準などにおいて優良大型企業に傾斜することを考慮してもいい。

3)機関投資家を育成する。機関投資家は株式市場の中堅的な力で、市場の成熟度を測る要素の一つでもあり、市場の安定化に重要な役割を果たしている。機関投資家を育成することを通じて、良い競争環境を作ることが可能になる。さらには保険資金が様々なルートで直接資本市場に参加できるための環境を作り、社会保障基金、企業年金基金、商業保険資金などの資本市場への投資割合を引き上げる必要がある。金融市場のゲームのルールに沿って、リスクをコントロールするという前提の下で、証券会社の資金調達能力や新金融商品の開発能力を高めることも大切になるだろう。

4)資本自由化が実施されていない現状では、国内外の証券会社や基金管理会社の活動の活発化を促す一方で、海外の健全な株式市場運営方法を導入し、中国の機関投資家の素質を高め、中国株式市場の発展を促進する必要がある。

中国の国内市場を整備するには、多くの問題を検討した上で、多くの矛盾を解決する必要がある。歴史的、建設的な視野を持って中国の株式市場の発展の方針を検討した上で、国内市場を発展させなければならない。一方、国内市場を発展させるには、海外上場のペースを緩める必要がある。むろん、それは中国企業の海外上場を即座に中止させることではない。中国株式市場の改善に合わせて、政策による誘導の下で、秩序をもって相対的に海外上場を減少させるのである。

2005年1月27日掲載

出所

国務院発展研究中心
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

2005年1月27日掲載

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