中国経済新論:世界の中の中国

中国の資本自由化
― シーケンシング理論の展開と中国への示唆 ―

張志超
ダーラム大学

1952年生まれ。1982年華東師範大学より経済学修士学位、1987年同大学経済学博士学位取得。1997年オックスフォード大学経済学博士学位取 得。現在英国ダーラム大学(Durham University)東アジア研究学部にて教鞭を執る。主要研究分野は国際金融。著書に『国際為替市場』、『金融市場と国際融資』などがある

シーケンシング(時間的な優先順位を考えて対処する)問題は、予定される経済政策や措置をどのような順序で実施すれば最小のリスクで最大の効果を得られるかという問題と関連する。シーケンシング問題に対する関心は、南米諸国の経済改革をきっかけに80年代半ばから浮上した。90年代における、東欧の移行期国家の改革の波の高まりとともに、シーケンシング問題は国際的に注目されるようになった。

シーケンシングに関する理論的な研究は、早い時期から進展があった。世界的な経済改革の流れの中、人々は、「最適」なシーケンシングに基づけば、最短の時間で、最小のコストとリスクで経済改革を実施することができるとの考え方を結論づけていた。

シーケンシングに関する分析は主に次善の理論に依拠している。理想の世界では、ある経済がある政策の枠組から別の枠組に移行する時、すべての改革を同時に実施することが最適のやり方である。しかし、現実の世界においてこれは不可能である。次善の理論では、均衡システムにおいて、ある制約によりパレート最適の一部条件が整っていなければ、ほかのパレート最適の条件がすべて揃っていたとしても、これらのパレート最適の条件はすでに満足のいくものでなくなる。このため、経済改革を行う時、一部に歪みが存在すれば、すべての改革を同時に実施することは最適でなくなる。そして、部分的な改革を実施する場合、各改革の優先順位は非常に重要となる。

シーケンシング理論のもう一つ重要な理論的な支えは、タイムラグの理論である。多くの経済過程はタイムラグを伴う。すなわち、ある力の根本的な原因が変わったにもかかわらず、すぐに反応が現れないことである。タイムラグは、経路依存性をもたらす。つまり、より良い代替物が現れても、ある経路、趨勢、技術、方法と場所を維持するという傾向がある。経済主体は経路依存的である。経済主体が継承する歴史は、経済主体の発展に極めて大きな影響を与えるのである。

タイムラグ効果により、ある政策枠組から別の政策枠組に移行する時、変化に対する抵抗が生まれる。変化という問題に対し、前期の歴史に大きく左右される。このような経路依存があるため、政策実施の優先順位は、政策自身の効果に影響する。また、政策実施の適切な優先順位自体が過去の歴史の影響を受ける。つまり、各国の状況によって異なるのである。この理論は改革のシーケンシング問題にとって参考になる。

しかし、政策実施する上で最良なシーケンシングを、最適な管理システムの分析から得ることはいまだもって難しい。改革は、経済構造を変えるため、改革の実施に伴い、最適シーケンシングの動態モデルの関数は、改革の各時点で変わってくる。しかし、改革の最適なシーケンシングを決める時は最初の関数に基づくため、構造関数が変わるにつれ、当初の最適なシーケンシングが最適でなくなる。この問題を克服するには、政策決定者は、現在の経済構造だけでなく、改革によるすべての構造的変化を知っておかなければならない。しかし、これは非常に難しいことである。このため、シーケンシング論の反対意見は、改革は事前に「最適に」シーケンシングを決めることは不可能であると主張する。

全般的に見れば、シーケンシング理論に対する各国の研究は、いまだに満足のいく進展が得られていない。ただ、近年、シーケンシング問題に対する経済学者の研究には、価値のある成果も少なくない。「最適な」シーケンシングは存在しないかもしれないが、「適切な」シーケンシングが存在しないということではない。現在の理論研究の展開から見て、シーケンシングは程度の問題で、実施すべきかすべきでないかという問題ではないことは言える。完璧でない世界において、経済政策の相互関連性と、人間の認識と行動能力の限界により、政策は同時に推進することができない。このため、シーケンシングは避けて通れない問題である。さらに、ある政策によるすべての連鎖反応やその最適な順序を確実に知ることはできないが、既存の理論に基づいて一部の政策間の前後関係を確認することができる。たとえば、マクロ経済の安定と改革の関係、貿易自由化と国内改革の関係などである。このため、「最適な」シーケンシングは難しいが、既存のシーケンシング理論によれば、経済政策の実施は確かに優先順位を決める必要があり、また、異なる政策間には確かに前後関係があるため、順序を決めることは可能である。

具体的な資本自由化の問題についても、世界各国で多くの研究がなされてきた。中国のシーケンシングにとっても、多くの注目すべき成果がある。

まず資本自由化の前提条件である。海外の研究によれば、資本自由化は概ね次のような前提が必要である。(1)健全なマクロ経済政策、特に適切な為替政策。(2)強固な国内金融システム。(3)有力かつ独立した中央銀行。(4)迅速かつ正確で全面的な情報開示。但し、これらの前提条件は絶対的ではない。海外の研究によれば、資本自由化自身もこれらの前提条件を作り出すことができる。国際資金移動を厳しく管理し、すべての条件が整ってからはじめて資本自由化を実施することは必ずしも望ましくない。IMFによれば、発達している新興経済の場合、10年くらいで完全に資本自由化を実現することができる。

しかし、資本自由化の具体的なシーケンシングについては様々な意見がある。少数の研究者は、資本勘定の自由化から最初に実施すべきだと考えているが、多くの研究者は、これは経済改革の比較的進んだあとの段階で実施すべきだと主張する。これについて、90年代半ばまで、WilliamsonとGuitianの論争があった。前者は、資本勘定の自由化は最後に行うべきだと主張したのに対し、後者は、経常勘定と資本勘定の自由化は同時に実施することができると主張した。

アジア金融危機はシーケンシング問題に対する研究を大きく変えた。アジア金融危機以降、資本勘定のシーケンシング問題に関する研究は次のような新しい展開があった。(1)資本自由化は総合的な改革計画の枠組みの中で実施することが強調されている。(2)シーケンシングの決定要因の中で金融改革の重要性が高まった。(3)国際的な共通認識がある程度形成されている。(4)具体的なシーケンシングについてより明確に区分されより深く研究されている。

現在、多くの研究者は次のようなシーケンシングに賛成意見を寄せいている。まず大きな財政不均衡を是正し最低限のマクロ経済の安定を達成させる。次に、金融改革を通じて、効率的な近代的銀行監督の枠組みを作り、貿易改革を行った上、資本勘定の自由化を実施する。同時に、労働市場の規制をできるだけ早く緩和する。

シーケンシングは、部門間の改革順序および部門内の改革順序に分けられる。資本勘定の開放のシーケンシング問題は、さらに、(1)資本勘定の開放と国内経済政策との優先順位、(2)対外経済分野では経常勘定の自由化または貿易改革との優先順位、(3)資本勘定の分野における各措置の優先順位、に細分化することができる。

現在の理論研究は、すでにこの3つの関係について多くの成果をあげた。国内の経済政策との関係については、次善の理論に基づけば、資本自由化は経済と金融が安定した時に実施すべきである。経常勘定の改革との関係については、タイムラグ理論および、財貨と金融市場における調節の差により、資本自由化は経常勘定の開放後に実施すべきである。すなわち、現在の理論は、前の2つのシーケンシング問題を解決している。

実際、現在の中国のマクロ経済情勢は非常に安定しており、経常勘定の自由化はすでに大きな進展があった。このため、この2つのシーケンシングは中国にとって大きな問題ではない。無論、中国の金融改革はまだ進行中である。しかし、中国の資本自由化を金融改革が十分な進展があった後に行うべきという点について国内の政策決定層と学界において特に大きな対立はない。

中国に残っている問題は、資本勘定の分野の中の改革の優先順位である。海外の最新研究結果によれば、この分野のシーケンシングは、まず長期資本移動を開放してから、短期資本の移動を開放する。長期資本の中で、まず直接投資を、次に証券投資を開放する。証券投資の中では、先に債券投資を、次いで株式投資を開放する。すべての資本移動の中では、先に資本の対内移動を、次に資本の対外移動を開放する。

幸い、中国はほかの改革でよい進展があっただけでなく、資本自由化という分野においても実際すでにかなり開放しており、また、今までそのシーケンシングも概ね適切である。中国は、まず資本の対内移動を開放した。現在はほとんど制限が残っていない。特に対内直接投資に対し非常に積極的な態度で接してきている。証券投資については、外国人による株式購入はすでに認められた。少し問題があるのが、海外研究によれば、先に長期債券を開放してから株式を開放すべきであるという点だ。しかし、中国の社債市場の規模はまだ非常に小さい。外国人による政府債券の購入については確かに改善の余地がある。優先順位が低い短期資本移動については、南の広東省などの地域で香港などの地域を行き来するホットマネーがあるが、政策的には正式に開放していない。現在の国際的な理論研究や政策研究からみて、中国の資本自由化は、シーケンシングの面でかなり満足の行くものである。

今後、中国が直面する最大の挑戦は、資本の対外移動の自由化である。先に対内、次に対外という順序からみれば、中国は資本の対外移動を急ぐ必要がない。しかし、長期的に見て、これは避けられないことである。実際、対外直接投資をはじめ、中国の対外資本移動もかなり自由化されている。しかし、全面開放はこれからである。

要するに、中国の資本自由化は実施しつつあるが、全面的な自由化を実現するには、大きな課題として金融改革の進展、資本取引面における対外移動の一層の自由化がある。

金融改革の問題については改めて詳述する必要があるが、資本の対外移動については、海外の学界においても研究はまだ少ない。一方、中国の資本の対外移動は、実際、かなりの規模に達している。このような状況下で、どのように順序で資本の対外移動を開放するかは、中国の資本自由化にとって大きな課題である。

ただ、様々な文献から見て、楽観視する理由もある。資本の対外移動に関する海外の研究は主として、なぜ資本規制を実施するかという問題を明確化させた上で当局が適切な金利・為替政策を運用すべきということを提案している。中国の研究者が、人民元の為替レート問題についてすでに成熟した研究成果を持っている点からみて我々は安心できる。金利政策の改革方向についても各方面ですでに明確な認識があった。このため、資本の対外移動の完全な自由化は、中国の資本自由化にとって障害にならないかもしれない。

2004年1月13日掲載

出所

『人民幣懸念――人民幣匯率的当前処境和未来変革』(中国青年出版社、2004年)より一部抜粋。
※和訳の掲載にあたり許可を頂いている。

2004年1月13日掲載

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