中国経済新論:中国の経済改革

マクロ・コントロールをめぐる駆け引き

魏加寧
国務院発展研究センター マクロ経済研究部副部長

国務院発展研究センターマクロ経済研究部副部長。1983年中国人民大学卒業後、中国社会科学院、中国国務院発展研究センター勤務。1988年アジア経済研究所、1989年東京大学、1990年日本興業銀行の客員研究員を務める。1991年より中国国務院発展研究センターマクロ調整研究部。1994年より中国社会科学院大学院にて経済体制比較を専攻、1997年博士号取得。1998年10月より現職。主な著作は『長江経済開発』(孫尚清主編、経済出版社、1985年)、『論経済結構対策』(孫尚清主編、中国社会科学出版社、1984年)など。

経済移行期において、さまざまな利益を追求するものが顕在化し、利害関係が複雑化してしまうと、マクロ・コントロールは困難さを増し、効果も減殺されてしまう。この問題はどのように解決すれば良いであろうか。

現在のマクロ・コントロールに関する論争には、実際は国有企業対民営企業、計画経済対市場経済、中央政府対地方政府、投資家対中央銀行という各利益集団の間に起きたこれまでにない駆け引きという意味合いがある。

マクロ・コントロールの具体的な施策を行う場合、中央銀行を主役に置くべきであり、行政的な審査・批准を強化する方法は採るべきでない。行政審査・批准の強化は、市場化している経済の基礎と行政審査・批准の間の矛盾、地方政府と中央政府の間の矛盾を激化させ、市場化改革を後退させることになる。

市場経済は法治経済である。マクロ・コントロール政策の権威と拘束力を強化するには、長期的な政策を法制度に組み入れ、遂行力を強化しなければならない。

利益メカニズムの違い

(1) 中央銀行

人民銀行の官僚が過熱を心配しているのは、過去に幾度かの経済過熱を経験したからだけではない。もしインフレとなれば、人民銀行が責任者として、「主に追及される対象」になるからである。

しかし、残念ながら、昨年以降、中央銀行の出した金融政策のシグナルは、様々な圧力と抵抗を受け、特に一部政府部門および関連官僚の発言が「騒音」となり、金融政策のシグナルという役割を邪魔し、低下させた。このため、各地方政府、各種企業および投資家は、中央銀行の金融政策のシグナルに基づいて投資計画を調整し、自発的に自己制約措置をとることができなかった。

(2) 関連部門

当初、一部の部門はなかなか経済過熱を認めようとしなかった。それは、もし中国経済の過熱を認めれば、「積極的な財政政策」ないしは国債資金で賄われるプロジェクトを早めに中止しなければならないことを意味するからである。経済成長率が9%にも達する国で一生懸命国債を発行するケースはない。しかし、関連する国債プロジェクトが中止となれば、関連部門は国債プロジェクトの審査・批准という権限を失ってしまう。

その後、関連部門は経済過熱を認めざるを得なかったが、一部業種の過熱を強調した。そして、「局地的な過熱」をコントロールする方法は、行政審査・批准の強化であった。これは実に一石二鳥の方法である。国債プロジェクトを審査・批准しながら、過熱業種を審査・批准し、さらに、これに「構造調整」という美名をつけ、自らの部門の利益を最大化することができた。

(3) 統計部門

他の国と違って、中国の統計部門(国家統計局)は統計の作成を担当するだけでなく、経済情勢分析も担当している。そのため、統計局は各種経済指標を公表する際、すでに発表した自らの分析報告の見方や結論との整合性をできるだけ取ろうとするだろう。

このほか、国家統計局は経済情勢予測も発表している。経済情勢と事前の予測目標が相反するとき、数字を解釈あるいは修正するといった方法で予測目標を「自己実現」する可能性がある。

統計部門は国務院の下属機構であるため、その幹部は関連部門から派遣されてくることが多く、下級部門の指導者は上司が喜びそうな結果を提出しようとする。このため、幹部が経済情勢を重要視する時ほど、目標に合わせて数字を作る傾向が強い。

(4) 地方政府

現行の行政制度、幹部制度、財政制度などの要因により、各地方政府は、上からは業績評価、下からは民衆の投票、横ではほかの地方政府との熾烈な競争など、3つの方面の圧力に見舞われ、さらに、経済発展、社会安定維持、公共サービスの提供という3重の任務を背負っている。このため、地方政府は投資を行う強い政治的動機と意欲を持っている。自己制約と外部制約のメカニズムがない状況下で、地方政府は資産と負債の両面を通じて拡大を図る。

(5) 各種企業

投資過熱になった一部の業種では、国有企業が新企業の参入を制限するように行政介入を呼びかける一方、一部の民営企業は過熱を承知で早期参入を希望している。民営企業は、製品価格の上昇は強い需要があることを反映していると見ている。また、自分たちの管理体制の優位性を強調し、最新の技術・設備を投入しようとしているため、比較的強い競争力をもち、将来、生産過剰になっても淘汰されるのは国有企業であると考えている。このため、民営企業は、国家発展改革委員会による審査・批准の強化は技術水準と管理水準の低い国有企業を守るものとして強く反発している。

しかし、一部の専門家が指摘したように、民営企業の投資資金の大半は銀行借り入れである。地方政府が民営企業に対し、土地・税収面で大幅な優遇政策を提供しているため、民営企業(外資系企業を含む)は経営にかかるコストとリスクを大幅に過小評価している。

(6) マスコミ

市場経済下でマスコミは客観的・中立的な立場を保つべきであると言われている。一方、計画経済体制下では、マスコミは「党と政府の喉と舌」であるべきである。しかし、今回のマクロ・コントロール論争において、一部のマスコミは正義に基づいた主張をするわけでもない上に、「党と政府の喉と舌」にもなっておらず、むしろ、個別部門、個別地方、個別業種あるいは個別企業のために発言している。実際、2003年夏、人民銀行が不動産融資をコントロールしようとした時、マスコミから未曾有の批判を受けた。現在のマスコミ(とりわけ地方のマスコミ)の収入の一部は不動産広告であることが、その原因となっている。このため、マスコミと不動産業者が結託し中央政府の金融政策に強固に反発したのである。

(7) 政府役人

現在、中国の政府役人の中では、「明哲保身」(訳注:事をうまく処理して身を安全に保つ)の現象が増えている。一部の政府役人は「多くの言語」をもち、民衆に対しては官僚的に話し、上司に対し都合の良いことを話し、友たちに真実を話し、マスコミにうそを話す。

加えて、中国の公務員制度では国家公務員と地方公務員の区分がないため、一部の地方役人の立場がはっきりせず、職責が明確でない。そのため、表面的に国の利益のためを装って、実際には地方あるいは部門の利益のために行動することがある。

(8) 専門家・学者

10数年前と違って、いまの専門家・学者の立場は多様化されており、国の利益に基づいて中央政府のために考える人は少なくなっており、部門、地方、産業、企業のために発言する専門家・学者が増えている。

特に、一部の専門家は株式市場に近く(このため利上げに反対する)、一部の専門家は不動産業者に近く、一部はある産業、一部はある企業に近い。とにかく、お金を出すところのために発言するという事態が深刻化している。

(9) 政府政策決定機関

これまでの25年間、中国の改革が大きな成果を上げた一つの重要な理由は、国家体制改革委員会と国務院発展研究センターという二つの中立的で部門の利益を持たないシンクタンクが設立されたことである。

しかし、利益が多様化し、国家の利益が各部門の利益や地域の利益、集団の利益、個人の利益へと解体された中、国家体制改革委員会は廃止されてしまった。

当初、国家体制改革委員会の廃止による悪影響は10年あるいは20年後に現れると考えていたが、現状を見ると、悪影響はすでに出ている。上層の指導部は、政策決定時に客観的・中立的な意見をなかなか聞くことができなかったため、今回のマクロ・コントロールの論争が長期化した。過去のマクロ・コントロールに関する政策決定において、国家体制改革委員会およびそのマクロ経済局の中立的・客観的な意見は非常に重要な役割を果たしていた。

このため、今回の論争は、実際、国有企業と民営企業、計画経済と市場経済、中央政府と地方政府、投資家と中央銀行、各利益集団の間に起きた空前の駆け引きという意味合いがある。それぞれの利益メカニズムが働き、みんなが言いたい放題になっている。

2005年1月7日掲載

出所

「博弈宏観調控」(国務院発展研究中心信息網、2004年6月8日)より一部抜粋
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

2005年1月7日掲載

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